19.思惑と宣言
一歩前に出たビビアンは、胸をアピールするように少し突き出し上目遣いでノアの前に立つ。
「ノアって優しいのね。それらがすべて無駄だとわかって彼女に施してあげるなんて」
「どういう意味だ?」
「だって、あの場にいたあなたならわかっているわよね。ここはアカデミーを卒業した者が参加するパーティーなのよ」
無表情で見下ろすノアに、ビビアンは腕を伸ばし彼の胸に触れようとした。ノアはすかさず、その手を払い除ける。
「だから?」
ぱしっと乾いた音が響き、ビビアンは信じられないと自分の手を掴みノアを睨みつけた。
「あなたもわからない男ね。でも、いいわ。そういうところもあなたの魅力だもの。聞くところによると、あなたもまだこの先の予定が決まっていないようじゃない。今ならまとめて面倒を見てあげるわ」
「――調べたのか?」
ビビアンが卒業証明書を出した。
ビビアン・イレイド。家門の名前が刻まれたそれは、この場で権力を誇示するためと、証明書が欲しいならわかっているわよねと私に見せつけるため。
やることなすこととことん卑怯だと鼻白んでいると、ビビアンはふんと鼻で笑いにやりと笑った。
「お父様、イレイド侯爵に頼めばそれくらい簡単なことよ」
髪を耳にかけたその指には指輪がはめられ、高価な宝石がきらりと光る。耳元にも大振りのイヤリングがついていた。
わかりやすく力を見せつけ、ノアにも自分のもとに下るように強要する。
「前もそのセリフを聞いたな。だが、答えは変わらない。断る」
「へえ。そう。その態度はいつまで持つかしらね? よく考えたらあなたは残酷よね。クロエに最後に楽しい思い出をと考えたのでしょうけど、期待を持たせるようなことをするなんてクロエがとてもかわいそうだわ。彼女、卒業目前にして退学になったのだから」
かわいそうと言いながら、声高々に私の立場を周囲に知らしめた。
ノアと私は顔を見合わせる。
一昨日はっきりと意思を伝えて断ったが、私がここを訪れたことで卒業を諦めていないと踏んだビビアンは、卒業証明書の発行権利を自分が握っていると思い込んだままだ。
「退学ですか?」
「そうよ。本当なら言わないつもりだったのだけど、さすがに黙っていられなくて。後で知られるよりはクロエも傷が浅くて済むでしょう?」
黙ってさえいれば大勢に知られないし、卒業後知られても顔を合わさなければそれまでのことである。それをさも善意であると主張され、私は嘆息した。
そもそも私を陥れようとしたのはビビアンなのだから、彼女に良識を求めても仕方がない。
注目を浴びている今、ビビアンにとって私を辱める絶好のチャンスだ。
私たちが入るまで一番に注目を集めていただろう彼女からしたら、主役を奪われたようで気に食わなかったのもあるだろう。
皆の注目が自分に集まったことに、ビビアンはふふっと満足そうに口の両端を上げた。
しかも、彼女が好きな絶対的な立場にいての主役の舞台。私やノアは彼女の魅力を引き上げるための脇役でしかない。
そういった演出だ。
裏で私を追い込み、公の場ではビビアンは善意で私に手を差し伸べている姿を見せる。
そういった手法は彼女の得意とすることで、これまではそういったことに振り回され従ってきたが今は違う。
「傷が浅くとは、ビビアン様はいったい何をおっしゃっているのですか?」
ノアのおかげで、すでに卒業証明書を持っている私にとって痛くもかゆくもない。
もうビビアンの言いなりにならなくてもいいのだとまっすぐと見返すと、憐れみの表情を浮かべたビビアンがはぁっと大袈裟に溜め息をつく。
「意地になって助言を聞き入れなかったから、今更素直になれないのね。恥ずかしいのも仕方がないわ」
「ちが」
そこで私の言葉を遮るように、でもねぇと頬に手を当ててビビアンは首を傾げた。
「困ったわね。クロエのためなら考えなくもないけど、一度断られているから条件は同じにはならないのよ。でも、あなたがどうしてもと言うなら手もないわけではないわ。アルバーン教授、そうなった場合は可能でしょうか?」
「イレイド嬢の願いなら私が上にかけ合おう」
いつの間にか会場入りし、私たちの背後に来たアルバーン教授が会話に入った。
ビビアンも教授の姿を見てこの話題を始めたのだろう。
「さすが頼りになりますわ」
「ただし、事が事だけにイレイド嬢がハストン嬢を管理することが前提だが、それさえ盛り込めば可能だろう。今日はまだステン副学園長の姿を見てはいないが、副学園長に頼めば間に合うはずだ」
「ありがとうございます。よかったわね。クロエ」
私はまだ返事をしていないのに、二人が勝手に進める。
「先日も言いましたが、受け入れるつもりはありません」
「ああ、受け入れるわけがないよな。こんな茶番」
私が力強く言い切ると、ノアが後押ししてくれる。
「茶番?」
「なんだその言い草は!?」
ぴくりとビビアンが頬を引きつらせ、アルバーン教授が顔を赤らめ私たちに詰め寄る。
唾がかかりそうなほど勢いにたじろぐと、ノアが私を庇うように前へと出た。
「茶番を茶番と言って何が悪いのかわからないな」
大きな背中が異物を遮り、その頼もしさに少し感動する。
せっかくもらった機会。私もしっかりと気持ちをぶつけようと口を開く。
「私は卒業証明書をすでにもらいましたので、れっきとした卒業生です。ですので、ビビアン様の言い分は嘘、ということになりますよね?」
ここで卒業証明書を出せればよかったのだが、いろいろあってノアに預けたままだ。
「そんなでたらめを言うなんて、クロエはどうしてしまったの? ノアにドレスを贈られエスコートしてもらっているからって気持ちも大きくなっているようだけど、適当なことを言うとあなたが恥をかくだけよ」
ドレスが贈られエスコートされてきたことに今触れなくてもいいのに触れたことで、ノアが私を気にかけていることがビビアンは相当気に食わないのだとわかる。
それに気づいたのか、ノアが私を守るように腰に腕を回す。ぴきっと音がするのではないかと思えるほど、ビビアンが青筋を立てた。
――悔しがる姿を見たいと思ったけど、ノアがいるだけですでに半分くらいもう実現してるじゃない。
ノアといると面白いように事が進んでいく。
あまりにもわかりやすくて、痛快だった。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れた。
「何を笑っているのよ」
怒鳴られても何も感じない。窮屈な日々が、嘘のように気持ちが楽になった。
これまで言葉を発するときはどうすれば無難に終えるかを考え、とても自分の言葉だとは思えず話すことさえしんどかった。
だけど、今は重りがなくなり自分らしく発言できる。嬉しくて晴れやかな気分でビビアンを見据えた。
「いえ。ノアのおかげで楽しいなと思って。嘘だと決めつけるのは結構ですが、どれだけ脅されようとも私は二度とあなたの命令は聞きませんので。搾取されるのはもう嫌。これからは自分のために生きていくわ」




