【幕間】女神像 sideビビアン
母親に似た美しい容姿に恵まれ、ビビアンはイレイド侯爵家の末娘として蝶よ花よと甘やかされ育てられた。
魔法の才能を認められ相応しい相手との婚約の話も進み、最後の条件をクリアすれば誰もが羨む華々しい人生が待っているはずだった。
なのに、暗雲が垂れ込める。
「我々には再現不可能です」
「それをやるのがあなたたちの仕事でしょう!」
侯爵家お抱えの魔法士たちの情けない宣言に、ビビアンは声を荒げた。
なんのために雇っているのか。こういう時に役に立つためじゃないのか。
クロエに裏切られ、ノアに手酷く断られ、彼の正体を知り、これまでになくビビアンは苛立っていた。
「ですが、この像を維持する魔法の核となるものが残っていないので」
「どういうこと?」
目の前には、卒業制作で造った氷の女神像がある。
クロエがやらかした後、冷凍魔法装置がある場所に移動させ溶けるのを止めたはいいが、それ以上のことはできなかったため侯爵家まで運び込んだ。
その際に氷魔法が得意な者に冷やさせたが、歪な形で固まり冷やす温度も一定ではないせいか白く盛り上がる箇所もでき、さらに美しさが損なわれてしまった。
時間が経てば経つほど、腸が煮えくり返る。
今すぐここにクロエを引きずってきて跪かせたいところだが、この氷の女神像は婚約するために、自分の価値をより上げるために非常に重要な物であったため今は我慢するしかない。
明日の午後の顔合わせまでに、必ずなんとかする必要があった。
「核が残っていれば魔法を研究し解明はできるでしょうが、そこから使用可能かどうかはまた別の話になります。つまり、現時点で完全な復元は不可能です」
「小娘にできたことを、魔法のエキスパートである専門家ができないってどういうことよ」
クロエにできて、彼らにできないことの意味がわからない。ちょっと要領がいいくらいの格下の女がかけた魔法だ。
当然、自分にだってできる。ただ、それをするには時間と労力がかかるためやらないだけだ。
もっとほかにやらなければいけない重要なことが多くあるため、活躍できる場を分け与えているだけに過ぎない。
感謝されこそすれ裏切るとはと、クロエのことを考えるだけでビビアンの苛立ちは募り目はつり上がっていく。
「これは特殊でかなり高度な魔法です。そもそも長時間溶けないこともですが、どんな温度でも形状を保てるというのは聞いたことがないので、独自に開発した固有魔法の可能性があります。オリジナル魔法は個々の能力によるものになりますので、どれだけ似た能力を持っていたとしても完璧にコピーすることはできません」
「そこまでにすごいことなの?」
「はい。派手な魔法ではないのでわかりにくいですが、かなりの上級魔法です。聞けば、アカデミーの名だたる教授たちから高度魔法を教わった人物とか。頭の中がどうなっているのか、我々も一度お会いしてみたいですね」
なのに、魔法士たちは逆にクロエを褒めだす始末。
仕事ができないどころか、格下の者を評価するとはどういうことか。見る目がない者は首にしてもらおう。
「もう、いいわ。役に立たないのなら出ていきなさい!」
時間の無駄だと魔法士たちを追い出し、一度自身も部屋に戻る。
机の上に置かれた手紙にそっと触れ、溜め息をついた。
「ようやくエルキラ公爵との婚約が決まるところなのに……」
卒業制作物の持ち出しはアカデミー卒業後にしか認められなかったため、明日に実物を見せ公爵の目の前で実力を証明できれば婚約する手筈となっている。
エルキラ公爵家は魔法の実力を重んじる家門で、この国の発展に多大な貢献をしてきた一族だ。
そこの若き当主との婚約の話が上がったのは、卒業制作物を完成させた一か月前のことだ。
公爵家のなかでも、エルキラ公爵家は特別だ。ビビアンはすぐにその話に飛びついた。
歴代の当主の伴侶はアカデミーを上位で卒業しその実績を認められた者たちばかりで、その一族の仲間入りするということは国の中でも特に優れた女性であり称賛される機会も多い。
本当なら今頃は未来の夫となる人物と会うために、むくみとりや肌の調子を整えるための美容に力を入れながらもゆっくりしているところだった。
