4-2:小さな灯りとちいさなきっかけ
// Spell.prototype = WorldLogic;
「しかし、お前さんそっちが本性のようじゃの。面倒じゃからな、もう妙にへりくだらんでいいわい」
先ほどの状況でもしっかりとこちらを見ている、この婆さんの鋭さは村長に頼られるだけのものがあるのだろうと周は思った。
「すまない。切羽詰まっていて。必死だったんだ」
「だろうね。しかし、私はこれでも多少は頼られるような立場でね。お前さんのような、怪しいものを簡単に信用して、村を危険にさらすわけにもいかないんだよ。そこは理解してくれるかの?」
「理解できるよ。逆の立場なら信用できないからな」
「はははっ、そうか自分で自分の身の上は信用出来んというのか。正直な奴よ」
「信用や信頼なんて、昨日今日で手に入るものでもないだろ。俺は、この村でまだ何もしていないから、要するに俺の信用なんてその程度のものだ」
まだ何もしていないもの、信頼に足る何も積み上げていないそういう状態だ。
「そうだね。しかしな、それでも私はお前さんを判断しなければいけないのさ。言葉には、意思が宿るものさ。お前の言葉には、今のところ嫌な感じがないからね。確かに村長が判断する通り、数日置いてやるくらいはしてやってもいいのかもしれないね」
ラナ婆さんが少しだけ間を置いてから、ふと尋ねた。
「──で? ここに来るまでの話、聞かせてもらえるかね。あんたがどんな目に遭ったのかを」
周は少し迷ったが、できるだけ誠実に応えるべきだと思った。
「……よく分からないまま、森にいた。正直それまでの事も、はっきりしないことが多いんだ、混乱しているのかもしれない。気がついた時には一人で、何も持ってなくて。人がいるところを目指して歩いて……妙な獣に襲われたんだ」
「どんな獣だい?」
「三つ目の狼みたいなやつだった。正直、死ぬかと思ったよ。でも……火をつけて追い払おうとしたんだ。うまくいくとは思わなかった。けど火が回りに燃え移ったら奴は逃げだしたんだ」
婆さんは、その話の中の一箇所に、ぴくりと反応した。
「……火をつけた? 何を使ってだい?」
「火打石を叩いて、火種に……。いや、正直、時間はなかった。なのに、火が……すぐについた」
「ほう……。ふむ……」
ラナは何度か唸るように言葉を繰り返しながら、目を細めた。
「──それは、“火の導き”ってやつかもしれないねえ」
「火の導き?」
「世の中ではね、ごく稀に“火に選ばれる”ことがあるのさ。火を呼ぶ理とでも言おうか。魔法の、ごく最初の、ほんのさわり」
周は、少しだけ目を見開いた。
「まさか、あれが“魔法”だったって言うのか……?」
「いや、意図せずに起きたなら“魔法”というより、“偶然”かね?けど、向いてるのかもしれん。遊びみたいなもんだが試してみるかい?」
周は戸惑いながらも、静かに頷いた。
ラナは、古びたランプの芯を切って、ひとつの葉の上に置いた。
「火の理の基本は“灯”。まずはこれだ。唱えるだけでいい」
ラナが示したとおり、周は手をかざし、少し息を整えて、教えられたままに声を出した。
「大いなる火よ照らしたまえ──イグニア」
ランプの芯が、一瞬だけ橙色に光り、光が浮かんだ瞬間、空気がわずかに揺れたように感じた。
それは焚き火のように暴れもせず、静かに、暖かく、そこにいた。
周の瞳がわずかに揺れた。
「これが……」
「灯火さ。人と人との夜の間に、最初に灯るもの。言葉が分からずとも、火を囲めば分かり合える、そういうもんだよ」
周は、静かに手を下ろしながらつぶやいた。
「“魔法“か。何か想像してたような派手なものじゃなかった。でも何にしても…最初に必要なのはこんな小さな光なのかな」
周は、初めての魔法を自分が使ったという感動からついつい心の声が漏れて出た。
「確かにね。ただこれは“魔法”と呼べるほどのものでもないけどねえ。しかし、お前さんの言うように、こういった小さな理から、人と人、人と世界は繫がるのかもしれないねえ」
アイテルの声がふと、控えめに割って入る。
「マスター、観測ログ:登録。エネルギー変換らしき挙動を確認。ただし、構造不明、再現不可」
「……つまり、解析不能って解析か?」
「はい。“偶発的着火”。制御不能な発火現象として分類します。」
「そっか。じゃあ、真似してもう一回やれって言われても無理か」
「はい。ですが、記録しました。今後の解析対象とします──」
周は、ふと笑った。
「……なるほど。魔法も、今は理解できないだけで、いつか“アルゴリズム”にできるってことなのかもな」
「お前さんと、そのアーティファクトの言っていることはよく分からんな。さっきのは偶然などではない。あるべき理じゃよ」
「それはすまない。こちらの問題だからあまり気にしないでくれ。ちなみに魔法には、文字列で表すものや、図形によって表すものはあるのか?」
「ほう、魔法に興味があるようじゃな。…あるぞ、魔法式を記憶させたスクロールや、魔法陣なんかがそれにあたるだろうね。ほれ、そこの本に基本的なことが」
グルルルゥーと、その瞬間、周の腹が大きな音をたてて鳴る。当然ではあった、周はこちらに来てから水以外殆ど何も口にしていないのだから。
「マスター、バイタルサインの低下を確認しています。栄養の補給と休息を推奨します。食料の確保と、寝る場所の確保を優先しましょう」
色んな事があったせいで、根本的な部分に目が行っていなかったようだ。アイテルの声は心配しているように聞こえた。
「お前さん」
ラナ婆さんは周の方をじっと見つめながら訪ねる。
「どうしたんだ?」
「行くところもないんだろう?数日はここに置いてやる。他の村人に押し付けるわけにもいかんし、幸いにもここは私とミリィだけじゃ。今日は面白いアーティファクトを見せてもらったからの。残り物でよければ食わせてやる」
口が悪いようでも、ラナ婆さんの言葉には確かなやさしさが宿っていた。
“ああ、ミリィ。確かに君のお婆さんは悪い人じゃない”
「ありがとうございます」
「ふふふ、胡散臭い口調に戻っとるじゃないか。明日からは、自分が食べる分くらいは働いて見せるんだよ」
「はい。精一杯やります」
周は、頭を下げる。その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。




