26.ブレイク家の嫁になっていた
「ノア~。これはどういうこと?」
魔法装置門を利用するとウェスタニア国に短時間で行くことはできるが、それには莫大なお金がかかる。
ノアにはすでにかなり金銭的にも迷惑をかけている身のためそれは辞退し、なら見識を広めるためにゆっくりとウェスタニア国に向かおうということになった。
その道中、馬車に揺られながら自身の卒業証明書をようやく受け取ったのだが、そこで信じられないものを目にする。
驚愕して大声を上げると、こちらの様子を楽しげに見ていたノアがゆったりと微笑んだ。
「いい反応だな」
「だな、じゃないって。これ、名前がクロエ・ブレイクになっているのだけど!?」
見間違いではないかと何度も目をこすり確認するが、何度見ても同じだ。
説明してよと証明書を見せながら名前のところを指すと、ノアは数秒じっと私の顔を見ていたが、にやっと笑みを浮かべた。
「そのままだ。クロエはブレイク家の一員になった」
「そう。私がブレイク家の一員に――。いやいやいや。おかしいでしょ。騙したのね?」
いつの間にかブレイク家の一員になっていたこともだが、あまりにもほくほく顔で告げられたものだから思わずそのまま受け止めてしまった。
基本、ノアとは顔を合わせれば言い合ってきたので深く考えずに反応してしまう。慌てて詰め寄ると、ノアの笑みが深くなった。
アカデミーを出てから、ノアはずっと機嫌がよい。
あそこにいる間は特に楽しそうな様子もなく淡々としていたため、まだこのペースに慣れていない。
「騙していない。ブレイク家の一員になれば全力で守ることができるし、最初から俺はクロエが欲しいと言っていたはずだ」
「確かにそうだけど。てっきり雇われるものだとばかり」
まさかあの説明でブレイク家に仲間入りしているとは思わない。
笑顔の圧を感じながら当時の考えを告げると、ノアが少し拗ねたように唇を尖らせた。
「俺に預けると言った」
「言ったわね」
「俺は全力でクロエを取りに動いた。親にもこの件については話し了承を得ていることも話したはずだ」
「それ、ニュアンス変わってくるのだけど」
苦笑しながら、もう一度証明書を見る。
証明書は虚偽が許されない特殊な魔法がかかっている物だ。そのため、魔法の資格がないと判断されたら抹消されるし、結婚などで性が変わると同時に反映される。
「嘘は一度もついていない」
「それもそうね。私の確認不足といえばそうだし、とても助かったし感謝はしているわ。だけど、明らかに隠してたよね?」
一連の流れは私のためであるし、ノアも嘘はついていない。あの時はノアに頼るしかなく、自分の意思で契約書にサインした。だから、責める資格はあまりない。
だけど、その時点で名前は変わっていたからすぐに渡さなかったのだと思うと、隠されていたことは引っかかる。
「目の前のことに集中すべきだったし、この件を適当に話したくなかった」
不服を表すと、身体は大きいのに子供が拗ねたような顔をされどうしても憎めない。
私のため、そしてノア自身の私のことをおざなりにしたくない気持ちが伝わってくるため、大変なことなのに怒れなくなる。
「そこまでする必要があったのかは疑問だけど」
「すべての者を出し抜くためにはあれが最善だった。そして、手を伸ばすからにはクロエを誰にも奪われたくない。なら、結婚するのが一番だろ?」
ノアのその宣言で、養子の線もあったが消える。
ブレイク公爵家は良くも悪くもいろいろ噂のある名家だ。まさか自分がそこの嫁になっているとは思わないではないか。
「聞いてないんですけど!?」
「言ってはいないがここに書いてある。これからよろしく、俺の花嫁」
満面の笑顔とともに、懐に大事にしまってある契約書を見せてくる。
読めないが、ノアが言い切るということはしっかり明記されているのだろう。
