3:第一村人発見
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丘から見えた村を目指し、周は慎重に歩を進めた。
いつの間にかひっかいたのだろう、小傷だらけの腕、汗に濡れたシャツ。重い足を引きずりながら、ようやく、森の緑が終わりを告げる。
小さな畑の広がる道沿いに、素朴な木造の家が数軒並ぶ──。
「……人の生活、だな」
胸の奥に込み上げるのは、安堵か、不安か。
スマホ越しにそっと声が響いた。
「警告:人間との初接触において、異文化衝突の可能性が存在します。慎重な行動を推奨します」
「わかってる。でも、ここまで来て引き返えせるか?」
周は、スマホをポケットにしまった。
そのとき、小さな足音が迫った。
「だれ?」
振り返ると、赤毛の少女が立っていた。小さなかごを抱えて、警戒した目でこちらを見ている。
年のころは十歳前後か。
「……どこのひと?」
周は最初は言葉を理解出来なかった──が、すぐに頭の中に、音と意味がリンクしていく感覚が走る。
”ああ、言葉の問題はとりあえずなんとかなるのか。”
周は心の中でつぶやく。
「俺は……旅の者だ。森で迷って、化け物に襲われて……なんとか逃げてきたんだ。助けてもらえるか?」
少女は眉をひそめながらも、ほんの少しだけ歩み寄ってくる。
「襲われたの?魔物に?変な道具、もってるね。それ……しゃべるの?」
ポケットの中で、スマホが反応する。
「こんにちは。私はアーティファクト《AiTell》。この方の補助装置です。害意はありません」
少女は驚いて後ずさったが、周は慌てて両手を挙げた。
「大丈夫。これは……特別な道具だ。話すけど、いいやつだよ。少なくともさっきの犬みたいに嚙んだりは…しないよな?」
「私は噛みませんよ。ただ、今の発言には少し噛みついておきたいですね。それに、先ほどのあれに噛まれていたら──あなたは今ここにいません」
「そりゃそうか」
少女はしばらく周たちのやり取りを見つめ──やがて吹き出すように笑い、ぽつりとつぶやいた。
「ふふふっ……おかしなひと。でも、悪い人じゃなさそう」
そして、少女は村の奥を指差す。
「おとなのところ、つれてってあげる」
その言葉に、周は心の底から、ほっとした。
「ありがとう……名前、聞いてもいいか?」
「ミリィ。村の薬屋のこどもだよ」
「ミリィ、助かったよ。俺は……結城 周。よろしくな」
先導するようにミリィは歩き出す。
「アーティファクトあるのか?この世界」
周はボソッと呟く。
「さぁ、どうでしょうね。今のところは分かりませんね」
アイテルはそう返答する。愛すべきいい加減さだ。
「因みにその機転で、俺が一文無しで、森をさ迷ってた理由は作り上げられるかい?」
「さぁ、どうでしょうね」
周は、このやり取りに思わず笑った。
それは、おそらく異世界に来て初めての、本当に自然な笑いだった。
ミリィに案内された建物は、石造りの簡素な集会所だった。中では、灰色の髭を蓄えた初老の男が椅子に腰かけ、周を値踏みするように見ていた。
「旅商人……変な話だが、魔物から逃げ延びたというのか?」
周は頷き、森での出来事を語った。
「……そいつは《カロス》だろうな。見た目は狼のようで、3つ目があるやつだろ?」
周は頷く。
「下草が燃えたくらいで逃げたから、意外と臆病なのかと思って……」
「違うな。あれは火の属性を嫌う魔物だ。すべての魔物が火を怖がるわけじゃない。……おまえ、運がよかったな」
「属性……? 火の属性を嫌う?」
「四大属性だよ。火、水、風、土。この世界の古い理だ。魔法に通じてる奴がうちには少ないが……薬屋のラナ婆さんならわしよりは詳しいがな」
四大なんてものがあるのかと周は思った。気にはなったが、それよりも重要なことがあるので彼は、村長の話の終わりを遮るような勢いで口を開いた。
「申し訳ありません。失礼は承知ですし、急にやってきた私を不審がるのも十分理解できます。ただ私はこの通り、魔物に襲われて、命からがら逃げてきて一文無しです」
周は深く頭を下げる。
「このまま村を出れば確実に死んでしまいます。家畜小屋でも、なんだったら外でもいいのです、少しの間だけでいいので村においてはくれないでしょうか?当然、借りは返します。まだ動ける年ですし、こう見えても旅商人です。外で仕入れた知識で役にも立てると思います」
あらかじめ考えておいた、というか考えてもらった。筋書で村長に懇願する。
“知識はもちろんアイテル様頼りだ。頼むアイテルさん、現代知識で少しは無双してくれよ”
老人はしばらく無言のまま周を見つめていた。
厳しい目つきではあったが、敵意というより、判断を下すための観察に近い。
「旅商人、ね……口はうまいな。口のうまい商人は信用できんが」
そう言って、椅子の背にもたれながら顎を撫でる。
「確かに、今のあんたを村の外に放り出すのは……あまりにも無慈悲かもしれん。魔物を退けたのは、ただの幸運だったにせよ、運もまた生き延びる力のうちだ……生き延びた者には、次の機会が与えられる。そういうもんだ」
老人はふっと鼻で笑い、椅子の背にもたれた。
「必死に生きようと縋る者を見捨てる、そんな非道は、イグナス様も許してはくれまいて」
「三日だ。三日のあいだ、村で働いてみせろ。誰かの役に立てば、もう少し考えよう。……それでいいか?」
周は深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。本当に、感謝します」
「ただし、ラナ婆さんのとこにまず行け。あの人ならあんたが何者か、もう少ししっかりと見極めてくれるじゃろう」
「わしはあんたをまだ信用しきれんが──実を言うと、わし自身の判断もそう信用ならんのじゃ。だからな、婆さんに見極めてもらってくれ」
「分かりました」
村長は笑って立ち上がり、窓の外に向かって誰かを呼ぶと、さっきの少女──ミリィが再び姿を現した。
「ミリィ。客人をお前の家まで案内してくれ」
「うん」
”そうか、この子。いやミリィだったか。ミリィは薬屋の子って確か言ってたな”
周は、村に着いた時を思い出していた。
ミリィは、無言で周の手を引いた。
その小さな手からは、確かな人の体温が伝わってくる。
「なあ、ミリィ。お前のばあちゃんって、どんな人なんだ?」
「こわくないよ。でもちょっと口が悪いの。あのね、昔は旅してたんだって。……おくすりと、まほうの人だったの」
「……魔法か。そんなの、本当にあるんだな」
周の言葉に、ポケットの中のアイテルがぽそりとつぶやいた。
「今のところは観測されていませんが、新たなる知の収集に期待はしていますよ、マスター」
周は思わず苦笑した。
「茶化すなよ。そろそろ俺もへそを曲げるかもしれないぞ」
「マスターが茶化されるに値する行動を取らなければ、私は静かです」
「俺は沈黙に期待しとくよ」




