2.押し付けられた課題
名ばかりの伯爵家から出て、自由を得ることを夢見て三年が経った。
ここ、魔法国家と呼ばれるラグーゼ国が誇るグランディガバルアカデミーには、貴族や名のある商家、魔法の才能がある平民が集まる。
アカデミー卒業は、能力が世界に通用するレベルだと認められたことになり就職先に困らない。その分難易度は高く、この三年間で無念に涙を流して去っていった仲間は数知れない。
私には飛び抜けた魔法の才はないが、優れた記憶力があり成績は常に上位を保つことができた。
それはもう寝る間を惜しんで勉強や奉仕に取り組み、様々なトラブルにも見舞われたがカリキュラムを無事終えることができた。
努力は報われた。そのおかげで一定基準を満たした魔力量と豊富な知識量が認められ、国の魔法装置開発部門に就職が決まっている。
私の未来は明るく、自由は手を伸ばせば届くところまできていた。
少ない手持ちの資金をやりくりし、なんとかアカデミーの生活を乗り切った。後は卒業証明書を受け取り、三日後の卒業パーティーを迎えるだけとなった。
本来なら後はゆっくりするだけだが、私は図書館で課題に向き合っていた。
「押し付けるならもっと早く言いなさいよ!」
亡き母譲りのキャラメル色の髪を後ろでくくり直し、はぁっと大きく溜め息をつく。
自分の課題はとっくに終わっているため、これは私の課題ではない。
ハストン家が借金をしている件のイレイド侯爵令嬢、ビビアン・イレイドに課されたものだ。
ビビアンは典型的な甘やかされてきた権力者の娘で、自分が中心でなければ気が済まないタイプの女性だ。
男性に褒められるのは自分だけではならない。教授からの評価も女性陣の中で一番でなければならない。
周囲の目があるとさも私の味方のように振る舞い私を使って己の価値を上げ、裏ではこき使われとこの三年間散々だった。
だが、イレイド侯爵家にハストン伯爵家が借金をしているのは事実。
現在進行形でこちらが借りを作っているのは確かなので、ハストンを名乗っている以上我慢しなければならなかった。
「隙を作るわけにはいかないもの」
契約を交わした以上、今後何が起きても関与されないために私から約束を破るわけにはいかない。
余計なことをして、伯爵家に連絡がいくことを考えるだけでぞっとする。
アカデミーでの生活はただでさえも大変なのに、気分屋で我が儘な彼女に振り回され、接触を断っていてもずっと肩に実家のことが重くのしかかっていた。
この三年間非常に苦労したが、それもこれも己の自由のため。
よくぞここまで頑張ったと、自分で自分を褒めてあげたい。
最後の最後まで苦労を押し付けてくる彼女ともアカデミーを卒業すれば離れられると、文句を垂れつつも課題のために資料をめくる。
ペンを走らせること数時間。終わりが見えだし、仕上げの前に少し休憩でもするかとぐっと伸びをした。
「んん~」
首の詰まりが気になり、動かそうとしたところで気づく。
げっ、と思わず声に出しそうになったがぐっと眉を寄せるだけにとどめ、目の前の人物に声をかけた。
「いつからそこに?」
席の前には同級生のノア・テイラーが座っていた。
本を片手に目を通していたノアは、私を見て目を眇めた。
彼は国の端っこにある子爵家の三男か四男で、長身でとても目立つ容姿をしたアカデミーで有名な男だ。
貴族名鑑を読む機会があったのでテイラー家の名前は知っているが、同年代に子供がいたことは記憶にない。
記憶力に自信があるため同学年の貴族を把握していなかったことに少し引っかかりを覚えるが、自信があるだけでそういうこともある。
こんなどうでもいい情報を気にしてしまうのには、三年間でのノアとの関係からきている。
「少し前から」
ノアは読んでいた本を机の上に置くと、足を組み直した。
艶のある黒髪は耳やうなじに少しかかる程度の長さがあり、さらさらしているように見え毛先が跳ねている。
ノアのひねくれた部分と似ているその髪が彼によく似合うのも、やけに整った顔立ちも腹の立つ要素だ。
「なぜ私の前に座っているの?」
周囲に視線を走らせたが、私のほかに数人いるだけで席はたくさん空いている。
気に食わないのなら私に構いに来なければいいのに、毎回嫌そうにしながら私に文句をつけないと気が済まないらしい。
「逆になぜ課題をしている? 終わったはずだろ。またビビアン・イレイドに押し付けられたのか?」
「わかっているなら聞かないでよ」
「いい加減に断れよ。見ていてイライラする」
毎回、こんな感じで俺は腹が立つのだと突っかかりに来られては、否が応でも存在を無視することはできなくなる。
何より、すべてを見透かすような金の瞳が苛立たしげに眇められるのが気に食わない。
ビビアンの本性に気づかない者や、気づいていても逆らえない者がほとんどだ。そんななか、ノアはすぐに見抜き彼女と一定の距離を取っていた。
そして、私がこき使われているのを知っていて、追い打ちをかけるようにバカにしてくる。
ビビアンのことは自分で決めたことなので、別に助けてくれとは言わない。
言わないが、ただでさえも忙しいのにいちいち突っかかりに来られては苛立つ。
最初はなるべくスルーするようにしていたのだが、次第に耐えられなくなり感情を出すと今度は楽しそう突かれる。
それに腹が立ちついこちらも当たりが強くなってと、今では顔を合わせれば文句を言い合う仲だ。
いつもその場を乗り越えるのに必死でな私に対し、相手に余裕があるところも鼻につく。
「イライラするなら構わなければいいのに」
「目に入ってくるお前が悪い」
「そうですか」
溜め息をつき、もうさっさと終わらそうとペンを走らせる。
その間、ノアは席を立つ様子はない。
――まあ、暇になったらさすがにどこかに行くでしょ。
私は小さく嘆息し、ノアから机に視線を戻した。
目の前の男よりもまずはやるべきことを済ませようと集中し、終えた頃には日が傾き始め影が差していた。
「お、終わった~!」
なんとか本日中に終わらせることができた。
本当の本当にこれで終わりだと解放感に笑顔を浮かべると、まだ帰っていなかったらしいノアが肘をつき私を見ていた。
「やっと終わったのか? 長かったな」
ばちっと目が合う。
――まさかずっと見ていたの?
本は読み終えたのか机の上に置かれ、視線が合うや否や文句を言われ眉を寄せる。
あれからかなり時間が経っている。
さすがに終わるまで待っていたわけはないだろうと思いながらも、すんなり帰れなそうな空気にげんなりと視線をやればじろりと睨まれた。




