17.勝負の日
青空が広がり雲一つなくよく晴れた卒業パーティー当日。
同級生が次々と学園を去り、最終的には入学した人数から半分に減った。
それほど過酷な試練を乗り越え掴んだアカデミー卒業という一大イベントを前に、卒業を控えた生徒たちはそれぞれの想いを抱えこの日を迎えた。
「本当に大丈夫でしょうか?」
私はプロによって化粧を施されドレスを身に着け、今は髪をセットしてもらっていた。
鏡に映る自分の姿に見慣れず不安をこぼすと、絶賛が返ってくる。
「もちろんですとも。クロエ様のお肌は透き通っていて化粧乗りもよいですし、少し塗るだけでもさらに華やかになります」
「目の下のくまが気になりましたが簡単に隠せましたし、かなり化粧映えしますので皆様びっくりされること間違いありません!」
彼らも仕事だ。お世辞も入っているだろうけれど、そう言ってもらえると安心する。
「ならいいのだけど。慣れなくてどうしても落ち着かないわ」
おしゃれをしたことがないため、自分が自分でないみたいだ。
「これまであまり着飾る機会がなかったと聞いておりますが、クロエ様は磨けば磨くだけ光る素材。よくぞこれまで隠されておりましたね」
「隠すというか、そこに時間やお金をかけている暇がなかっただけなの。もともと卒業パーティーも制服で参加する予定だったし」
平民の多くは制服で参加するため浮きすぎることはないので、ドレスを購入する余裕なんてもちろんなく、私もその予定だった。
だが、ノアとの契約後に卒業パーティーにどのようなドレスを着ていくのか聞かれ正直に答えると、ビビアンを悔しがらせたいなら見た目も大事だと説得され街に連れ出された。
アカデミーにいる間、お洒落を私に禁じていたからこそ、一流の物を揃えたらビビアンも含めは周囲は衝撃を受けるはずだとのノアの主張。
最後くらいはこれまで舐めてきたヤツらをひと泡吹かせたら楽しいぞと言われ、やるなら徹底しようと吟味し揃えるだけで一日を終えてしまった。
「制服ではわかりませんでしたが、クロエ様は細いだけではなく引き締まった健康美をお持ちです。身体のラインの出るこのドレスをここまで着こなせるのは素晴らしいです」
「休みの時には外で金銭を得るためにそれなりには動いてきたから、体力には自信はあるの。健康美っていい言葉ね」
「ええ。自然な美しさは作られたものには敵わないのですよ。存分にクロエ様の良さが引き立つよう全力で頑張りますので、今日はぜひ主役なってきてくださいね!」
わずかな資金と臨時収入を得てやりくりしていた私には当然余分なお金はなく、ドレスやもろもろの支払いはノアがしてくれた。
プレゼントだと言われたがかなりの金額になったので、まとまったお金が出来次第返すつもりだ。
大変だったけれど、やると決めたら私も最善を尽くしたい。
退学を突きつけられ意気消沈した私が、断ったとはいえ最終的には成すすべもなく縋りついてくるとビビアンは考えているはずだ。
だからノアが言うように、衣装を整え毅然として彼女の前に立つことは先制パンチにはなる。
そんなわけで昨日は衝撃的な展開からやることがありすぎて、寮に帰る暇もなく高級ホテルに泊まることになった。
本当なら契約書を読み込みそちらの準備もしたかったのだが再度読み込むような時間もなく、すぐに疲れて寝てしまった。
朝は朝で早くから叩き起こされ、ノアが寄こした人たちによって私は着飾られ、ずっと慌ただしく過ごしているが気持ちは晴れやかだ。
出立の時間が迫り部屋を出ると、座って待っていたノアが立ち上がる。
「ごめん。お待たせ」
「クロエ」
だが、私の名前を呼んだきり呆然した。
無言でじっと見つめられ、宝石の重みで引っ張られる耳をそっと触った。これまで装飾品をつけたことがないのでかなり違和感がある。
「ねえ、あまりに見られると困るのだけど」
これでもかというほど手入れをしてもらい、傷んだ毛先は切り髪には艶が少し戻った。しかも、プロによる化粧を施されお墨付きももらえた。
この三年間ずっと髪は一つ括りで化粧っ気なしだったため、すべての準備が整った際に全体を見て、自分で自分の姿は新鮮ではあった。
――期待外れだったからかける言葉に困っている?
たくさん褒めてもらえたおかげで気持ちが上がっているのはあるが、自分でもそう悪くはないとは思ったのだけど反応がないと心配になる。
「悪い。驚いて」
「それはいい意味で?」
ここまでしてもらい、やった意味がないのは情けない。
不安でうかがうように見上げると、見惚れるような笑みを浮かべたノアが目を細めた。
「想像以上に綺麗だ」
あまりにもストレートに褒められ、ぼっと顔が熱くなった。
褒められることには慣れていないし、これまで言い合ってきた相手だと余計に調子を崩す。
「そっか。えっと、よかった。あなたも似合っているわ」
グレーと濃紺のスーツに金の装飾を着たノアは、長身でスタイルがよいためかなり目立つ。
鮮やかな青のネクタイを締めているが、私のリボンと同じ色だ。
一緒に行くならお揃いにしようと、そのほうがビビアンを煽れるだろうと言われそうしたが、今さながらに恥ずかしくなる。
じっとネクタイを見ていると、そこでノアが面白くなさそうにぼそりと告げた。
「名前」
「名前?」
「これからはノアと」
俺たちはこういう関係だろうとばかりに、ノアはそこで懐から契約書をひらひらと出した。
「こんなところまで持ち歩いているの?」
「大事なものだから、金庫にしまうまで肌身離さず持っていないと」
昨日したサインが見え隠れする。
ビビアンが何かしかけてきても大丈夫だと伝えてくれているようで、らしい励ましに気負っていた気持ちが軽くなる。
「ノア。ありがとう。あなたがいてくれて本当に助かったわ」
「おう」
素直に応じると、ノアはふいっと顔を逸らした。小さく口の端を上がっている。
――こういう一面もあるのね。
いつも余裕をかまして、ちょっかいをかけてくる人であった。
そのため苦手というか面倒なイメージがあった。言い合いはしても距離があったし、知ろうと思ったことはなかった。
だけど、今回のことで急激に近づき、少しずつノアの思っていることがわかってくる。それが嬉しくもあった。
「では、行こうか」
「ええ」
あれだけのことを卒業間際で仕掛けてきたビビアンが、このまま何もせずに引き下がるはずがない。必ず仕掛けてくるはずだ。
甘い言葉をかけるのか、蔑むのか、強引な手法を取るのか、とにかく使い勝手のいいコマとして私を取り込もうとしてくるだろう。
――なんでも思い通りになるなんていかないんだから! 今日はそれを思い知るといいわ!
少なくとも、私はビビアンの思い通りになるつもりはない。
ノアのおかげで戦闘準備はできた。あとは誰にも遠慮せず自分らしくビビアンと対峙するのみだ。
力強い眼差しとともに差し出されたノアの手に、私は手を重ねた。




