38.再会と道案内
保冷馬車の件も含め、手がけている魔法具の報告書を作成するために走らせていたペンの手を止め、私は立ち上がった。
眉間をほぐし、気分を変えるため歩き回りながら作成した資料に目を通す。
「ここでの暮らしももう三か月経ったのね」
ブレイク領に来た時はまだ肌寒く上着が必要であったが、すっかり季節は変わり薄着で過ごす暑い日が続いていた。
ラグーゼ国の夏はじめじめしていたが、ウェスタニア国の空気はからっとしている。そのため同じ夏でも体感はかなり違い、日が沈むと窓を開けさえすれば不快なく過ごせる。
ノアとの関係も良好で、覚えることもやるべきことも減るどころか増えるばかりでわりと忙しいが、ここでの生活はこれまでにないほど自由で穏やかだ。
屋敷では少しずつブレイク家の嫁として認知されつつあり、私個人としても知り合いも増え、知らない土地に来たけれど人と繋がりが持て充実している。
ただし、アリシアとの距離は縮まらないことが気がかりであった。
「こうも手ごたえがないのもねぇ」
ノアに頼まれたこともあり、以前より気にかけるようにしている。
だが、アリシアにはかなり警戒されており、家族揃っての食事以外は近づかせてももらえないのが現状だ。
最初に思ったよりも柔らかだと感じた壁はなぜか日に日に固く高くなっており、ノアに会うのも事前に私がいない時を調べているようで、徹底して私と顔を合わせることを避けている。
そこまで露骨に嫌がられては無理やり入るわけにもいかず、全く関係性は進展していなかった。
「とっかかりがなければどうしようもないし……。焦っても仕方がないわよね」
その内めぐり合わせで接点ができるかもしれないと晴れた日の日課となった窓を開け、私はぐっと伸びをした。
気がかりといえばもう一つある。
あの湖を最後に、光の玉が姿を見せないままなのだ。
物理は関係なく通り抜けできる可能性もあるが、気持ち的にいつでもこちらは待っている合図として窓を開けるようにしているが、虚しく閉めて終わりの毎日だ。
「元気にしているのかな?」
またすぐに現れると思っていたので、二か月も会えないとさすがに心配になる。
精霊は自由な存在であるし、ついてきたのではなくたまたま行きたい方向が一緒だっただけかもしれない。
そうは思うが、一緒にこの国にきた仲間が増えた喜びを抱いていたため残念なのは否めない。
「あれで最後はさすがに寂しいのだけどな」
出現も別れも唐突すぎてすっきりしないと湖があるほうを見つめていると、ものすごいスピードでこちらに向かってきている“何か”が見えた。
「ん? 噂をすれば? ――――わっぷ」
迫りくる直前で光の玉だと認識できたのはいいが、構える間もなく私の顔にぺたりと張り付かれる。
まるで呼んだとばかりのタイミングに笑みがこぼれた。
「ちょっと! 痛くはないけど、あのスピードはさすがに怖いわ」
光であるので痛くもかゆくもないが、猛スピードはさすがに身構える。重量がある物なら確実にあの世逝きである。
だが、当の光の玉は文句を告げても目の前でふよふよと飛ぶだけでどこ吹く風だ。
「まあ、元気そうだからいいわ。それにしても大きくなったわね?」
話しかけるが、ふわふわと目の前を飛ぶだけでやはり話を聞いているのか理解しているのかわからない。
二か月ぶりなのだが、それを感じさせないくらいに自由に私の周りを飛び回る。
「ふふっ」
会えないのを寂しく感じていたのはこちらだけのようだが、光の玉次第の関係なのでこうして思い出して遊びに来てくれただけいい。
また興奮して散らかされては困ると急いで書類を片付け、しばらく光の玉が飛び回るのを眺める。
一通り探索し終え満足したのか、私のところにやってきた光の玉が髪を引っ張った。
「何?」
くいくいと引っ張ったかと思えば、次は窓の外へと移動しと、それらの行動を何度も繰り返す。しかも、窓からひょいっと落ちる動作までされて心臓に悪い。
「外に出ろって?」
意図を察して訊ねると、光の玉は嬉しそうにふわふわくるくる回る。
「訊いたことが合っていたら上下に動いてくれる?」
今なら話が通じるかもと指示してみると、言われた通りに上下に動いた。
「わかったわ。でも私は窓から出られないから、どこかに連れて行きたいなら人が通るルートでお願い」
そう告げると、光の玉はドアのほうに向かう。
理解してくれてよかったと思う間もなく、ドアを出た瞬間、ものすごい勢いでどこかに行ってしまった。
「ゆっくり案内してと先に言っておけばよかったわ」
光の玉についてノアと話した時、光の玉は生まれる前の赤ちゃんの状態だとの話も出たので、これは仕方がない。
興奮すると聞く耳を持たないので、基本は話が通じないものとして接するくらいがちょうどいいだろう。
私も外に出ると、捜すまでもなく存在をアピールするように、ぐるぐるとものすごい勢いで回っていた光の玉と合流する。
そこから十数分歩き、ここだとぐるりと回った光の玉は低木が並んだある一か所の穴の中に入っていった。
「ここを通るの?」
手前をかき分け覗くと人がやっと通れるくらいの穴が空いており、向こう側はお花畑になっていた。光の玉はすでに奥まで行ってしまったのか、姿は見えない。
「ここまで来たら行くしかないわよね」
この景色を見せたかっただけなのか、ほかに何か用事があるのか。
私はスカートを手繰り寄せ、地面を這うように穴を潜った。
「こんな場所があるのね」
なんとかぎりぎり潜り抜け、付いた葉や土をぱんぱんと払いながら立ち上がると、大きく目を開きこちらを見て固まっていたアリシアと目が合った。
花に囲まれ、可愛らしい容姿のため花の妖精かと一瞬思うくらい溶け込んでいた。
花冠を作っていたようで、驚きのあまりにぽろりとそれが地面に落ちる。
「えっ? ひとり?」
周囲を見回すが、いつも一緒にいるチェルシーは見当たらない。
まず単独行動であることが心配になり、続いてアリシアの頭の上をボールが弾むように光の玉が無邪気に遊んでいるのが気になった。
「アリシア? 息をしてる?」
あまりのことに動けず蒼白になっているアリシアは、こんなところで避けてきた私と鉢合わせになるとは考えもしなかっただろう。
しかも、今は縋る相手はいなくてアリシア的にはかなりのピンチだ。
私もきっかけがあればとは思ったが、まさかこのような形で唐突にくるとは思わず軽くパニックだ。
「えっと、ここにはそこにある光の玉に連れられたのだけど……」
見えているのかはわからないが、ノアの妹だし見えている可能性のほうが高い。
なんとなくだが、光の玉がここに連れてきた理由はあるのだろうと事実を告げる。
あまり怖がらせてはとアリシアから視線を逸らそうと試みるが、どうしても光の玉に視線がいく。
こっちはどうすればいいのか頭をフル回転しているのに、ぽよーん、ぽよーんと音の幻聴が聞こえてきそうなほど楽しげだ。
――あなたが連れてきたのだからどうにかしてよ!
じとりと睨むと、光の玉が今度は私のほうにやってきて頭の上を跳ね出した。




