【そのころ】誠意の手紙 sideハストン伯爵
誠意の手紙という言葉にハストン伯爵は感銘を受けた。
――そうだ! 誠心誠意、クロエの力が必要なのだと訴えることは何もおかしいことではない。
父が娘に手紙を出すだけだ。遠慮せず思いの丈を伝えていけばいいのだ。
「イレイド令嬢のおかげで気持ちが固まりました。親として遠慮せず連絡を取ろうと思います」
「そうしてください。きっとクロエも喜びます。私も彼女と話がしたいので、連絡があればできるだけ早く私にも教えてください。返済の件は私にはどうしようもできないですが、クロエに出す手紙を早く届けたいのでしたら、その分の費用は私が持ちましょう」
ビビアン嬢がにっこりと微笑む。
これまでずっと連絡が取れなかったのでクロエが不義理をしたことに対して気を悪くしたのかととても心配していたのだが、そこまで怒っていないようでほっとする。
こんなにも優しいビビアン嬢からの提案を、クロエはどうして断ったのか。
不思議でならないが、連絡が取れればそのこともいずれ追及しよう。
「いいのですか?」
「もちろんです」
自分の子と同じ歳の娘に助けてもらうことの後ろめたさはあったが、晴れやかな顔で頷かれるとそういったものはどうでもよくなる。
プライドで腹は膨れない。すでに侯爵家には世話になっているし、情けなさが少し増えたところで変わらない。
今はありがたい提案を受け取ることにした。
「では、よろしくお願いします。――イレイド令嬢はどうしてそこまで我々に親身に接してくださるのですか?」
「クロエにはアカデミーでいろいろお世話になったし、連絡手段もないまま遠くに行ってしまったので心配しているのです。それに家族が仲違いしたままなのもつらいですし、少しでも協力できれば私の心も休まります」
胸を押さえながら、ビビアン嬢が目を細めた。
美しいだけでなく聖母のような存在に優しくされ、最近の伯爵家の雰囲気と気疲れもあり伯爵は目を潤ませた。
「ご厚意に感謝いたします。必ずやそれらの気持ちにお応えできるようにいたします」
「ええ。うまくいくことを願っているわ」
まずは当分の郵送代としての小切手を差し出される。
それを受け取る際に、美しく着飾ったビビアン嬢の指の爪が一本だけ短いのは気になったが、すぐさま小切手へと目を向けた。
それから少しだけ会話をし、それとなく婚約者について探りを入れてみたが息子を候補に推せる雰囲気ではなかったので諦めた。
だが、収穫はあったと上向いた気分で伯爵は屋敷に戻った。
◇
「お帰りなさいませ。収穫はおありでしたか?」
機嫌がよいのが伝わったのだろう。帰宅して早々に執事が訊ねてくる。
「ああ。クロエに出す手紙について、確実にすぐに届けるためにイレイド令嬢自ら支援してくれることになった。時間や事故を考えるとそうしたほうが確実に届くだろうし、返事があるまで出すべきだとの助言も受けた」
「手紙の支援ですか?」
帽子を片付けようとしていた執事がそこで動きを止め、こちらを見た。
「そうだ。誠心誠意気持ちを伝えることが大事だろうと」
「…………」
執事が目を眇めたので、伯爵は言葉を重ねた。
「とにかくこの状況を脱しなければならない。元気にしているのかも心配ではあるし、クロエだって伯爵家の状況は気になるだろう。それを伝えるだけだ」
執事は帽子を置くと、伯爵の目の前に立った。
「クロエお嬢様は伯爵家とのしがらみを断つためにアカデミーで頑張ったのですよ。なのに、こちらの勝手な都合を押し付けるつもりですか?」
「押し付けるわけではない。余裕があるのなら手を貸してほしいだけだ」
家族が苦しんでいるなら、助けてくれても罰は当たらない。
「同じですよ。それに勝手すぎます。旦那様はクロエ様がアカデミー在学中に援助や少しでも気にかけたことはありましたか? ないでしょう? なのに、今更じゃないですか。お嬢様が不憫でなりません」
「あの時と状況は変わった。嫌なら返事を寄こさなければ済むだけだ」
「…………」
執事は絶句したが、構うものかと睨みつける。
これまで精一杯やってきた。でも、駄目だった。
だから、手を貸してほしいだけだ。家族なら、クロエなら、この近況さえ伝わればきっとどうにかしてくれるはずだ。
「送るのも無視するのもどちらも自由だろう」
だから、そう告げた。
ビビアン嬢も遠慮するなと言っていたし、執事の言っていることよりも手助けしてくれるビビアン嬢の顔を立てるためにも、この件は引っ込めるつもりはない。
執事も使用人の給与のことを気にしていたし、今すぐに動かなければならない。
「誠心誠意気持ちを伝えることは悪いことではない」
言葉を重ねると、執事は眉をひそめた。
「わかりました。そこまでおっしゃるなら準備いたします」
執事は深々と礼をすると部屋を出ていった。
「最初からすんなり聞いていればいいものを。頑固者め」
伯爵はひとりになり独り言ちる。
ずっと付き添ってくれた執事をやり込めたことの達成感もあるが、わずかに不安が残るのも事実。
もう少し話し合うべきだろうかと悩み、首を振った。
――いや、これでいい。
とにかく金策が必要であり、連絡さえ取れれば見通しはつく。金さえあればこの状況も好転し、執事も納得するだろう。
何も状況は変わっていないのに、すっかり伯爵は借金返済の目途がついた気になっていた。
「クロエならきっとわかってくれる」
この日から、執事の苦言やクロエの気持ちをすっかり放り投げ、誠意を伝えるのだとクロエに手紙を送り続けた。




