【そのころ】破談後 sideビビアン
「どれも私には相応しくないわ」
ビビアンは、父、イレイド侯爵に渡された釣書を放り投げた。
侍女がそれらを拾いながら言いにくそうに告げる。
「ですが、今回ばかりは選ばないと公爵様も次からは勝手に決めるとおっしゃっていたかと」
「だって、皆どれもぱっとしないのだもの。お父様もああは言っていたけれど、可愛い娘が言えばわかってくれるわ。もっと私に相応しい縁談があるはずなのよ」
エルキラ公爵との婚約は破談となったため早急に相手を決める必要があるのはわかるが、見た目も年齢も経歴も、そして身分も、エルキラ公爵やノアと比べると見劣りする者ばかりだった。
今更格を下げるなど到底受け入れられず、すべてを断ってきた。
「ですが」
「煩いわね! あなたは私の話を聞いていればいいの。お父様には私からも話すから、それは持って行ってちょうだい」
「……かしこまりました」
侍女が下がり、ビビアンはイライラと爪を噛んだ。
割れそうになるほどぎりっと力を入れてしまい慌てて口を離すが、苛立ちが収まらない。
「もっといい男がいるでしょうが!」
嫁入り前の自分の価値がこの国で一番だと、ビビアンは信じて疑っていなかった。
アカデミーを卒業するまではそう外れてはいなかったが、エルキラ公爵と破談になり状況は変わった。
公爵に見切りをつけられた女性として魔法の能力も疑わしいと、真に実力のある者はビビアンに見向きもしなくなったのが現状だ。
そのせいでこれまでは敷居の高い相手とされていたビビアンの価値は下がり、侯爵家の後ろ盾や若い娘が欲しい者が殺到し申し込みの数だけは多い。
それもビビアンがまだ次があると勘違いさせる要因でもあり、求める条件に当てはまる者は名乗り出てこないのが現実だ。
侯爵家の娘で、アカデミー卒業というステータスを持ち美しさも兼ねそろえている。
そう信じて疑わないビビアンは、父親の最後という言葉に関して重く受け止めていなかった。
「私が破談になったのも新しい候補探しに煩わされているのも、すべてはクロエのせいよ」
素直に言うことを聞いていればいいものを、婚約を破談にされた恨みは忘れない。
クロエさえ余計なことをしていなければ、今頃公爵夫人という輝かしい未来に向かっていた。それを考えると悔しくて悔しくて仕方がなく、枕を涙で濡らした夜は数知れず。
「ああ~、やっぱり腹が立つし報いを受けさせたいわ! だけど、ブレイク家のことを探るわけにはいかないし」
他国の、しかも名門一族であるブレイク家に下手に探りを入れ、万が一喧嘩を売っていると思われると国家間の問題になる。
破談になったことでこっぴどく怒られたし、これ以上問題を起こすとさすがに父親に見放されてしまいかねず、そこまで無謀になれなかった。
「誰か私の代わりにうまくやってくれないかしら」
うまくいかないことすべてはクロエの責任。
この鬱憤を晴らすにはクロエが不幸であるべきだと、それを確認、もしくは引きずり降ろさないと気が済まないとクロエはまた爪を噛んだ。
◇
その日の夕食時。席に着くなり公爵が口を開いた。
「ビビアン。釣書を捨てたらしいな」
「だってお父様。私には不釣り合いな方ばかりで」
ビビアンは口を尖らせ、目を潤ませながら公爵を見た。
「何人か年齢も身分も見合った者がいたと思うが」
「エルキラ公爵と比べると皆小者ばかりで、私に相応しいと思える方はおりませんでした」
それにクロエのそばにはノアがいる。自分ではなくクロエの肩を持ち手助けした事実は、ビビアンのプライドをひどく傷つけた。
それを回復するためには、自分のそばに立つ者は美しく強い男でなければいけない。
とにかく自分を裏切った二人を後悔させるには、最高の男が隣にいないとビビアンは納得できなかった。
「ねえ、お父様。あれだけの釣書が来るのですもの。もう少し待っていれば、私に相応しい人が現れると思うの。焦って決めてしまったらもったいないと思いませんか?」
