23.脱却
ふっと笑みを浮かべていたノアは再びビビアンに顔を向けると金の目を眇め、剣呑に言い放つ。
「俺たちの神聖な契約書を他人に見せるなんて愚かなことはしない。信じられないなら信じなくていい。ただし、疑ってかかるのなら名誉棄損でそれ相応の報復は覚悟しておいたほうがいい」
私に向けた柔らかな声音と比べ、酷く冷たい声に含まれる容赦のなさはあまりにも落差がありすぎて、自分が言われたわけではないのに心がひやりとした。
びくっと肩を揺らし少し怯んだビビアンだったが、取り巻きたちが完全に口を噤んだのを見て憤った。
「もう、なんなのよ! そんなのはったりに決まっているわ」
「ですが、学園長も」
「神聖国のものよ! さっきの話ならこの二日で用意したということになるわ。そのようなことができるわけがないじゃない!」
「確かに」
取り巻きたちの意見を無視し、ビビアンが取り巻きたちを言いくるめる。自分の過ちや負けを認めることはプライドが許さないのだろう。
理解してほしいと、してもらえると思っていたわけではないけど、話の通じなさにただただうんざりする。
「ビビアン様が何を信じようがどうでもいいですが、己の常識が通じないことはままあると思いますよ」
ノアがなびかなくても身分が下だし、それならそれでと納得させて強気な態度でいたであろうビビアンが、ノアの正体を知った際はすごいことになりそうだ。
私にもだが、やたらとノアに絡んでいたので、彼女がいつ本当のことを知るのかはわからないが、頑なな態度を見ているとかなり面倒くさそうだ。
「偉そうに言わないで」
「ようは私が実力不足とおっしゃりたいのでしょう? なら、この場で私が卒業に値する能力があると認められたらそれでいいのですよね?」
この場がなかなか収束しないのは、私の実力が定かではなく認められていないからだろう。
だから、どれだけノアが助けてくれようとも、学園長や教授たちの証言があっても心情的に受け入れられない。
口で言ってもわからなければ、実力を示すしかない。学園長が認めても難癖をつけるのなら、わかりやすく見せて黙らせるしかないだろう。
それがここでは一番手っ取り早くて効率的だと、私は周囲を見回し会場に飾られている氷の女神像に視線をとめた。
目立つところに置かれた女神像は、ビビアンの卒業制作として半年溶けない仕組みになっており、今日の会場の雰囲気に合っていた。
「グラント学園長、会場をより幻想的に見せるための魔法の使用許可を願えますか?」
「いいだろう」
アカデミー内では魔法を使える場所は決まっており、一定レベル以上のものは使用許可が必要だ。そのため許可を求めると、グラント学園長は頷いた。
私は氷の女神像の近くに置いてある、私の卒業制作の花束を手に取った。美しい状態に仕上げ保存魔法でしばらく枯れないようにした物だ。
「では、さっそく」
魔力を込めて花束を上に投げ、イメージを練り上げ魔法を発動させるとたちまち花びらが会場いっぱいに広がった。
ひらひらと落ちる過程で、花びらの状態維持を解いて幻想魔法へと切り替える。これなら誰にも迷惑はかからない。
「綺麗~」
「あの花束からの考えられない量の花びらだったぞ。そもそも時間停止? 保存魔法? かなり難しいしできるものは限られている」
「現在は装置を使って保存状態を延ばすのが主流だからな。それと本物が途中からら幻に変わっていた。切り替え部分も自然だったし繊細な魔法だな」
「あっ、見て! ビビアン嬢の女神像が」
その声に皆が女神像へと注目すると、凍っていたはずの像は溶け出していた。
それを見たビビアンが悲鳴を上げる。
「ちょっとクロエ。あなたの仕業でしょ! やめなさい!」
「あの像の基礎は私が作った物ですよね? 卒業制作としての評価は終わっているので私の役目は終えました。オリジナルの仕掛けがあるので、私が発動した魔法に触れたため私の設定した魔法は解除させていただきました」
「何を勝手なことを! この像はまだ必要なのよ! この後大事な予定があったにどう責任を取ってくれるのよ。今すぐ直しなさい!」
「それでしたらご自分で直されては? 今ならまだ間に合います。溶けないように魔法をかければいいでしょう?」
その女神像は今後も利用価値があったようで、ビビアンはかなり焦り怒り狂っているが知ったことではない。
もう私はビビアンのために動かない。今私ができる精一杯のやり返しだ。
