37.ブレイク家の使用人
アリシアの専属メイドはチェルシーという名で、二つ上の色気のある美女だ。
基本、チェルシーは引きこもりがちなアリシアと一緒にいるため、顔を合わせ挨拶をすることはあっても話したことはない。
少し緊張しながら、微笑ましそうにアリシアたちを眺めているチェルシーに話しかけた。
「さっきはありがとう」
「私は何もしておりません。むしろ、うまくクロエ様との橋渡しが出来なくて申し訳ありませんでした」
気まずそうだったのは、アリシアが私を露骨に避けたことを申し訳ないと思ってのことだったようだ。
「十分よ。私よりもチェルシーのほうがアリシアのことを知っているのだし、彼女の気持ちを優先してくれてとても嬉しい」
「そう言っていただけてありがたいのですが、メイドとして力不足を感じております。ノア様の奥様となる方はアリシア様のご家族なのですから、本来でしたら私ではなくクロエ様が一緒におられるべきなのに」
責任感があるがゆえに、自責の念に駆られているらしい。さすがアリシアの専属メイドを長く勤めている人物だ。
「私は気にしていないわ。私が近くにいても、アリシアが大好きなノアのもとに行けたというだけで嬉しいから」
まず私がそばにいても自分のしたいことができた事実が、出だしとしてはかなり大きい。
「クロエ様はお心が広いですね。嫁いできてなかなか打ち解けられなければ、私ならあれこれ考えて落ち込みそうです」
「そうかな? 私とチェルシーなら、アリシアにとって近いのはチェルシーでしょ? そこに無理やり入って負担をかけるようなことはしたくないわ」
そう告げるとチェルシーが目を見張り、小さく笑みを浮かべた。
「私は一介のメイドにすぎないのに。恐れ入ります」
「チェルシーはアリシアにとっていなくてはならない大切な専属メイドだもの。私の意思よりも、彼女の意思に敏感でいてくれたほうがいいわ。だから、これからこういったことがあってもアリシアの気持ちを優先して、アリシアのよき理解者でいてあげて」
チェルシーがカバーしてくれるならアリシアも安心だし、私もいろいろ試すことができるのでむしろありがたい。
「はい。そうさせていただきます」
「お願いね。そういえば、ここでどれくらい待っていたの?」
「三十分くらいです。アリシア様がどうしても早くノア様に会いたいとおっしゃったので」
「三十分も? それは悪いことをしたわね」
光の玉のこともあり、湖でかなりゆっくりしてしまった。
これまで家族としてどのような時間を過ごしてきたのかはわからないが、大好きな兄が自分ではない女性を連れて出て行ったと知り、気が気ではなかったのだろう。
「私の力不足です。ノア様がクロエ様と外に出られたと知りとても寂しく感じられたようで、うまく説得ができず門のところで待たせてもらいました。お二人のデートの邪魔をして申し訳ありません」
チェルシーががばりと頭を下げる。
やはり責任感が強い女性だ。ノアたちが大事なアリシアを彼女に任せている理由がわかる。
私は小さく首を振った。
「チェルシーは悪くないわ。チェルシーがアリシアのことをちゃんと見てくれているから安心できると、ノアが言っていたわ。そのチェルシーが外で待ったほうがアリシアの心が落ち着くと判断したのなら、そうなのでしょう」
チェルシーがアリシアの専属メイドになるまでは、アリシアが怖がるのでなかなか他人をそばにおけずじっと部屋にいることも多かったそうだ。
彼女がつくようになって行動する範囲が増え、ノアもアカデミーに通う決断ができたとの話は聞いた。
何か言いたいことがあると家族か彼女に筆談するので、チェルシーはアリシアにとって家族のように安心できる存在なのだろう。
それを伝えると、チェルシーが照れくさそうに頬を染めた。
「ノア様が?」
「ええ。とっても感謝していると言っていたわ」
「もったいないお言葉です」
チェルシーはそこで熱っぽくノアを見つめた。
