24.最後の仕上げ 前編 sideノア
卒業パーティーは終わり、それぞれが友人との別れを惜しむなか、カツ、カツと会場から離れた石畳の廊下に足音が響く。
ひとりになったノアはネクタイを緩め、ポケットに手を入れた。
こそこそと自分を付け回す気配に目を眇め、ノアは何食わぬ顔で足を進めた。
――神聖国に契約書を無事確保できてよかった。
契約書の確保するために無茶をしたのは、ビビアンやハストン伯爵の牽制は前提としてある。
それとは別に、癖のある教授たちがクロエをあわよくば手元にと狙っていたことを知っていたため、そちらを警戒してでもあった。
教授たちは魔法のことになるとたまに行き過ぎることはあるが、アカデミーに在籍しているだけあって常識は兼ね備え線引きは心得ている。
念には念を入れ教授たちには最後に自分の本当の身分も明かしたため、こちらの意図を察して彼女を保護してくれているはずだ。
今のところうまくいっているが、最後の仕上げがまだだ。
やれることをやりクロエは区切をつけられすっきりはしたようだが、あのままビビアンがクロエを諦めるとは思えずこのまま放置するわけにはいかない。
――ここからは自分の仕事だ。
これ以上クロエの気持ちや時間が搾取されることを、ノア自身が許せなかった。
廊下を曲がり、ノアは魔法で気配を消して離れた場所に潜んでいた男のもとへと移動し首にナイフを突きつけた。
「何をしている?」
「えっ? いつの間に!?」
抵抗しようと手を振り上げてきたが、その前に掴み捻る。
「動いたら血が出るぞ?」
「くっ。暴力反対だ」
「人数揃えて囲んで襲ってこようとしたのはそちらだろう? こいつを怪我させたくなかったら出てこい」
「ひっ。やめてくれ」
押し当てる力を強くすると、情けなく男は悲鳴を上げた。
「ちょっと待て! 我々は話し合いをしたくてだな」
「そうだ。話がしたかっただけで、決して害そうと思っていたわけではない」
「ビビアン様が貴様と話がしたいとおっしゃるから、声をかけようとしていただけだ」
両手を上げながら、さらに三人の男が出てくる。どれもビビアンの取り巻きたちだ。
必ず接触しようとしてくるのがわかっていたからこそ、クロエを教授たちに任せて自分を標的にさせ、さっさと片付けるためにひとりここまで歩いてきた。
「クロエがひとりにならないから、先に俺を取り込もうとしてだろ?」
そう告げると、取り巻きたちは押し黙った。
「まあ、いい。こちらも言いたいことはあったからな」
「なら、話をしようじゃないか。ゆっくり話すにはここは不向きだからアカデミーを出て店に――」
「話があるならここでだ。そこにいるのはわかっている」
外に出れば、こいつらの手の者が待ち構えているのだろう。どれだけ大人数で来られてもなんとかなるが、こいつらのためにこれ以上時間をやるのは業腹だ。
柱の後ろへと視線を投げると、ビビアンが現れた。
「もう。そんなに怒らないでよ。私は本当に話がしたいだけなのに」
最初から隠れているのは知っていたが、自分の目の前まで来て熱を帯びた眼差しで見上げてくる姿に悪寒が走る。
「女神像の対策がうまくいかなかったんだろう?」
相手の気持ち悪いペースに乗るつもりは微塵もない。さっさと指摘するとクロエは目を見張り、胸元を見せるようにしなだれかかってこようとした。
「……ねえ、ノアからクロエを説得してくれない?」
「なぜ俺が?」
色仕掛けが通じると思われていること自体、気分が悪い。ぐいっとビビアンの身体を取り巻きのほうへと押し出し、触れた手が汚れた気がしてハンカチで念入りに拭き取る。
取り巻きに背中を預けることになったビビアンが顔をひきつらせたが、女神像の維持が余程重要だったのか縋るようにまたノアのほうに駆け寄ってきた。
「ねえ、お願い。高価なドレスや装飾品をノアはクロエにプレゼントしたんでしょう? クロエは義理を返そうとするはずなの。ノアから頼めば聞いてくれるわ」
「どこまでもクズだな」
すかさず距離を取りながら、吐き捨てる。
家族だからと長い間情を捨てられず、そのせいでビビアンの無茶を聞いていたように、クロエは情が深い。
クロエがそういう気質だとわかっていてあれだけ無茶ぶりをしていたのかと思うと、怒りが再燃する。
「クズ? 上の者が下の者をうまく使って何が悪いのよ。私はクロエを鍛えていただけ。使い物になるように育てていただけよ。感謝されこそすれ罵られる覚えはないわ。実際、教授たちもそこは問題ないとおっしゃっていたのだから、むしろ褒められるべきじゃない?」
恥ずべき行為を棚に上げて、自分に都合のいいことだけはしっかりと取り入れているようだ。
それらの行為が許されたのは、ビビアンの身分も関係しているのは誰でもわかることだ。綺麗ごとばかりでは済まない世界だと、ノアも理解している。
犠牲の上で成り立つ大きな成果はままあることで、立場上ノア自身にも覚えがある。今の発展も、善行のうえですべてが成り立っているとは限らない。
だから、やり方がというよりは、この件に関しては単純にノアが気に食わないだけだ。
「卒業したのだからもうアカデミーの生徒ではなく、身分も関係もなく、何より本人が拒否しているのだから、それについては自分で何とかするんだな」
「でも、あれはクロエが余計なことをしたから」
「卒業制作物としての評価を終えているのだから余計も何もないだろう? 本来自分の物なのだから自分でなんとかするべきだし、できるべきだ。これでクロエを恨むのは筋違いだ」
ビビアンにとっての女神像の重要性を計算していたわけでなかっただろうが、クロエ自身で盛大な仕返しができたのはよかった。
最後の晴れやかな笑顔を思い出しふっと笑むと、ビビアンが目尻を吊り上げ地団太を踏んだ。
「今にも吹き飛びそうな伯爵家の娘のどこがいいのよ! どう考えても私のほうが美しくて魅力的で価値も高いのに、あなたがクロエを気にかけるのは意味がわからないわ」
「価値? 魅力? 微塵も感じないが? 」
比べるまでもなくクロエ一択だろう。
眉を跳ね上げると、こちらがわからずやだとでもいうように溜め息をつき、甘えるような声を浴びせてくる。
「ノア、これが最後の忠告よ。よく考えて行動しなさい。じゃないと、本当に後悔することになるわよ」
ぞわぞわと鳥肌が立った。
あまりにも会話が通じなくて、モンスターを相手しているような気分だ。そんな相手が己を過大評価して脅してくる。違う軸にいるようで気持ちが悪い。
「俺はクロエしかいらない。だから今後、クロエに、俺たちに近づいてみろ。徹底的に潰してやる」
クロエを自分のものにすると決めた時点で、彼女にとって憂いとなるものは排除するのはノアにとって当然のことだ。
二度とクロエに近づけさせないと、ノアは睨み据えた。




