【そのころ】うまくいかない sideハストン伯爵
クロエがブレイク家の嫁として溶け込めるよう頑張っているなか、ハストン伯爵は膨れ上がる借金に頭を抱えていた。
執事が部屋に入室して早々、ハストン伯爵は立ち上がった。
「伯爵様。ただいま戻りました」
「それでどうだった?」
「取引はできないとのことです」
「またか」
へなへなと椅子に身体を預ける。
妻は何度言っても贅沢をやめず、事業も軒並み取引先から断られ資金の見通しがつかず赤字だった。
これまではうまくいっているわけではなかったけれど、なんとかなっていた。だが、今は何もかもうまくいかない。
「このままではイレイド侯爵家への返済ができません」
「わかっている」
「まずは当家の支出の見直しが必要です。何度も言っておりますが、奥様の贅沢を止めていただかなければ使用人たちの給与も払えません。辞める者はこれからもっと増えるでしょう」
クロエが屋敷を出た後から少しずつ使用人は辞めていき、今では半数ほどとなっていた。これ以上辞められると業務に支障が出る。
「それもわかっている」
妻には現状を含め何度も話してきたのだが、まったく耳に入っていないようでいっこうに改まる気配はない。
「妻を呼んできてくれ」
「かしこましました」
執事が出ていき、溜め息をつく。
子供の時から世話になっている執事は以前はもう少し感情を見せていたが、今は最低限のことしか言わなくなった。
完全に呆れられているのが伝わり、ハストン伯爵はきりきりする胃の辺りを撫でた。
妻とクロエは折り合いが悪くぎすぎすして居心地が悪かったので、片方がいなくなればさらに妻も落ち着き空気もよくなると考え、クロエの独り立ちの提案を了承した。
現実の厳しさに根を上げてくる可能性のほうが高いと思っていたし、頑張るだけ頑張って無理とわかれば諦めて嫁ぐことも厭わなくなるだろう。
成功すれば成功したで、イレイド侯爵との繋がりが強化される。
どちらに傾いても自分の負担はないし、むしろ二人を離すことができ娘の言い分も聞く形になってちょうどいいと思ってのことだ。
事業の目星もついていたし跡取りもいる。娘も自ら出て行くというのだからこれからは新しい家族を大事にしていれば、伯爵家はうまくいくと信じていた。
それがどうだ。現状はさらに冷え込み状況は悪化している。
「どうしてこうなったんだ……」
ビビアン嬢から将来について話を聞いているはずのクロエは、話を蹴って行方をくらませた。そのせいでビビアン嬢は機嫌が悪いままで、イレイド侯爵家との関係も冷えつつある。
返済を待ってくれなど言えるわけもなく、なんとしてでも金策を得なければならないのに行き詰っていた。
しばらくして、ばたばたと品のない音を立て妻がやってきた。
「あなた。また宝石を買うのを止められたのよ。ここの人たちケチくさいわよ。一つくらいいいじゃない。あたなも当主ならなんとかしてよ」
「だから前々から言っているだろう。事業がうまくいくか瀬戸際で余計なことに使う金はない」
「余計なこと!? 社交のためにお洒落はとても大事なことなのに、その言い草ひどいわ。私だって伯爵家のために頑張っているのよ」
感情的に声を上げる妻を前に耳を塞ぎたくなる。
これまではなんとかなるかで甘やかしてきたが、今回の取引中止はかなり痛手でどこからも金は湧いてこない。
むしろ、減っていく一方で借金もあるのに、これからどうすればいいかの瀬戸際でお洒落だのなんだの馬鹿げている。
「その社交だがどれもうまくいっているとは思えない。君から伝手が取れたことはあったか?」
おしゃれをして金が儲かるならそうしてほしいところだが、浪費が嵩み次に繋がっているようには見えない。
「なんで、当たり前のことをしているだけなのに責められないといけないのよ! もとはクロエが悪いのに」
「借金とクロエは関係ない」
「でも、あなたの娘でしょう? 娘なら家族のピンチを助けるべきじゃない。そうよ。お金がないならクロエに頼めば解決よ」
妙案を思いついたと、ぽんと妻が手を打った。