――ほんと、ここの人たちはご主人様が好きよね。
主人に褒められると嬉しそうな反応をするのは、アカデミーから一緒に帰ってきたノアの侍従、オーブリーと一緒だ。
そこでいつの間にかやってきたオーブリーが、彼女の肩に肘を置いた。
「チェルシーはノア様が本当に好きだな」
その肘を払いのけ、チェルシーはじろりとオーブリーを睨む。
「アリシア様もですし、公爵様や夫人もお慕いしております。それにオーブリーも人のこと言えないじゃない。ノア様の後を追いかけてラグーゼ国まで行っていたくせに」
「俺は実力で選ばれて護衛として連れて行ってもらった。望まれて一緒に行き、帰りは見事賊を倒し貢献してきた。俺はノア様の従者としてよくやってますよね?」
「ええ。そうね。とてもカッコよかったわ」
話を向けられ、頷く。
確かにチェルシーが言うように、オーブリーもノアをかなり心酔している。
関係を構築できていない当初、表面上は笑顔だったが全く何を考えているのかわからない人だった。
ノアを命にかけても守るのだとの気概が言葉の端々や視線から常に伝わり、私が主を少しでも害する者だと判断すれば、ノアに処罰されてでも追い払うのだと気概を感じるくらいかなり観察されていた。
一か月近い旅路で互いにどういった人物か理解し距離も縮まり、今では私のことを信頼してくれているのもわかる。
だが、それはノアが選んだからというのが大半な理由だろうと思えるくらい、オーブリーは主が大好きだ。
「ほら。俺のほうが主人の役に立っている」
「武力ではあなたに敵わないけど、私はブレイク家の皆様のためなら命もかけられるくらい敬愛しているわ」
彼らにとってはブレイク家に仕えることは誇るべきことで、そこからなぜかどちらがどれだけ主人たちが好きかを競い出す。
「命? いちいち言わなくてもそれは当然だろう?」
「確かにそうね。気持ちでは負けないと言いたかっただけよ」
当然なんだ?
使用人同士だとまた違った姿を見せる二人の微笑ましいというよりは重たい会話に苦笑しながら、ノアとアリシアのほうを見た。
アリシアは私の視線に気づくと、ぐっと眉間に皺を寄せノアの肩に顔を埋めてしまった。
その仕草は他人が怖いのもあるだろうが、私に対しては兄を盗られたと怒ってもいるようにも見えた。
大好きな兄がやっと帰ってきたと思ったら、知らない女を連れていて今日から家族だと言われれば、事前に説明があったとしてもおもしろくないだろう。
――私も、義母や弟が出来た時は戸惑ったもの。
母が亡くなって半年も絶っていない、まだ気持ちをかなり引きずっていた頃だった。
新しい家族だよ、と母との思い出を忘れたかのように事前になんの相談もなく連れてこられ、ものすごくショックを受けた。
事情は違うけれど、家族、自分が過ごしている場所の変化は子供にとってかなり大きなことだ。
そんなアリシアを優しく撫でたノアと視線が合うと、彼は力強く頷いた。ノアも最初の一歩としてこれでいいと思っているようだ。
兄といることを優先しているだけだとしても、逃げようとしないのはまずまずの反応だ。ノアがアリシアを抱えて私のもとへとやってくる。
「戻ろうか」
「ええ。夕食の時間も近いものね」
「そういえば、料理長がトロズリア地方のマンドーという果物を手に入れることができたと言っていたから、今晩あたりに出るんじゃないか。クロエがその話をしたんだよな?」
「ええ。教授の話を思い出して話したのだけど、もう取り寄せたのね? かなり希少だと聞いていたのだけど本当にすごいわ! マンドーは口に入れた瞬間に口の中が幸せになる甘さって言っていたから、今から楽しみだわ」
ぴくっ、とアリシアの肩が動く。抱っこされたまま顔を隠してはいるが、話は聞いているようだ。
ノアがいたら私と話していても会話を聞く余裕はある。それがわかっただけでも、今後いろいろやりやすい。
まずまずの反応に、気づいたノアと一緒に笑みを浮かべた。




