3.ノアという男
「終わったけど、なんでまだいるの?」
「待ちくたびれた」
はらりと額にかかった黒髪をかき上げ、溜め息をつかれる。
状況についていけず、ぽかんと口を開けた。
――待ちくたびれた? は?
すぐに気を取り直し、納得いかないと言い返す。
「……いやいや、誰も待ってとは言っていないのだけど」
「遅い!」
「だから、待ってなんて頼んでいないし」
「そもそもなぜ引き受ける?」
また話が戻った。
ビビアンに私が関わることがノアはずっと気に食わないと文句を言ってくるのだが、私にも都合があるのだし放っておいてほしい。
この三年間、ずっとこのやり取りが続いているのだが、ノアも最後までよく飽きないものだ。
「私が何をしようがそもそもあなたに関係ないでしょ?」
勝手に突っかかってきて、苛立っているのはそちらだ。
それこそ誰も頼んでいない。
「関係がない?」
ぴくりと眉を跳ね上げ、不機嫌を露わに睨まれる。無駄に顔がいいから迫力があるのでやめてほしい。
小さく息をつき、私は肩を竦めた。
「ええ。そもそも学生最後の休みを満喫するために外に出ている人が多いのに、ほかにすることはないの?」
「別に俺がどう過ごそうが勝手だろ」
「そうだけど。こんな時にこんなところに顔を出すくらいだから、よっぽど暇なのかと思ったわ」
モテる人だから外に出たら出たで女性に絡まれて面倒なようだが、それこそ私の知ったことではない。
「だから、暇じゃない。俺は無駄なことはしない主義だ」
「へえ~」
我ながら気持ちのこもっていない声が出た。
「その態度もいちいち腹が立つ」
もういいからあっちに行ったらと手を振ったら、身体を前に乗り出したノアにぱしりと手を掴まれた。
「ちょっと」
慌てて振り払おうとしたが、さらにぎゅっと掴まれる。
「なんで俺がお前のいるところに現れるのか、知りたくないのか? 今もそうだ。どうして深く訊ねてこない?」
すっぽりと包み込まれびくともしなくなった手からノアへと顔を向けると、想像以上に険しい顔をしたノアが私を見ていた。
「訊ねてほしいの?」
「ああ」
そこでノアは意外にも素直にこくんと頷く。
――ほんと掴めない人よね。
私は苦笑する。
種類は違うけれど、私の周りは私を困らせる人しかいないのか。
父親に始まり義母やビビアン、ほかもろもろ。そしてノア。
少しの休息も与えては損だとばかりにこき使われ、厄介事を引っ提げて押し付けられ、なんだか呪われている気がしてきた。
卒業してお金と自由を得たら、神聖国に行ってお祓いをしてもらったほうがいいかもしれない。
しばらく見つめ合う。
まったく逸らす気のない相手を前に、私のほうが先に折れて視線を逸らす。
「訊いたところでわかる気がしないから」
「普通なら聞くところだろ?」
「それこそ無駄になりそうなのでやめておくわ」
わかるように話してくれるとは思えない。
そもそも、私にはほかのことに意識を割いている時間がこれまでなかった。
「無駄と決めつけるのはよくないと思わないか?」
「あなたが普通でくくれるような人だったらそうかもしれないけど、そうじゃないもの」
常に私の何歩も先に進むような人だ。その思考を簡単に理解できるとは思えない。
それに、ノアは基本誰ともつるまない。
私も孤立してひとり行動が多いが、ノアはアカデミーでも孤高の存在として一目を置かれ、必要最低限の会話しかしないことで有名だ。好きでひとりでいる。
個人としての生態を知る者はここにはきっといない。そういったことを見せない人だった。
「そうじゃない?」
「ええ。あなた、腹の内をここで人に見せたことないわよね? ひとりでなんでもできて、規格外もいいところよ」
そんな彼を、多くの女性陣はノア様と彼のことを呼ぶ。その理由はほかと比べようのない整った顔立ちと、彼の並外れた実力だ。
ノアは入学当初から一つ頭が抜けていた。
何をしても完璧にこなす。
成績は常にトップで、卒業が確定する前にすでにあらゆる機関から声がかかっているとの噂が私にも耳に届くくらい彼はアカデミーが誇る天才だった。
頭脳や魔法の才能だけではなく、身体能力も高く中でも剣術は圧倒的な強さ誇っていた。
いつもは憎まれ口を叩く私でも、彼の剣技はどれだけ忙しくてもつい手を止めて見惚れてしまう。
「それは特別だと言っているのか?」
「特別? まあ、あなたは特別よね」
そんななんでも持っているような人が、何も持っていなくて時間に追われている私に絡みにくる。
自分のことで精一杯で余裕のない私は放っておいてほしいくて、それを態度にも出して決して対応はよいものではないのに懲りずに構いにくるのだ。
しかも、会えば必ず嫌味を言われるのだから何がしたいのかわからない。
「具体的に言ってみろ」
「成績も優秀だし、魔法の実力も確か。アカデミーにおいてあなたを知らない人はいないわ」
自分でわかっているだろうにとおざなりに答えると、ノアは目を眇めた。
「お前はどう思っている?」
「私? 常に私の上の成績を修めているのだから、当然優秀だと思っているわ」
今日はやたらしつこいなと面倒になって淡々と答えると、ノアはふんと鼻を鳴らした。
「つまらん」
つまらんとはなんだ。
もうなんなのよと睨みつけると、その反応を待っていたと口の端を上げた。




