20.卒業証明書
はっきりと宣言すると、ビビアンは何度か口を開閉し悔しそうに唇を噛み締めた。
反論され慣れていないせいか言葉が出ないようだ。厭わしそうに睨みつけられるだけの時間が過ぎる。
「それでは」
これまで我慢していたほんの一部だけれど、大事なことは言えた。
待っても何もないならもういいだろうとノアの腕を引き、これ以上関わってもいいことはないとその場を立ち去ろうとすると引き止められる。
「待ちなさい」
「まだ何か?」
振り返りビビアンを見れば、顔を真っ赤にしながら憎しみを露わに私を睨みつけてきた。
私に恥をかかせて従わせるつもりが、逆に自分が恥をかいてしまい私が憎くて仕方ない様子だ。肩を震わせ、拳を握りしめた。
「卒業証明書があるならここで見せるべきじゃない? 言葉だけでは証明にはならないわよ」
「ノア――」
「それなら私が証明しよう」
ノアに出してもらおうと声をかけようとしたその時、深みのある少ししわがれた声がその場に響いた。
確認するまでもなく、声だけで威厳が伝わるアカデミーの学園長の登場に、ざわざわと落ち着かなかった場が静まり返る。
アルバーン教授がその声に一番に反応し、私たちも学園長へと視線をやる。
今日はまだその姿を見ないが副学園長が痩せぎすで、全く似合わないのに髭を生やしやたらとアピールするのに対し、学園長はがっちりした体格で髭などなくてもダンディーさが伝わるおじ様である。
学園長の後ろには大勢の教授たちが並んでおり、総出で会場入りをしたようだ。名だたる魔法使いが並ぶと迫力がある。
アルバーン教授は慌てて学園長に頭を下げ、おずおずと訊ねる。
「グラント学園長! 少し遅れると聞いていたのですが」
「予定を繰り上げてきた。なんだ? 私が早く来ては不都合があったのかな?」
わかりやすく焦ったアルバーン教授に学園長が問うと、教授は汗が止まらなくなったのかハンカチを取り出し額に当てる。
「そういうわけでは……」
グラント学園長の登場で、この場の空気が明らかにがらりと変わった。
アルバーン教授もだが、ビビアンも好戦的な態度から一転、一言も発することなく視線を下に向けている。
年齢的な理由から一線から退いたものの、グラント学園長は国王の相談役として今もなお国の要として必要とされあちこちから声がかかる人物だ。
そのためかなり多忙で、アカデミーで顔を見ることができたのは数回ほどだ。雲の上の人すぎて、直接話したことはない。
「で、この騒ぎは何かな?」
「それが、――あの、ステン副学園長はどこにおられるのでしょうか?」
ひとりでは分が悪いと思ったのか、教授は視線をあちこちに走らせる。
「ああ。あやつか。いろいろあるが、その説明をする前になぜこの場で卒業証明だの話になっているのか話を聞こう」
学園長が再度話を振ると、教授はビビアンを一度見た後、私たちのほうへと険のある視線を向けた。
「クロエ・ハストンは提出課題に不正があったため単位不足で卒業する資格がないことがわかり、事前に伝えていたにもかかわらずこの場に出席していることはおかしいのではとの指摘をしておりました」
「そうなんです。それで私もそのことを知っておりましたので、彼女のためにと思い助言をしていたのです」
取り巻きたちはいまだに学園長たちに圧倒されて口を挟むことはできないようだが、アルバーン教授とビビアンが意気揚々と答える。
すぐさま自分たちの行いが善であることを主張し、それらを聞いたグラント学園長は顔を曇らせた。
「おかしいな。クロエ・ハストンにはアカデミーを卒業するに値する能力を保持しているとこの私が認め、すでに卒業証明書を発行してあるはずだが」
「それはあり得ません。ステン副学園長が不正がありで退学に値すると判断され、すでに決まっていた仕事先も取り消しとなっております。副学園長に聞いていただければわかるはずです」
「だから――」
意気揚々と告げる二人を、学園長は手を上げて黙らせた。
「ステンは職権乱用の疑いがあるため、現在取り調べ中だ」
「取り調べ!?」
驚きで大声を出したアルバーン教授は、さぁっと顔を青くさせビビアンを見る。
ビビアンの表情はそこまで変わらなかったが、学園長の視線から隠すようにぐっと拳を握りしめた。
冷笑と微笑ともつかぬ笑みを浮かべ、グラント学園長はそれらの様子を冷たい青の双眸で観察しながら口を開く。
「そうだ。そのせいで生徒たちの大事な門出に遅れるようなことにはなったが、ケチがつく前にかたをつけたかったのでな。詳細はすぐにわかることになるだろうが、把握しているだけでも監獄行きは免れないだろう」
「監獄行きはかなりの重罪であるはず。それだけのことを?」
「危うく隣国と摩擦を生むとこだったとだけ言っておこう」
なんでもないことのように告げられた言葉に驚いてノアを見上げると、ノアはにっこりと笑った。
――もしかしてこれもノアが?
いったい何を言って学園長を動かしたのか。
こういった時のノアの笑顔は返って不安になる。
「やるなら全力だろ?」
その言葉に目を見開いた。
「ええ。その言葉は素敵ね」
あまりにも明快で頼もしい言葉に、笑みがこぼれる。
この日を迎えるまでに本当に大丈夫なのだろうか、ノアが無理をしていたり、手伝ってもらって迷惑をかけることになったらと心苦しかったが、堂々とした態度に杞憂であったと罪悪感と不安が薄れていく。
「俺の知るクロエならそう言うと思った」
「そっか」
文句を言いながら、この三年間私を、私のしてきたことを見てくれていた人。
「ありがとう」
「それはもう聞いた」
昨日から、何度その言葉を口にしたことか。
続けて礼を告げると、ノアがにっと口の端を上げながらぶっきらぼうに告げる。
面倒くさそうに見えるそれだが、彼の耳が少し赤くなっているのを私は見逃さなかった。
知れば知るほど印象が変わる。
「――あの副学園長が……!? 残念です」
隣国というワードに自分とは関係がないと思ったのか、アルバーン教授があからさまにほっと息をついた。ビビアンも握っていた手をゆっくりと解く。
だが、それらは勘違いだ。
「事の次第を理解しておらぬようだが、そのステン副学園長が判断したことがこの場で通るわけがないだろう」
グラント学園長の言葉に、アルバーンとビビアンの顔が凍り付いた。




