4-1:老婆と子供 - アイテルさんは役に立つ
class AiTell : public Artifact {}
「……ほら、あそこ。あの家」
ミリィが指さした先には、苔むした石垣と、少し傾いた屋根の家があった。
静かだが、少し他の民家とは違う気配がある。
「うちのばあちゃん、ちょっとだけ──すごいんだよ」
木造の小道を抜け、軋む扉の前でミリィが立ち止まった。
「ここが、うち。ばあちゃん、皺くちゃだけど……悪い人じゃないよ」
言葉の前後につながりが可笑しくて、周は少し気持ちが和んだ。
ミリィは扉を開けて中へ入っていく。
中は薄暗く、乾いた薬草の香りが立ち込めていた。棚にはびっしりと小瓶や束ねられた葉、謎の木片、そして色の褪せた本が並んでいる。
「ばあちゃん。森を出た直ぐ近くで、旅の人を見つけたの。村長がここに連れてこいって」
奥からかすれた声が返る。
「森?変なのが来おったか……まったく」
その声と同時に、奥から現れた老婆。背筋こそ曲がっているが、鋭く澄んだ眼光には、老いでは削れぬ芯の強さがあった。顔の皺の深さは、まるでそのまま“経験”の年輪のようでもある。
”確かに皺くちゃだ”
先ほどの会話を思い出して少し笑みが漏れる。
ラナ婆さんは、周を頭からつま先まで一瞥した。
「ふん。妙な恰好じゃな。それに見たこともない眼鏡をしとるな。本当にただの旅人か?」
周は、頭を下げた。
「突然押しかけて申し訳ありません。森で魔物に襲われて……命からがら逃げてきたんです。村長にお慈悲をいただきまして。ほんの少しの間ですが、村への滞在をお許しいただいたところです……」
「ほう、あの偏屈な爺さんが、あんたを追い出さなかったとな。よほどのことじゃ。機転は利くようじゃの……で、私に何の用じゃ?」
周は言葉を選ぶ。
「……自分はよく分からないんです。村長は、あなたなら見極められると」
「ふん。あの爺め。何かあると、すぐに判断を他人に任せよる。だいたい眼鏡なんぞこの辺りでは目にする機会すらないわい。ただの商人でないことなんぞ私にはすぐに分かる。面倒な探り合いは苦手でな。この村に何の用じゃ?」
その言葉には、口の悪さだけではなく、確かな怒気が含まれていた。
「すいません。この眼鏡は、旅の中で偶然手に入れたもので。本当に困っていて、この村に何か害意があるわけじゃないんです」
焦りながらも必死に釈明する。
「私を田舎の薬師と思って、油断したのかは知らんが、そんな物をこれ見よがしにつけおって。村の他のものは知らんが、私はそんな高価なものをつけておるのがただの旅商人なわけがないことくらい分かるんじゃ」
”盲点だった。村の佇まいを見た時点で気づくべきだった。ここは現代みたいな文明の世界じゃない。アイテルに注意されていただろうが、間抜けめ”
周は、この状況に焦りを感じ、内心で自分の不甲斐なさを責めた。
「おばあちゃん。この人は悪い人じゃないよ。噛んだりしないって、この人が持ってる石のお姉ちゃんも言ってたもの」
最大のピンチに無邪気さがほんの少しの光を与えてくれる。
「ミリィ、しかしな。…いや、まぁいい。それよりお姉ちゃんとはなんじゃ?お前の他に誰かおるのか?」
「いや、俺だけなんだが。実は………これなんだ。魔法の道具で、どうやら古い遺跡で発見されたものだとか。しゃべるっていう触れ込みで手に入れて、役に立たなそうだから他のものと一緒に売りに出そうとしてたが、話がこじれて……身ぐるみ剥がされて森に放り出されたんだ」
”まぁ、ほんの少しは真実だからいいだろう”
周は、ポケットからスマホを取り出して机に置く。
「ほう、これは見たこともない」
ラナ婆さんは、興味深そうにそれを見つめる。
「なぁ、アイテル。喋れるか?おい」
少しの間沈黙が続く。
「はい、マスター。役に立たないAIのアイテルです。ご用件はございませんね」
「AIが拗ねるなよ!役立つよ。超役に立つからね。駄目なのは俺だよね!」
先ほどから続いていた、緊張感が少しほぐれて周はほっとしていた。
「あははは、ね?悪い人たちじゃないよ」
そういってミリィは俺たちを指さす。
「ふむ、まあただの悪人とも思えんな。しかし、喋るアーティファクトとは……古代の魔法具、ただ…あれはもっと無機質なものばかりだったが。これは……まるで“生きてる”ような声じゃのう。ホムンクルスとは違う?意思持つ金属とは聞いたこともない」
ラナ婆さんは驚きを隠さずに言う。
”あった!!アーティファクトあったよ。アイテルさん。”
「そう、私はとっても不思議で、とっても役に立つアーティファクトです。よろしくお願いいたしますね。ラナ老」
……もしアイテルに体があるのならば。
お辞儀でもして、丁寧に挨拶しているのだろうと──周は想像していた。




