32.想定外の同行者
ブレイク家に正式に嫁として迎えられ、一か月が経ったある日。
「やっとコツを掴めてきたかも」
この日は、いつもより早く勉強のノルマを終えた。
ずっと同じ体勢でいたため凝り固まった背筋を解すようにぐっと伸びをしたところで、ふとまだ出していないアカデミー時代の荷物があったことを思い出す。
部屋の角には箱が数個置いたままだ。
自分で確認しながら出したいためメイドにも触らずにいてもらっているのだが、いい加減に手をつけなければならない。
言い訳になるが、ブレイク家に来てからなんだかんだとやることも多く忙しかった。
初めてのことだらけで緊張もしていたため、開封を急ぐ必要はないだろうと片付けも後回しになっていた。
「あの教授たちの餞別というのがちょっとね」
箱にはアカデミー時代に使っていた物と、これでもかと感謝と労いとともに教授たちに渡された物が詰め込まれてある。
いくつかは中身を知っているが、梱包された物もあったためすべて把握しきれていない。
教授たちの性格を考えるとありがたい物ではあるだろうが、ややこしい物もきっと入っている。
本人たちもゆっくり見たらいいと言っていたため、まず目の前のすべきことを優先した。
これまで課題やノルマ、金銭的に苦しかったためかなり時間追われ一息つく間もなくフル稼働してきたので、余計に自分のタイミングでやりたかったのもある。
だが、さすがにこのまま放置は使用人たちにだらしない人と捉えかねないし、周囲も気になるだろうと席を立った。
一番上の箱を手に取り、机の上に置く。
この箱には筆記具などまだ使える日用品と、隙間にいくつかもらった物を詰めた。
少しどきどきしながら箱を開けと同時に、ぽんっと何かが飛び出してきて仰け反る。
あまりにも眩しい光に目と閉じてしまったが、すぐさまその正体を確認すべく目を眇め、見えたそれにびっくりして声を上げた。
「えええぇぇぇぇ~!」
先ほどの眩い光はすでに消え、目の前には柔らかな光。
予想外のことに瞬きを繰り返し、何度も確認する。
私に懐くように近寄りふわふわと浮いているそれは数か月前までよく見ていたもので、アカデミーの植物園にいた光の玉で間違いない。
「嘘? ここまでついてきたの?」
よほど退屈していたのか、運動不足? なのか、しばらく挨拶でもするように目の前にいたが、ものすごい勢いで部屋を周回しだした。
聞いているのか、話している言葉をわかっているのかさえも定かではないが、前より自我が芽生えているように思える。
「――……相変わらず自由というか。あっ、ちょっとそれ以上暴れたら書類が!?」
元気な様子にほっとしたのもつかの間、あまりにも高速で動くものだから風が起こり、机の上に置いてあった資料がかさっと音を立てて一枚飛んだ。
一瞬、私の声に反応してか光の玉の動きが止まったが、何を思ったのかさらにスピードを上げて部屋を駆け回る。
「ああ~~! ストップ!」
強めに止めに入ったが、虚しくもかさかさ、ばらばらと音を立て、積み上げていた資料が舞い上がり部屋のあちこちに散っていった。
頭を抱えたくなったが、まずは捕まえようと手を伸ばす。
だが、今度は遊びだと思ったのか上下左右に捕まりそうなところでするりと逃げていく。
「もう! あなた、完全に遊でいるでしょ」
放置していた荷物の中から出てきたということは、荷造りしている時に入り込んだのだろう。
そもそも光だったら物体をすり抜けられるのではないかとは思うが、開けるのを待ってましたとばかりに出てきたので本当のところは定かではない。
わかるのは、アカデミーからここまでついてきてしまったという事実。
掴ませてくれないし、そもそも光の玉を掴めるかどうかもわからないが、まずは散らかった物を片付けるのが現実的だとしゃがんで資料を拾う。
何枚か拾ったところで、頭に何かが乗る感触があった。
「なに?」
顔を上げると、光の玉が部屋に飾っていた花を私の髪に器用に飾り付けようとしていた。
どうやってしているのかわからないが、光の玉が確実にレベルアップしていた。
「悪いと思っているの?」
訊ねると、光の玉とともに花が揺れる。
頷くように揺れたのか、たまたま揺れたのかわからないが、会話をしているようで楽しい。
「あなたも久しぶりに外に出て気分が上がってしまったのよね? 怒っていないから大丈夫よ。ただ、部屋ではゆっくり動いてほしいわ」
そう伝えると、先ほどの勢いはなくなり、私の頭を花で飾るのに夢中になり出した。
これも話がわかっているのか、興味が移っただけなのかはわからないが、少し落ち着いたのでよしとする。
二か月近く箱の中に入っていたとすればかなり退屈だっただろうし、とりあえず好きにさせることにした。
「それにしても、あなたずっとそこにいたのよね? 居心地は大丈夫だった?」
ふわふわと花とともに飛んでくる光の玉に話しかけると、わずかに上下した。
「そう。やっぱり話していることわかっていそうだけど」
そうなると先ほどはわかっていて暴れていたことになるが、今は言及しないでおく。
部屋の花ででは物足りなくなったようで、どこからか取ってきた花までも飾られ頭が重くなっていくのを感じながら、あちこちに飛んでいった資料をもくもくと片付ける。
「遊ぶならとことんという精神はなかなかね」
しばらく無言で資料を拾っていたが、その最中にたまたま目に入った自分の姿に自然と笑みがこぼれた。
これでもかと花が盛られ、かなり面白いことになっている。
「まるで花冠を乗せているみたいね。見たこともない花もあるし、あなたが妖精だと言われても不思議ではないわ」
むしろ、土地柄のこともあり精霊のような魂が宿ったものとしか考えられない。
アカデミーのあの植物園は特別なのか、これは教授に確認を取ったほうがいいかもしれない。
光の玉に好きなようにさせたまま黙々と書類を拾っていると、こんこん、と隣の部屋に繋がる扉がノックされノアが顔を出した。




