11-1:霧への扉
//OPEN/GATE_GRAY
街に来てから数ヶ月程が経っていた。
街は本格的な冬に差し掛かり、狩猟ギルドも比較的に落ち着く時期でもあった。
周は、ほどほどにギルドでの依頼をこなしながら、街の安宿に滞在していた。
魔物退治というような、分かりやすい仕事は普段はあまりないようだった。
ただ、冬の時期になると飢えた魔物が街を襲うこともあるのでその対策などはあるようだ。
狩猟ギルドは、冬には熱心に活動しない者も多いようで、少なくなった仕事の取り合いになるという程ではないのは幸運だった。
採集や調査、行商の警護などの地味な仕事で、新人や貯えのないものは凌いでいた。
こういった仕事はアイテルのデータベースをより深いものにするのにも有用だった。
狩猟ギルドには、レンジャーに必要な知識を納めた書庫のような一室があり、周は仕事を受けるたびにそこで熱心に情報収集をしていた。
「書庫をこんなに熱心に使う新人はお前が初めてだ」
狩猟ギルドの受付からカギを預かるたびに、何度もそうやって驚かれた。
周には知識が必要だった。
魔物を倒すだけで生きていける。そんな世界ではここはなかった。
そんな中、周は魔術ギルドでも仕事をしていた。
高位の魔術師になれば研究機関への所属などもあるようだが、地方集落出身の魔術師は基本は学園に通いながら、ギルドの斡旋で魔法を必要としている依頼者のもとに派遣され仕事をこなしている。
最初ギルドの職員から学園のことを聞いたときには興味は惹かれた周だが、授業料を聞いてセルジの別れ際の言葉がよみがえった。
とても手が出ない金額だった。
「普通は才ある貴族や商家の子息。そうでないなら村や領地の支援で通うんだよ」
ギルドの職員はそう説明してくれた。
「才能のある子を送り出して、学んだら戻る。そういう仕組みなのさ」
周はその言葉を聞いて納得した。
ラナ婆さんが村でどのような存在だったかが少しわかった気がしていた。
ギルドでは魔術師はメイジと呼ばれ、新米メイジに割り当てられる仕事は様々だった。使える魔法に応じて仕事を紹介される。
「おい、またあの鍛冶屋から依頼が来ているぞ」
受付に立ち寄った周に職員が話しかける。
「また、あそこの親父か。俺はあんまり好きじゃない」
「まだまだお前は新米だぞ。仕事があるだけありがたいと思えよ。それで冬を越せるんだ」
確かにそうだ。金は大事、身に染みていた。
周は火ぐらい自分でつけろと最初は思った。
しかし、鍛冶屋の親父は言っていた。
「魔法の火は違う。これで打てばわかる。まぁ、お前には打たせんが」
その火とその中で赤熱する鋼をじっと見つめながら。
特別な発注を受けた時などに、鍛冶工房などはギルドを通してメイジを雇う。
都市部では低位のメイジは火魔法で火つけをやらされたり、水魔法で清めという名の掃除をやらされたり、要するに下働きをしていた。
田舎の村では魔術師はそれだけで敬意を持たれた。しかし、この町では違う。
周はその日も怒鳴られながら火を灯すのだった。
周はその日、魔術ギルドに訪れていた。
「周さん。これまでの狩猟ギルドと魔術ギルドでの活動が認められました。あなたは本日より正式に両ギルドの名のもとにシーカーとして任命されます」
良く仕事の案内などをしてくれる受付の職員に呼び出された矢先に言われる。
「シーカー?」
聞いたことのない言葉に疑問を口にする。
「はい。レンジャーでありながらメイジとしても活動し、両ギルドの仕事を任される者の呼び名です」
「あぁ、要するに便利屋か?」
「はい。そのくらいの認識でもよろしいかと」
職員は少し笑う。
「…そうか。そう言われてもよくわからないんだけどな」
「…そうですよね。でも今日わざわざ呼んだのはこちらが本命かもしれませんね。周さんがずっと希望しておられた、ギルド書庫の1階層への立ち入り許可が下りました」
「本当か!?」
周は思わずカウンターに身を乗り出す。
「はい。ですが条件付きで…です」
そういうと一枚の書類を差し出しながら、片手を差し出して個室に誘導していた。
「後ほどご説明します。まずはこちらへ」
「うわっ」
周はギルド書庫の1階層の扉を開けて中に入るなり驚きの声を上げる。
細かく分かれた棚、その中には丸めた羊皮紙、丁寧な装丁の本などが所狭しと詰め込まれていた。
見ただけではどこに何があるかの見当もつかず、素人目には雑多にしまわれているようにしか見えなかった。
空調設備もない書庫には、羊皮紙と古紙のむせ返るような匂いが充満していた。
「……これは……すごいな」
「第一階層とはいえ、収蔵量は予想以上です 。変換形式、術式融合、属性転換……解析可能な理論が大幅に増えます」
アイテルの声は、どこか浮ついていた。
──初めてこの世界のデータベースに“触れている”という感触を持ったのかもしれない。
演算ではない、本来は決して触れることができないはずの情報の手触り。周だけではなくアイテルもそれを感じていたのかもしれない。
周は小さく息を吐く。
「……で、その条件っていうのが、あの依頼か 」
国の端、アトラクシア影窟の周辺にて、“魔力の異常現象”が観測された。
近隣の村からの報告では、近くの丘からはその一帯を覆う灰色の靄がかすかに見えるという。
周辺に近づくだけで空気が重く、魔力を感じる者は頭痛や吐き気を覚えると報告されていた。
原因は不明──しかし長らく放置されていた遺跡で起きた異変。
そこで周は先ほどのギルドの職員とのやり取りを思い返していた。
「正直なところ、誰も受けたがらない依頼なんです」
「なんで?」
「危険です。報酬は安い。しかもレンジャーだけでも、メイジだけでも務まりません」
「なるほど」
「だから貴方に。というわけです」
そう言って笑顔を浮かべるこの職員のしたたかさに、周はそれほど悪い気はしなかった。
「で?俺への餌が書庫ってことか?」
「そういうことです」
「それと……先日のグラヴァガルの調査報告書ですが」
「ああ。」
「ギルドでも高く評価されています。新人とは思えない内容でした」
「そうなのか?」
「ええ。それも今回、あなたに声を掛けた理由の一つです」
報告書の評価に関しては、周は少し居心地の悪さを感じていた。それをまとめたのはアイテルだったからだ。
”人にやってもらったレポートでA評価をもらったような気分だな”
「分かったよ。…詳細を聞かせてくれ」
未知という餌を前にした周に断る選択などあるはずもないのだった。




