18.卒業パーティー
高窓に設置されたステンドグラスに太陽の光が注ぎ込む。
扉をくぐり重厚かつ幻想的な空間へと私たちが一歩踏み出すと、ざわついていた会場が一瞬で静まり返った。
じろじろと隠さない好奇な視線に耐えられず、ノアに身を寄せて小声で話しかける。
「これ、大丈夫かしら?」
少しでも雪辱を果たすためには、なんでも一番でいなければ気が済まないビビアンより私たちが目立つ必要があった。
そのため着飾ってきたのだが、身体のラインが見えるドレスはやはり落ち着かない。
会場入りしただけで一斉に注目を集め怖気づいていると、ノアがゆったりと笑みを浮かべた。
「綺麗だ」
「――っ! ありがとう。ノアも素敵よ」
ぞわぞわする感覚を抑えながら、私は笑み返した。
恋人のような振る舞いをしてビビアンを煽るというのも今日の計画のひとつなのだが、つい言い返してしまいそうになる。
――なんで、こんなにナチュラルにできるの?
ちらりと視線を上げると、睫毛が自分のすぐ目の前で瞬き彼の笑みが深くなる
前髪を上げ秀でた額を出した今日のノアは、いつもより色気が漂う。近寄ればただでは済まないのに、つい近づきたくなるような危うさがある。
ただでさえ迂闊に近づけない気高さというか迫力とカリスマ性もあり、一目を置かれている人だ。
人を惑わすような美しい笑顔に近くにいた女性が顔を赤らめるのを目にし、今となっては少しばかりそのような反応をしてしまうのもわからなくもないと小さく息をついた。
ノアが耳元に口を寄せる。
「予想通りだ。あの女の顔を見てみろよ。かなり悔しそうだぞ」
促された先には、赤いドレスを身にまとったビビアンがいた。
会場の中でもよく目立つその色味は彼女らしく、多くの男性陣に囲まれ談笑していたようだ。
私が顔を向けると、ばちりと視線が合う。
ビビアンがぎろりと睨みつけてきたが、すぐさま周囲の目を気にして口角を上げた。ちらちらと、ビビアンの周囲も私たちのほうに視線を向ける。
「ふっ。大勢の者がクロエに注目しているな」
「ノアを見ているのよ」
今日は一国の王子様のようないで立ちだ。
実際に隣国の名門家の子息。常日頃余裕のある振る舞いに、今は相応のスーツを着てばっちりセットしている。自然と漏れ出る品は隠しようがない。
「ふ~ん。まあ、そう思うならそれでもいいが。ちょっとやりすぎたか」
そこでノアは周囲に鋭い視線を走らせた。男性陣が気まずそうに視線を逸らす。
「何をしているの?」
「別に。それよりも来たぞ」
なぜか周囲をけん制したノアだが、彼の言葉に本来の目的の人物へと意識を戻す。
大勢を引き連れ、ビビアンが笑顔を浮かべながら私たちのところにやってきた。ぞろぞろと動く集団と対峙する。
「クロエ。もう来ないかと思ったわ」
「準備に時間がかかってしまって」
ノアのほうを見て少し申し訳なさそうに微笑むと、ビビアンは値踏みするかのように私に視線を送った。
「いつもと違って随分とめかしこんできたのね。張り切ったようだけど、あなたらしくないのではないかしら?」
「アカデミー最後なので相応の恰好をしてきたつもりなのですが」
ビビアンのように派手なドレスや装飾品とは違い、こちらは既製品ではあるが周囲の邪魔はせず、だけど場に相応しく清楚さと華美さを意識した装いだ。
身体のラインが気になるのは私が着慣れていないだけで、ビビアンの衣装のほうがレースで隠れてはいるものの際どい部分が多い。
「そうね。無理をしているという感じかしら? これまで公式の場に出るような機会がなかったのだから仕方がないわね」
そこでビビアンは、私に注目しなさいと促すように髪を流す。
「私は気に入っているので、場にそぐわないわけではないのでしたらそれでいいです」
褒めろとの意図を無視して私がそう答えると、ビビアンの眼光が鋭くなった。
「そう。――かなりいい物を使用しているようだけど、伯爵様はご存じなのかしら? それに夫人も日々苦労されているのに、今のあなたの姿を見たら悲しむのでばないかしら?」
かなり気を悪くしたようだ。
彼女の視線が私の耳と胸元を何度も行き来し、不相応な物をつけるなと言外に告げてくる。
「家の事情は理解しております。そのためアカデミーにいる間は一切支援を受けておりませんし、このドレスや装飾品はノアが用意してくれました」
伯爵家が困窮しているのにどこにそんなお金があるのかと揺さぶろうとしてくるが、家とは関係ないことを告げる。
アカデミーに通うことは、親からの要望ではなく私が決めたことだ。ここを去る時、私の希望したことに対して借りがあると思われたままなのは嫌だ。
もうあなたの言いなりになる私ではないのだと意思を込めてビビアンを見据えると、彼女は顔を引きつらせた。
「ノアが?」
「はい」
頷くと、ビビアンはそこでノアを見た。
悔しさと熱を帯びた光を同居させた眼差しで、舐めるようにノアを捕らえる。
「そう。あなたがクロエのためにこれだけのことをするとは思わなかったわ。それにいつの間に二人は仲良くなったのかしらね。仲が良いのなら知らせてくれればよかったのに」
「先日のことで俺たちは打ち解けさせてもらった。それまでも俺は気にしていたが、誰かさんのせいでクロエはとても忙しくしていたからな。今日は労いも兼ねて俺の我が儘を聞いてもらったが、クロエが美しすぎて周囲の視線を集めてしまうから少し後悔しているくらいだ」
ノアがビビアンのこれまでの所業を揶揄し、最後のとどめとばかりに私たちが仲良くなったことをアピールする。
ついでに、愛おしむような甘い眼差しを私に向けた。
目に入れも痛くないとばかりのとろっとろの双眸は、ノアの気持ちが本気だと事前の打ち合わせがなければ私も騙されかねないものだ。
これなら誰が見ても、ノアが私にべた惚れに見えるだろう。
――苦手なことってないのかしら?
何をやっても要領よくこなすノアに感心しながら、どう反応するのかと私はビビアンに顔を向けた。
わなわなと身体を震わせたビビアンだったが、ちらりと私たちの背後に視線をやるとふっと笑みを浮かべた。




