28.最初の一歩
思わず両手で顔を隠す。
――本当、不意打ちはやめてほしい。
ほかの誰でもなくお前がよかったのだと、ちょっとしたことでも漏れ出てくるノアのそれに毎回胸をつかれ、恥ずかしさと嬉しさで絶対変な顔をしているはずだ。
恥ずかしい反応をしてしまったことに早速後悔するが、相手が悪いのだと唇を尖らせる。
こういうのをノアは計算で言っているのではなく、素であるところがまた私をそわそわさせる要因だ。
興味がないものは全く眼中になく歯牙にも触れないくせに、敵対すれば面倒でも全力で潰しにかかり弁が立つ。どれもこれも極端で、ある意味己の軸にぶれがないのがノアだ。
そして、ノアの妻となり知ることになった、気を許した相手には取り繕う必要はないと本音をぽろりとこぼす、うっかりではなく自然と緩みを見せる姿はちょっとばかり女心をくすぐる。
契約を結んだ、彼の妻となった時点で、完全に彼の内側に、特別扱いされているのがわかるそれらは、これまでの関係性からやけにくすぐったい。
もう勘弁してほしいとちらりとノアの顔を見ると、ものすごく優しい眼差しで私のことを見ていた。
――ちょっ、そんな顔で見ないで!
穏やかな好意を向けられることに慣れていないため、どのように反応していいのかわからない。
ふぅっと息を吐き出し気持ちを整え、私はそれらに触れずに話を続けることにした。
「んんっ。とにかく、その時と今では状況が違いすぎるわ。三年間だけだと思っていた場所と、ノアの伴侶としてこれからお世話になる場所では心構えが違うもの」
騙されるように嫁になったとはいえ納得してここまで来ているし、妻となったからにはちゃんとしたい。
お土産も用意したのだが、気に入ってくれるだろうかとか近づくにつれいろいろ心配になってくる。
もしお前はブレイク家の嫁として相応しくないと追い出されるようなことになれば、さすがにショックだし悲しくて泣いてしまうかもしれない。
それくらい覚悟を決めたし、ノアとの未来を描いてここにいる。
「俺の家族に気に入られるかどうか心配しているから緊張しているということか?」
「なぜそこで疑問形なの?」
鋼の心の持ち主だとでも思っているのだろうか。さすがにひどすぎない?
ノアの中では私はどんな人物なのか。
「単純な話だ。クロエがそこまで考える必要はあるか? 俺が選んだのだから何も問題ないだろう」
ノアの不遜ともとれるセリフに目を丸くする。
こちらの反応に、ん? と不思議そうにしており、感覚の違いが浮き彫りになる。
「ああ~。大元が違うのね」
「どういう意味だ?」
「本当にすべてから守ってくれるつもりでいてくれているってことかと思って」
傲慢で無責任な発言のようにも聞こえるが、ノアのそれは相手を見下しているわけではなく己の自信からくるものだ。
試しに確認してみると、疑問を挟む余地もなくノアは言い切った。
「当然だろう」
ノアはとっくに腹を括り、私のことを自分のこととして当然のように考え、すべて責任を取るつもりでいるから出てきた言葉なのだろう。
――ノアってそういうところがあるのよね。
アカデミーの時はそういった気質を知らなかったので、とにかく偉そうで面倒くさいとしか思っていなかった。
だが、裏打ちされた実力とどうでもいいことは無関心でとっつきにくいのに、いざ発した言葉はやけに説得力があり重みがあった。
「そっか。とっても頼もしいけどやっぱり緊張はするわ。私はノアの妻となったのだもの。ノアのご家族や仕えている人たちにはなるべく悪い印象を与えたくない。だからこそ、いつも以上に構えて肩の力が入ってしまうの」
「俺の妻か」
嬉しそうに声を弾ませるノアに首を傾げる。
たまにこちらが考えもしなかったところで喜ぶことがあり、ノアのツボがいまいちわからない。
「そこでなんで嬉しそうなのよ」
「俺の、とか響きが良すぎる」
「ノアのでしょ?」
ノア以外の誰かに嫁いだ覚えはない。
正確にはまだ妻としての実感はないが、ノアの妻になり、ブレイク家の一員になるために頑張っていきたい気持ちは十分にある。
「ああ。その認識さえあればそれでいい。クロエは俺ので、俺はクロエのだ。夫婦とはそういうものだろ?」
「そうね。支え合い分かち合うものよね」
誓約書にもそう書いてあったし、少なくとも私たちはそうあろうと契約を結んだ。
結婚するとはわかっていなかったが、誓約書を読んだ上で一方的ではなく温かい関係を築いていくことが前提の関係ならと、私は契約を結ぶことを了承したのだ。
目前で奪われそうになったアカデミー卒業証書という、私にとって未来の地盤となるものを取り戻してくれた人物。
そのノアがそばにいる未来が楽しそうだと、私は私の意思で選択した最初の自由。
「ああ。クロエならこれから何があっても乗り切れるだろう」
「それこそノアもいるしね」
嫁ぎ先の規模に気後れはするが、ノアの実力は申し分ないし有言実行の人なので心強い。
「よくわかってるじゃないか。俺がクロエをひとりにさせないし、困ることがあれば守る。だから、クロエはブレイク家で好きなように動いたらいい」
信頼がすごい。私が公爵家に負をおもたらすとは微塵も考えていないようだ。
だが、こういった信頼はやる気が出る。
「ありがとう。なるべく迷惑をかけないよう頑張るわ」
「ああ。俺としては家族や公爵家のことを気にかけてくれるのは嬉しいが、俺と一緒に楽しむことを忘れないでくれたらそれでいい」
「ええ。あなたの妻としてあなたと楽しむためにできることはしていくつもり」
自由に生きていく後押しと、帰る場所という安心を作ってくれたノアには多大な恩がある。だかこそ、彼のことも彼が大事にするものも大事にしていきたい。
にっこりと微笑むと、ノアがくしゃくしゃと私の髪を混ぜた。
「もうっ。これからご挨拶するのに!」
「悪い。つい。責任もって直す」
「いいけど」
横に座り迷いなく私の髪を整えていくノアは、妹の髪をよく結んでいたらしく力加減も絶妙でスムーズだ。
「よし。綺麗になった。クロエ。改めてこれからよろしくな」
「ええ。楽しく過ごせるよう頑張りましょう」
目の前でハイタッチしようぜと出したノアの手を叩くと、そのままぎゅっと掴まれた。




