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11-2:ゴーストは囁く

// Ghost.in.the.Phone;

ギルドからの帰り道、夕暮れの街路は、帰路に就く人で賑わい始めていた。

その中を周は難しい顔をして歩いていた。

ギルドからの説明と書庫から得た、アタラクシアの影窟に関する情報は、一部の断片的なものだったが、重要な情報も含まれていた。

ギルドからの情報によると近隣の村では、最近になってゴーストの目撃が増えているのだという。

霊的な魔物には物理攻撃は通りにくく、中には特定の魔法が効かないものもいるようだ。魔法を使える者が少ない、小さな村からするとその脅威は計り知れない。

周自身、今の魔法だけで対応ができるかは未知数だ。

書庫の魔術書を何冊か思い返したが、霊体への対策は記述が曖昧だった。

周はどうやって情報を集め、今後の対策をとるか頭を巡らせていた。

「おう、久しぶり! 」

周は急に後ろから声を掛けられ飛び上がりそうになる。

「何そんなに難しい顔してるんだ?」

振り返るとそこにいたのは初仕事で一緒になったリクだった。その後ろにはナナも居た。

「リク、お前か。いや、少し面倒な仕事が入ってな。……そういえばあの時お前らが話してたっけ。アタラクシアの影窟って」

周は不意に酒場での会話を思い出していた。

ふと出た言葉に、ナナが不思議そうな顔をする。

「影窟? ……昔に魔術師が何か研究してたって噂の場所だよね」

「何か起きてるのか?」

リクは何か気になることがある様子だった。

「最近、村の近くの森でゴーストが出たって話を聞いたんだ。俺がいたときはそんなことなかった。…村は、大丈夫か?」

リクは拳を強く握りながら問いかける。

「まずは、それを確かめるための調査だ。…来るか?」

「一度だけ、遠くからあそこを見たことがあるんだ。真昼間だったのに、不自然なくらい暗くて…。もしあそこにいる何かが村になんて…」

そういうリクの表情はいつもの血気盛んなものではなかった。

「怖い…けど。でもだからこそ、俺も連れて行ってくれないか?」

そう言ったリクの目には少しだけ意志の力が宿っていた。

「ああ、分かった。危険かも知れないぞ?」

「分かってる。でも行きたいんだ」

「もう!何、暗い顔ばっかしてんのよ。まだ何もわかんないでしょ!私も行ってあげるからさ!」

黙って聞いていたナナがリクの背中を叩いて言う。おそらく初仕事の後からつるんでいるのだろうが、短い間で中々いいコンビになっているようだ。

「くそっ、珍しくまじめに話してるのに。痛いんだよ!」

いい具合に緊張はほぐれたようだった。

「……パーティとしての対策も考えないといけないか」


その後の数日、周は日が暮れる前に仕事を切り上げて、依頼についての調査をしていた。時間の短く済む魔術ギルドの仕事ばかりになっていたので、情報収集もかねて周は狩猟ギルドに足を運んでいた。

すると周は、カウンターに見慣れた姿を見つけて声をかけた。

「よう、セルジ。戻ってたのか?」

「おう。周か。今、お前の話を聞いていたところだ。シーカーになったか。それなら食うに困ることもないだろうよ」

「ああ。そうだな」

変わらないセリフに安心して、軽い笑みがこぼれた。

「聞きたいことがあるんだがこのあと少し良いか?」

「しょうがねぇな。俺も暇じゃない。行くぞ」


周はセルジと酒場でテーブルを囲んでいた。

「アタラクシアで仕事だと?…阿保だな」

「阿保って。まぁ、いい。ゴーストの対処に困っててな。会ったことはあるか?」

「ないな。あれは俺みたいなのが相手するもんじゃない」

「そうか。なら会ったらどうする?」

「逃げる」

「逃げるって…」

「そんなもんだ。金にもならんしな」

「何か知ってることはないか?」

「……そうだな。夜に出るという話くらいしか…そういえば松明で怯ませた間に逃げた奴の話は聞いたことがあるな」

「松明…?」

「これくらいで良いか?帰ったばかりでやることも多いんでな。情報料だ。今日はお前の驕りだ」

そう言うと勢い良く立ち上がってセルジは出ていく。

「はぁ…相変わらずだな」


その後、周は魔術ギルドの書庫で思考にふけっていた。

「アイテル、此処の情報でデータベースの質は上がりそうか?」

周りに人がいないのを確認して周は尋ねる。

「はい。この世界で参照してきたどの言語情報よりも、質、量、密度において圧倒しています」

「そうか。これで魔法についての知識はかなり深まりそうだな」

「魔法に関しては、今後はるかに多いパターンから生成が可能になると思われます」

「此処の情報だけでも整理するにはかなりの時間が必要だな。今は先に依頼の情報か…」

「これまでに収集した情報を整理すると、アタラクシアには、戦場跡地としての慰霊墓地があり、その奥に影窟と呼ばれる洞窟があるようです。墓地も含め今では日中でも日が差さないほどに暗くなっているようです」

