21.繋がる未来
彼らの様子を興味なさそうに見やった学園長は、そもそもの話だが、と続ける。
「クロエ・ハストン――、彼女は魔法医学のメリエル教授や、魔法理論のアチソンテ教授など、ここで名を挙げたらきりがないくらい教授たちの手伝いをしてきた。在籍最後となるこの一年、どれだけ彼女を助手にと嘆願されたか。その彼女が課題についていけず不正を行うことも含め、単位不足はあり得ない。むしろ生徒の域を出ている分野もあり単位も取り過ぎなくらいだ」
「そ、そんな!?」
聞いていないわよ、とビビアンが私を睨みつける。
私はそれらを無視して、学園長を見た。
「初耳です」
ビビアンにこき使われていたのとは別に、アカデミーの教授たちに雑用を押し付けられることが多かった。
断ることもできたが学べる機会だと引き受けていたら、結局最後まで用事を頼まれ続けてしまった。
植物園の水やりもその一つで、大変ではあったが得たものも多くある。
教授たちにとってそれらは、ただの面倒な事務作業を任せる生徒くらいにしか考えていないと思っていたが、そこまで評価してもらえていたことに驚きだ。
「そのような話を私は聞いておりませんっ!」
クラス担任であったアルバーン教授が声を上げるが、学園長は教授に軽く視線をやっただけで私のほうを見るとにっこりと頷いた。
「魔法使いで特に教授などになるレベルは自己完結型も多く、言わずともわかるだろうと言葉が少なく偏屈も多い。才能を認め役に立つと思ったなら、それを周囲に匂わせず確実に取り込めるまでは口外することを厭うだろう。有能な者をどれだけそばに置けるかで、自身の研究成果も変わってくるからな。もはや習性のようなものだ」
習性で片付けていいものではないとは思うが、これまで関わってきた教授たちとの会話を思い出すと納得する部分が多い。本人たちも学園長の後ろで頷いている。
結構酷い言われようだが、それでいいのだろうか。
「そんなの言わないのは当たり前でしょ。クロエを自分のものにしたいのだから、わざわざ彼女の価値を知らせて人に奪われるなんてバカなことはしないわ。能力も志もない者はすぐに権力者に媚びようとするから、そういったことは全くわからないのだろうけど」
メリエル教授が侮蔑の眼差しでアルバーン教授を見た。
「そもそもクロエの担任だからっていきりすぎだ。もっと才能を活かせたのに逆に潰すようなことしかできないなんて、とことんクズだな」
アチソンテ教授は雑魚を見るような視線を向けた。
「そもそも課題の件だが、イレイド嬢の課題をハストン嬢が手伝っていたのは皆把握しておる。むしろ、それを見てハストン嬢がどこまでできるかを教授たちは見ていた」
「そんな!? 皆、イレイド侯爵に顔を売りたくて無視をしているものとばかり……」
「はぁ? イレイド侯爵家には多大な寄付をしてもらい感謝はあるけど、だからといって売り込む必要性は感じないわ。このアカデミーだからこそできることがあるからね。それにこれまでイレイド嬢の行為が問題にならなかったのは、己に降りかかる問題をどう対処するかもクロエにとって課題だと判断されたからだし」
ほかの教授が口々に賛同する。
「外から守られたアカデミーで起こることさえも対処できなければ、ここから出た時にすぐにつぶれる。下手をすれば命を落とすこともある。綺麗なだけの場所なんてないからな」
「イレイド嬢の人をうまく使うのもまた才能だからね。現場では過程ではなく成果が求められるものだ。才能を欲するところと、それをうまく回す能力を欲するところ、どれも適材適所だ」
「もちろん、一定の能力はありきの話だが」
すべてのことがバレていた。しかも、子供の遊びだと許容されていたビビアンは真っ赤な顔をした。
実力のある大人たち、家門が通じない教授たちだからこそなせる業だ。
――あのビビアンが恥じるなんて。
まあ、意気揚々と人をこき使って意地悪をしていたところを、生ぬるく見過ごされていたなんて恥ずかしいだろうなとは思う。
私としても、傍観されてきた事実はものすごく複雑だ。
「そうだったんですね」
「ああ。途中から与えればすべてやり遂げるから我々も少々やり過ぎてしまったが、根性があってやり遂げる地力があるのは何よりもいい」
尊敬する教授たちに認められるのはありがたいが、根性を褒められても嬉しくない。
私はただ教授たちの雑多な用事をこなしてきただけなのもあって、やはり微妙な気持ちになる。
「そうそう。それだけの根性があればどこでもやっていける。今からでも私の助手をやるといい。給金は弾むぞ」
「クロエの知識は魔法医学にぜひ役立てるべきよ。彼女の仕事は丁寧だし、いずれ人に教える立場もいける。私のもとにつくのが一番合っているわ」
「それなら俺は最終的にすべての魔法技術を伝授することを約束しよう。彼女なら適切に扱ってくれるだろうからな」
教授たちが、私の今後について提案を始める。
働き口を卑怯な手で取り消された結果が、まさかこのようなことになるとは何がどうなるかわからないものだなとなんだか笑えてきた。
三日前まで絶望していたのに、ノアが手を差し伸べてくれた時から、その手を取った時から、確実に変わり出した。
今までのこともなかったことにされそうだったのに、それらが今に繋がり、未来が見える。
その事実が、腹の底を熱くする。
「ありがたいお言葉ですが、私はすでに今後どうするか決めていますので」
ノアを見て笑顔で告げると、こちらをじっと観察していたノアはゆっくりと目を見張り満足そうに笑った。その顔を見ているだけで私も満足だ。
ノアの手を取ったことに後悔はないし、ノアを知れば知るほど、彼と一緒に隣国へ行くことにわくわくしている自分がいる。
「こうなると思った」
ノアが呆れた顔で教授たちを見た。
「予想していたの?」
「まあな。一歩引いて見ていればわかるからな」
私自身が全く考えたこともなかった展開だが、ノアは当然だと肩を竦めた。
「そんな……」
ビビアンが助けを求めるように周囲を見るが、誰もが視線を逸らす。
イレイド侯爵家も敵に回すことも、学園長や教授たちに盾突くこともできずに、ビビアンの取り巻きたちでもこの件では彼女の擁護に入ることができないようだ。
同僚の教授たちにコテンパンにバカにされたアルバーン教授は、「こんなつもりでは」とぶつぶつと言い現実逃避に忙しい。
副学園長は拘束されこの場にいないし、学園長が出てきてアカデミー卒業に関して問題がないと判断されたのなら、卒業証明書の件はビビアンでもどうすることもできないだろう。
これで終われる。
そう思ったのだが、まだまだ私はビビアンを甘く見ていたらしい。
ビビアンはまだ自分が間違っていないと、自分の主張は通るのだと詰め寄ってきた。
「クロエ! あなたはハストン伯爵家の者なのだから、イレイド侯爵家に恩義があるはずよね? なら、どうすべきかわかるわよね?」




