25.最後の仕上げ 後編 sideノア
自分の魔力や表情が相手にどう影響を与えるか理解している。ビビアンたちが怖気づいたのを、ノアは見逃さなかった。
「さっき触られたせいでこれも汚れたな」
魔法を発動させ、ボッ、と音を立てて目の前で火をつける。
少しの接点でもこうなるぞと、先ほどのハンカチを見せつけるように燃やし、火が尽きると同時に彼らのほうに向けて風を送った。
それに紛れて、ブレイク家に伝わる呪の魔法を送る。これは悪意を持って魔を執る者を同じく魔を持って制するものだ。ウェスタニア国で主流である精霊魔法になるため、ここで感知されることはない。
今後、クロエに悪意を向けた魔法や契約を使った際、それは本人に返る。いわば、保険のようなものだ。
「ちょっ、何をするのよ! しかも汚れたって」
「俺の物なのだからどう扱おうが関係ないだろう。これくらいの魔法なら問題ないしな」
煙を直に浴びたビビアンが、こほっと咳をして涙目で睨みつけてくる。
「脅すなんてひどいわ」
「じゃあ聞くが、これまでのクロエへの仕打ちは脅しではないのか? あれが許されて、これが許されないとでも?」
自分が三年間してきたことを棚に上げて、少し反撃されたら大袈裟すぎる。
「少し顔がいいからって子爵家ごときがつけあがらないことね。私のお父様にかかればあなたなんてすぐに潰せるのよ。アカデミーを出たら覚悟しなさい!」
「へえ?」
「な、なによ」
ノアが内ポケットに手を突っ込むと、取り巻きたちはビビアンを庇うように後ろに下がった。
一応守る気概はあるようだがかなり及び腰なのを見て鼻で笑うと、大声で威嚇してくる。
「暴力は反対だ!」
「そうだ。そうだ」
「手を出す価値も感じないから心配するな」
「なっ!」
挑発するように手を振ると、かっと取り巻きの一人が顔を赤らめ魔法を打ってこようとした。だが、それを仲間が止める。
「やめとけ。攻撃魔法はここではダメだ」
「それにあいつに実力で敵うわけがない」
止められた男は悔しそうに唇を噛み締めだけでそれ以上手を出そうとはせず、ビビアンが忌々しそうに取り巻きたちを睨みつけた。
所詮、利害関係やそれぞれの思惑がありきの繋がりだ。最終的には自分が可愛い者たちばかりで、他人のために本気で身体を張るつもりはないのだろう。
「なんだ? 根性がないやつばかりだな。まあ、いい。これを出そうとしただけだから」
権力を振りかざすならこちらもと、煽りながらノアは卒業証明書を出した。
こういうヤツらにはわかりやすく権力を示すほうが確実だ。権力を振りかざす者は権力に逆らえない。
本当はパーティー会場で身分を明かして牽制してもよかったが、あくまであの場ではクロエが主役でいてほしかった。
これまで不当に評価されてきたクロエが、自ら意思で示すことが重要だった。
実際にクロエは相応の態度と結果をもたらした。
心を決めたクロエならやってくれると思っていたが、しっかりと力を証明したのでノアも誇らしい。
「ノア・ナサニエル・ブレイク? って、ブレイク家!?」
卒業証明書だとわかったビビアンは覗き込むと、目を丸くする。
ビビアンの呟きに、取り巻きたちが声を上げる。
「クロード家といったら、ウェスタニア国の?」
「確か同じ歳に嫡子がいたなよな?」
「やばっ。王族の親戚筋であの悪魔の王子が懐いているとの――」
「あまり口にしないほうがいいんじゃないか。あの国の盾と矛には凄腕の暗殺部隊がいるとか、特に王子の話は噂をすれば呪われるって言われているぞ」
出自を知った取り巻きたちは畏怖の念を交えてノアを見たが、これはやばいぞとビビアンへと視線を向けた。
「ノアって、あのブレイク家の嫡男なの?」
「あの、とはわからないが男は俺ひとりだからそうなるな」
「そんなっ。クロエは知っていたの?」
ビビアンは驚愕に目を見開き、口をわなわなと震わせた。