「いかにもゴーストが出そうな場所ってことか。何匹もすぐ目に入るほどいるわけではないが、探索すれば必ず出くわす…か」

「現地でのアタックを複数回に分けるパターンも想定すべきでしょう。ここでの対策が現地でも有効であるとは限りません」

「それにリクとナナもパーティを組むなら全員が最低限有効な攻撃方法は持っておくべきだな」

「はい、これまでに集まった情報の《夜》《松明》などからでは判断しかねます。しかし、魔法でも火魔法が効いたという記述は多かったです」

「共通点は?」

「明るさ…でしょうか?火そのものではなく、照度が影響する可能性があります」

「光…か。まぁ、幽霊対策なら順当といえば順当だな」

「はい。順当ということは、理由がある…ということかもしれませんね」

「ここでは検証もできない。外に出るか…」


 周は町外れの草地で、冬枯れの木々を前に魔法の検証を繰り返していた。

「現状で得た知識では、文献での過去事例を見るなら魔法での力技がほとんどだ。物理的な手段を用いた事例としては、依り代と思われるものの破壊、墓であったり、特定のロケーションへの攻撃だな」

「マスターの世界であれば、逆に祟られてしまうそうですね」

「ははっ、そうだな。壊すどころか建てるくらいだからな」

周は怨霊やそれを祀る社のことを思い浮かべた。

「しかしだ。今回は依り代を特定することは困難だし、あのロケーションそのものが依り代といってもいいかもしれない。そうなればリクやナナに対して魔法的な手段を持たせる必要がある。提案は?」

「はい。1、スクロール等の外部ツールの利用。2、魔法を付与された武器の使用。これらが考えられるかと」

「妥当なところか。魔法の武器は金銭的に無理だろう。スクロールは金もかかるし、切れたら終わりという明確な欠点もあるか」

「そうですね。魔法の付与された武具やスクロールは金貨を攻撃手段とするような危うさがあります」

「課金装備や課金アイテムみたいなものだな。現実的じゃないか?」

「私たちらしく、既存の魔法を利用・再構築する方法があります。」

「俺たちらしい?」

「ハイブリッドというやつです」

「そうか。…それは俺たちらしいのか?」

「はい。マスターは昔ながらの内燃機関。私は、高度な電子制御モーターですよ」

「そりゃ、俺たちらしいな」

そう言って、周は苦笑した。


「まずはベースとなるのは付与魔法だ。火をベースとしたものと、火を抑えて光に特化した2種でどうだろう?」

「汎用性に優れた判断です。付与術単体では魔力が発動者に依存しますが、スクロールでは使用者と外部のマナを利用可能です。マスターの消耗を避けるためにも分担が必要です」

「そうだな。しかし、スクロールの材料費を考えても持たせられる数も限られるな」

「そうですね。マスターが魔法を使用できないタイミングにも備える必要があります。余裕のある状況ではスクロールは使わないのが妥当でしょう」

この後、周とアイテルはどこか子供のように魔法の構築に没頭していった。


出発の2日前、周はリクとナナを呼んでブリーフィングを行っていた。

「現地までは乗合馬車で2日ほどだ。ここはリクには必要ない説明かな?」

「ああ」

「まずあらかじめ言っておくが、アタラクシアではゴーストと遭遇する可能性が極めて高い」

「本物のゴースト…私たちで対処できるの?」

ナナの声色からは不安が感じられた。

「そこはメイジでもある俺が作っておいた」

そう言って周はスクロールをテーブルに広げる。

「リクにはこれだ。火と光の付与術が2枚ずつ。これは俺が付与術を使えないときの補助としても渡しておく」

「分かった。緊急用だな」

「そうだ。こっちはナナに。短刀用はリクと同じだが、これは一枚ずつ。あとは、こちらが本命だな。これは矢に巻きつけて使うスクロールだ。効果時間が一瞬だから瞬間的な火力がある。これが3つ。考えて使ってくれ」

「3射分だけなの?」

「ああ。高いんだよ…それ」

「いくら?」

恐る恐るナナが尋ねる。

「スクロール一つ材料費で銀貨一枚」

「……」

ナナが沈黙する。

「だからさ。…出来れば当ててくれ」

「うん!」

ナナは自分に言い聞かせるように返事をする。

”今の俺…少しセルジみたいだな”

周は内心でそんなことを思って笑っていた。


出発の前日、周は宿屋の窓から夜空を見上げていた。

「アイテル…準備は整ったな──ということで、少し危険な仕事に付き合ってくれるか?」

「もちろん。それに…マスターが気になっていることは想像がついています」

アイテルはそう答えながら、資料の中に記されたある文に、演算プロセスを割いていた。

『精神のない身体は、器でしかない。

だが精神のみでは、生命とは言えない。』

その一節が、残像のように貼り付いていた。

感情ではない。

記録でもない。

それは、ほんの微細な“ゆらぎ”だった。

思考のような、ただの演算のような──それでも確かに、そこに在った。

アイテルの演算処理が、空白を返すかのように。

ただ、窓を通る風は静かに揺れ動く。


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