だが、恩知らずで生意気なクロエと見る目のないノアのせいでと、行き詰れば行き詰るほど憎しみが増していく。
「さすがにお父様に頼るわけにはいかないものね」
魔法の見極めに関わる卒業制作物に関して手を貸さないことを、婚約の話が出た際に伝えられている。
魔法に特化したエルキラ公爵相手なので、少しでも疑われる要素を排除するためだ。
それほどの気を配るべき相手であり、そんな相手と婚約を結ぶことができれば一生安泰だ。名声も財力もあり、顔もいい。これほどの条件の男はそういない。
「そうよ。盾のブレイク家と言われていても結局引きこもって姑息に戦っている家門ということでしょ。表に立つエルキラ公爵家とは同じ公爵でも雲泥の差よ」
王家には自分と同じ年頃の王子はいないため、エルキラ公爵家に嫁げばさらに地位も名誉も財産も、そして称賛も集まる。これ以上の相手はこの国にはおらず、ビビアンにとって最高の相手だ。
無事婚約した後に今回の責任は取らせるのだと、アルバーン教授を呼び寄せた。教授なら、クロエに関する魔法を少なからず知っているはずだ。
「これでしばらくは誤魔化せるはずです。ですが、やはり一時しのぎにしかならず、完全に再現するのは無理です」
かなり時間がかかったが、アルバーン教授はクロエの提出物からある方式を読み取ることを成功させた。さすが、アカデミーで教鞭をとっているだけのことはある。
「その場さえ乗り越えれば、研究させて再現することは可能よ。それにクロエを連れてくれば問題は解決するし、今回さえどうにかなればいけるわ」
「うまくいけば私のことを勧めてくださるのですよね?」
「ええ。もちろんよ」
「アカデミーは追い出されたので、ビビアン様が頼りなのです。よろしくお願いしますよ」
この男をあまり好きではないが仕方がない。
本来ならノアを代替え要因として考えていたのだがそれもできなくなったため、まだこの男に頼るしかない。
ノアが拒否し脅してきたせいで、使える者が少なくなったのも痛手だ。
さすがに隣国のブレイク公爵家の嫡男と知ってからは、関係性も含め手に入れることは諦めたが、なんらかの報復をしなければ気が済まない。
「女神像さえあればこっちのものよ。クロエもノアも絶対に私の足元に這いつくばらせてやるわ!」
さらに時間をかけようやく元通りになった女神像を前に、ビビアンは呪を吐くように言い捨てた。
次の日。氷の女神像を一目見て、エルキラ公爵が静かな声で述べた。
「この度の話はなかったことにしよう」
「どうしてですか!?」
魔法は完璧なはずだ。見た目に関しては美容に当てる時間を削って、精密な魔法をかけ自分の手で仕上げた。
「卒業パーティでの騒動は知っている。状態維持の核となる魔法はほかの者の魔法だと聞いたが?」
「少し手伝ってもらっただけです。ですが、聞いたのでしたら魔法を解かれたことも知っておいででしょう? 私はその者に機会を与えただけです。実際に彼女が手伝わなくともできることをこうして証明しております」
本来、アカデミー内で起こったことはよほどの問題行動以外は外部に知られることはないが、エルキラ公爵ともなるとまた別の話のようだ。
こうなると、クロエに手伝わさなくてよかった。教授たちに囲まれていたことは腹立たしかったが、逆にそれがクロエは今回何もしていない証明になる。
「私が欲しかった魔法ではないな。この女神像は持って数日というところか。本来、半年持つということだったがかなり条件が違う」
「時間が足りなかったので。毎日かければ問題ないのでは?」
半年保てれば一緒のはずだ。
「非効率すぎて話にならないな。そもそも婚約には魔法の実力ありきだ。アカデミー内で見逃されていたルールは我々には通じない。君のそういった能力を否定しているわけではないが、私には必要ないし我ら一族の一員になるには実力不足だ。むしろ、クロエ嬢のような者のほうが欲しいな」
滞在時間は五分にも満たず、女神像に施された魔法だけを見て着飾ったビビアンには見向きもせず、エルキラ公爵は一度も席に座ることもなく出ていった。
取り残されたビビアンは、屈辱的な扱いと放たれた言葉に震える。
「また、クロエ! どうしてクロエばかり褒めるのよ!」
ビビアンの華やかな人生の計画が崩れ、確かな影が差した瞬間だった。