本来はこんなことまでするつもりはなかったが、一線を越えしつこかったのはビビアンのほうだ。
約束を守り義理は通しているのでこちらの落ち度はない。
過剰にしすぎて新たに難癖をつけられ絡まれるほうが嫌なのでこれくらいのことしかできないが、これまでの努力の結晶であるオリジナル魔法でやり返せたことに胸がすく。
「覚えてなさい! 恩を仇で返すなんて。私に歯向かって済むとは思わないことね」
小さく笑みを浮かべ微動だにせず見返すと、ビビアンはものすごい顔で私を睨み、よほど女神像が大事なのか周囲にどうにかしろと命令する。
誰も溶けるのを止められず、ひとまず冷却魔法装置がある場所へと運ばせることにしたビビアンは、人任せにするのは不安なのか女神像を運ばせ会場から出ていった。
――女神像、あんなに反応するとは思わなかったけど。
一定期間溶けないという魔法構造の重要な部分を私が作ったことを暴露し、ビビアン自身を投影したであろう女神像が崩れたら絶対悔しいはずくらいのものだった。
予想以上の反応であったが、ようやく静かになり結果オーライだ。あの女神像がどれだけ重要で、彼女が困ろうが私には関係ない。
「最後まで騒がしい女だったが、これであの女も少しは懲りただろう。クロエ、よくやったな。実力で場を制すのはわかりやすくていい」
慌ただしく去っていくビビアンたちを見送っていると、ぽんとノアに肩を叩かれた。
「よかった。そこまで派手な魔法じゃないから伝わるかわからなかったけど」
「オリジナル魔法もそうだが、その中に組み込まれている保存魔法はかなり貴重だ。使い手は限られている」
幻想の花びらを触れようと手を伸ばし、花びらがまた舞い上がるのを見てノアが面白そうに口の端を上げる。
「そうかもしれないけど、魔法装置は開発されているからそこまでではないんじゃないかな?」
「装置さえあれば保存期間が延びはするが、今あるのはせいぜい温度調整のための維持装置といったところだよな。それだけでも十分便利になったが、クロエの魔法はレベルが違う」
魔力はそこまで多いわけではないがこの魔法には自信があり、あらゆる可能性を考え独自の魔法を磨いてきた。
それを評価してもらえたことは純粋に嬉しくて声が弾む。
「本当? それがあって魔法で魔法装置開発部門を希望したのもあったの。何かできそうだなと思って」
「へえ、いいじゃないか。それなら領地で好きなように開発してみるといい。必要な人材もつけよう」
「いいの?」
「もちろんだ。それで、すっきりしたか?」
その言葉に周囲の様子を見る。
ビビアンたちがいなくなったことで、わかりやすく視線が柔らかになった。中には、先ほどの魔法について興味があるのか話しかけたそうにしている人もいる。
少しは認めてもらえたとわかるそれらに、三年間の頑張りが報われる。
クラスメイトの男性と視線が合ってにこっと微笑むと、何人かが私たちのほうへ来ようとした。
だが、それに気づいたノアは牽制するようにじろりと睨んでこちらに来させないようにする。
ノアに睨まれた生徒たちがすごすごと引き下がっていくのを見て、そこまでしなくてもいいとは思いつつもとそれについては触れなかった。
多くの人に囲まれるよりも、手を差し伸べてくれたノアがそばにいるだけで、むしろそのほうが心がほわほわして温かい。
「そうね。自分の気持ちを言葉にできるのって最高ね。最後の捨て台詞は気になるけど、後悔はないわ」
時間が経てば経つほど、最後に自分らしくやり返せたこと、アカデミーでやってきた評価が相応とまではいかなくとも回復したであろうことに胸が熱くなってくる。
何にも捉われず心も軽やかな状態は本当に久しぶりで、笑うとじわりと眦が漏れた。
「クロエはできることはやった。あとのことは任せておけ」
「うん。ありがとう!」
ノアの顔がいつも以上に意地悪そうに、そして嬉しそうに笑んでいるのも嬉しくて表情が崩れる。
この時、私は単純に国を出る手配のことを指しているのだと、ノアの意図を知る由もなく、呑気にあれをしたい、これをしたいと、これまで我慢してきたことに思い馳せていた。
いつもお付き合いありがとうございます!
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毎日お付き合いしてくださっている方がいることが、執筆の糧となっております。
第一部はあと少し。
次話はノア視点です!