「クロエとは連絡が取れない」
「でも、居場所はわかっているのでしょう?」
「ああ。隣国のブレイク家で世話になっているとの話は聞いた」
先日、アカデミーを直接訊ねるとそのような話を聞けた。
ブレイク家の長男と親しかったため、どうやらウェスタニア国で働くことにしたようだ。
そのほかのことはわからないし実際にどうなっているかまではわからないが、二人が一緒に門を出て行ったのは確かなようだ。
「イレイド家の話を蹴って生意気だとは思ったけれど、向こうでうまくやっているならお金だって融通してくれるはずよ」
「だが、これまで支援もしなかったし、何も連絡してこないということは縁が切れたと」
「そんなこと言っていられないわ。私たち困っているのよ。娘なら助けるのは当然でしょう? そもそも言うことを聞いてイレイド侯爵家の提案を受け入れていたらこんなことにならなかったのに。親不孝者よね」
確かに妻の言うことには一理ある。こんなに苦労しているのに手紙の一つも寄こさないのは親不孝者だ。
「なら、具体的にどうすればいい?」
「とにかく近況を話して、困っていることを伝えればいいじゃない。名家と伝手のあるクロエならなんとかしてくれるわ」
ブレイク家の総資産はどれくらいのものかは知らないが、イレイド侯爵家よりも上であることは間違いない。
「近況さえ伝えれば確かに可能性はあるが、連絡の取りようがない」
「あなたの娘でしょう? 管理くらいしたらどうなの! とにかく連絡を取るの! それでさっさとお金を送るか帰ってこさせるようにすれば、金策の目途はつくでしょう」
さすがにここまで連絡してこないのだから家に戻すのは無理かもしれないが、援助してくれと言うくらいならいいかもしれない。
クロエがビビアン嬢の提案を断ったのも原因ではあるのだから、それを伝えるくらいは許されるだろう。
よくよく考えると条件を満たせば縁を切ってもいいとは言ったが、こちらが困っているのにさっさと隣国へと出て行ったのはこれまでのクロエらしくない。
もしかしたら、ブレイク家の男に騙されているのかもしれない。それを確認するためにも、親として連絡は取るべきだ。
「もう一度、手紙を送ってみるよ」
「これで解決ね。欲しい宝石があるから早くお金を用意してね」
その金はどこから出るのだ。
クロエに再度助けを求めるアクションを起こすことは決めたが、現在金がないことには変わりない。
ここは強く出ないと、クロエに援助してもらうまでに使用人たちがいなくなってしまう。
「クロエとは連絡を取ることと、君の贅沢は話が違う。これから買い物は必ず私の承認が必要とする」
「だから、クロエになんとかしてもらいなさいよ。もう、お金の話ばかりうんざりだわ」
言ってやったぞと妻を見ると、怒って部屋を出て行った。
「なんで誰も話を聞いてくれないんだ……」
溜め息をつく。ここ最近、溜め息ばかりで老けてしまいそうだ。
「とにかく、まずはクロエに連絡を取ろう」
クロエなら話を聞いてくれる。妻をどうにかするより、クロエに働きかけるほうが確実だ。
控えていた執事に指示すると、執事は目を眇めた。
「――伯爵様。クロエお嬢様にはお嬢様の人生がありますので、お嬢様にはこれ以上は接触すべきではないかと。あまりにも頻繁に送り相手側を怒らせるのも得策ではありませんし」
「だが、困っているんだ。妻にもああいった手前連絡はしてみよう。緊急なんだ。もう一度だけ試そう」
執事にそのような目で見られると落ち着かない。
「わかりました。次で最後にしてください。これ以上はお嬢様に申し訳なさすぎて見ていられません」
「わかった。約束する。同時にイレイド令嬢にも話を通そう。クロエにうまく話を通すのにいい案があるか相談してみてもいいかもしれない」
口に出しては言えないが、婚約者を探しているらしいから息子を候補に入れてもらえないか探るのもいい。
とにかく、金があるところと話を進めないと現状は変わらない。
ビビアンにお伺を立て、伯爵のもとに返事がきたのは二週間後のことだった。