うーむと考えていると、ノアは私の頬に触れるか触れないかのところまで手を伸ばし、ちょんと突いてイヤリングを揺らした。
これもパーティー用とは別に似合うからとプレゼントされたもので、触れながら嬉しそうに笑う姿に毒気が抜ける。
なんだかなぁと大きく息を吐き出すと、ノアは不安そうに訊ねてきた。
「嫌か?」
そう問われ、心の中を探る。
嫌かと聞かれれば嫌じゃない。ただ驚いた。もっと説明してくれていたらとの不満はあっても、ノアに対してそういった感情は見当たらない。
どちらかと言うと、それを聞いてもまだ楽しみな自分がいる。
――そっか。私はそれでもこの状況が、ノアといることが心地よいんだ。
正直、ノアのことをこの数日少し知っただけで、まだまだ知らないことのほうが多い。
多いけれど、おそらくその他大勢ではなく特定の人にしか見せないであろう姿を見せてもらった。
あまり人には見せない、いたずらっ子のようで優しい眼差しを向けられて嫌な気はしない。
それどころか、彼と一緒にいる未来を想像すると楽しそうが一番表にくる。その自分の気持ちを受け止めると、自然と笑顔になった。
「いえ。全く不安がないわけではないけど、楽しみなほうが勝つわ」
悪縁を断つために、良縁を結ぶ必要があったのかもしれない。
あのままあそこにいたら、確実に私は私ではなくなっていた。
それを救ってくれた人。私が必要だと、大事な時に手を差し伸べて、好きなことをしてもいいと言ってくれた。
承諾なしに結婚はとは思うけれど、誓約部分を思い出すと確かに結婚のそれと変わらない。しかもかなり誠実な内容だった。
あのような約束を交わす人を、自分から何もせず拒絶したくはなかった。
むしろ、私もノアのためにできることを返したい。
「納得できなければ、神聖国に行った際に申し出てくれたらいい。あまり難しく考えず、俺と一緒に日々を楽しく過ごそう」
気に食わなければ破棄できる余地を教えてくれる。強引なところはあるが、やはり誠実だ。
「契約してしまったものは仕方がないし、こうなったら楽しまないと損よね。ノアとなら楽しめそうだし」
一緒に楽しくやろうということは、ひとりにはしない、一方的に負担を偏らせないという意味だ。
これまでの生活と、ここに来るまでに見せてくれたノアの振る舞いから、これほど私にとって心強い言葉はなかった。
ビビアンの捨て台詞から警戒していたがアカデミーを出発するまで結局何事も起こらず、父も何か言ってくるかと思ったが音沙汰もなかった。
それでようやく解放されたのだと初めて実感した。私の人生はここからなのだと、心が弾む。
まさか初っ端でブレイク家の嫁になっていたことはさすがに想定外すぎて、契約書にサインをするのをもっと慎重にしていればと思わないでもない。
だがそれだと自由も得られず、今のように晴れやかな気持ちになる結果とは違っていた可能性もあった。
結局、今、後悔していないことがすべてなのだ。心強い相棒ができたと思えば、ただただこの先が楽しみになる。
慈しむような優しさを乗せた金の双眸を細め、ノアが手を差し出した。
「クロエ。これからずっとよろしくな」
「ええ。これからよろしく」
開けた窓から心地よい風が吹き、イヤリングが小さく揺れる。
その小さな重みと軽やかな動きさえも嬉しくて、私は頼もしく大きな手を強く握り返した。
第一部完結です。ここまでお付き合いありがとうございます(*´∀人)♪
ブクマ、リアクション、感想、評価と本当にありがとうございます!! 誤字報告も助かりました!
第一部は離脱編ということで、ここからは解放されたクロエの本領発揮でわちゃわちゃしてくるかと思います。
いくつか幕間を挟んだ後、第二部になります。
第二部は書き溜めてから毎日投稿する予定ですので、しばらくお待ちいただけたら幸いです。