「それはあんたには関係ないだろう。だが、これでわかっただろう? わけあってテイラーと名乗っていたが、神聖国と取り次ぐことはそう難しくないし契約書は本物だ。つまり俺とクロエの関係は誰にも邪魔できない。俺たちの邪魔しようものなら、どうなるかわかっているよな?」
家が家だ。いろいろ噂は聞いているだろう。これを言うために、先ほどナイフを出し、実力の違いをわざわざ物理的に見せつけた。
ナイフを首に当てられた男は、手を当て顔面蒼白になりじりじりと後ろに下がっていく。
ビビアンはノアの顔を上目遣いでちらりと見て眉尻を下げたかと思うと、突如、泣き出した。
「隠していたなんてひどいわ。わかっていれば私だって――」
「人を見て態度を変えるヤツは信用できない。女神像のことも人の手を借りた物を担保に何をしたのかは知らないが、自業自得だろう? 俺が言いたいことはただ一つ、さっきも言ったが俺たちに金輪際関わるな」
泣き落としでこちらを懐柔しようとしたのがわかったため強く言い捨てると、すぐに目尻がつり上がりこちらを睨みつけてくる。
「なんでそんなことを言うの? 私はあなたに何もしていないでしょう?」
「すでにクロエは俺の庇護下に入った。彼女を苦しめるなら俺の敵だ」
「庇護って、そんなの認めないわ!」
「許可など求めていない。いい加減にしないとこちらも権力を持って制圧するが? 副学園長のようになりたいのか? 一線を越えればどうなるか想像つくよな?」
ここまではっきり言わないと理解できないのか。
これ以上のことをするなら家を潰してやると睨み据えると、こちらの本気が伝わったのか押し黙った。
「っ!?」
「ビビアン様、相手が悪すぎます」
「侯爵様の力があったとしてもさすがに相手が強すぎますし、国家間の問題に発展となれば我々も怒られます」
「もうっ、揃いも揃って弱音を吐くなんて根性がないわねっ!」
取り巻きたちに当たり散らし、誰も何も言わないことに悔しそうに唇を噛み締めたビビアンだったが、ノアと視線が合うと今度は媚びるような眼差しを向けてきた。
ころころと表情を変え、忙しい女だ。
「ねえ、ノア。ごめんなさい。私、何も知らなかったのよ。あなたに迷惑をかけるようなことをしないと誓うわ。だから許してくれるわよね?」
「謝る先が違うだろう? だが、すべてが今更だ。今後、ハストン伯爵家も含め今後一切彼女に手を出そうとするなら、ブレイク家の名にかけて貴様らを潰す」
そのために身分まで明かしたのだからわかっているよなと睨み据えるが、ビビアンは受け入れられないと金切り声を上げた。
「何よ。謝ってるじゃないのよ! もう、あなたなんて知らないわ。見ていなさい! 絶対、後悔させてやるんだから!」
「ここまで言ってもわからなければ好きにすればいい。こちらに害があるとわかった時点で、さっきのハンカチのように消し炭にしてやる」
それにクロエ自身は自覚ないようだが、教授たちに認められるほどの能力とこれまで培ってきたものはかなり価値がある。
逃がした魚は大きかったと、直接手を下すまでもなくともクロエがいないことで、伯爵含めどれだけ恩恵を受けていたか思い知る日がいずれ来るはずだ。
どちらにしろ、今後関わらせるつもりも、手を出させるつもりもない。
誰にも知られず、呪の魔法を付与する目的は果たした。
もうこれ以上用はないと、ノアの意識はすでに目の前のビビアンたちにはなくクロエとの今後に向く。
まるで石ころが靴に当たったかのようにノアの視界から今まで対峙していた存在が消え、何事もなかったかのようにその場を離れた。
ビビアン、そしてハストン伯爵家、ここから破滅のスタートです。
ノアの仕掛け、クロエの活躍によってどん底に向かっていきます。
クロエたちのわちゃわちゃをお届けとともに、その様子も今後差し込み予定です。