公爵ははぁっと頭を抱えた。
「最後と言ったはずだが」
「お願い。お父様。まだ私は若いし、何よりアカデミーを卒業したのよ。絶対、次、次はいい人が現れるはずだから」
「そこまで言うなら、次で決めなさい。それ以上はもう我が儘は許さない。わかったな」
「ええ。わかったわ」
やはり、可愛い娘には甘いとビビアンは笑った。
次がいつか指定されなかったが、話題集めにパーティーに出席すればいい縁談が舞い込んでくるはずだ。
ひとまず父を説得することができ期限が延びたことに安堵し、楽しい食事の時間となった。
食後のデザートの果物を口に入れながら、先日の茶会で話題になったアイスについて強請ることにする。最近暑くなってきたので冷たくて甘い物が食べたい。
「そう言えば、今話題になっているアイスがあるのですがとても冷たくて美味しいようです。私も食べてみたいですわ」
「ああ。アドベンチャーミラクルアイスというやつか」
「お兄様も知っておいでで?」
兄がワイングラスを軽く振る。
「先日の視察の際にたまたま出くわして食べたが、非常に美味しかった。あれは女性に人気がでるぞ」
「そんなに?」
「ああ。彼らがいる場所でしかほぼ食べられないのは惜しいが――。そういえば移動式の店を展開させる話が出ていたな」
移動式ならばいずれ王都にやってくる可能性がある。
喜ばしいことだと話を聞いていたら、公爵が口を拭いて兄に訊ねた。
「それは本当か? アイスは美味しさをキープしながら運ぶのが今の技術では難しく、実際に実現しようとなると無駄に金がかかるから非現実的な話に聞こえるが」
「私も半信半疑ですが、もしそれが実現できたならかなり活用の幅が広がり、生活水準も上がるのではと密かに注目しております」
「へえ?」
「材料も希少なのでそこまで量産はできないそうですが、移動に関しては開発が進んでいるそうなので近く結果が出るのではないでしょうか」
生活が豊かになるのはありがたい。
どこの部門の者かは知らないが、存分に開発に励みこちらにいい物が届くよう頑張ってもらいたい。
「それは素晴らしいですわ。でしたら、私たちもいずれ食べられる時がくるのですね」
「ああ。確かビビアンのアカデミーの同級にブレイク家の長男がいたんだったな。そこが噛んでいるようだ。ウェスタニア国のブレイク家の支援を受けてとの話だったからな」
そこでビビアンは手を止めた。
「ブレイク家?」
「そうだ。そこでどうやら状態保存が可能な装置が開発されたとか。隣国の技術になるためこちらの国まで浸透するのはまだ先になるだろうが、アイス自体はそう遠くないうちに食べられるのではないか」
半信半疑とは口でいいながら、兄は見聞きしてそれらが成功すると確信しているようだ。
嫌な予感がする。
状態保存、凍らす魔法といえばクロエ。アカデミー時代に状態維持や保存の話を聞いたことがあるし、まさしく卒業制作でしてやられた魔法だ。
楽しい気分が一転、ずぶずぶと苛立ちまみれになる。
アカデミー時代の汚点を話すのはプライドが許さずその場はぐっと堪え、部屋に帰りビビアンは髪を振り乱した。
「本当は私の物だったのに。何を勝手に使ってるのよ。クロエのくせに」
成果が出るなら、それらは自分の功績になるはずのものだ。
しかも、自国ではなく、他国でそれらが形になろうとしており、邪魔をすることも手柄を奪うこともできず、指を加えていなければならない状態が腹立たしくて仕方がない。
「お嬢様。ハストン伯爵からまた手紙が届いております」
「もう、しつこいわね。こっちは相手をしている暇はないの。――でも、ちょっと待って。もしかしたら利用価値はあるかもしれないから、捨てずにそこに置いておいて」
「わかりました」
離れても苛立たせるクロエにどうやって報いを受けさせようかと怒りを募らせ、ビビアンは爪を噛み、そして割れた。




