第73話 領地開拓編 「交渉1」
──おい。まさかお前が?
──「事実を基にした噂」を流した程度でここまで上手く行くとはね。
──やり過ぎじゃないの?
──後悔先に立たず、と言うでしょ?
「「?」」
何の後悔だかは知らないが、どうやらこの状況はパイモンが仕組んだらしい。
コンラッド王は「現在この国には北側の周辺の一国程度の兵数しか残っておらず、結託して攻め込まれたらひとたまりもない」と言っているそうだ。
実のところ国内に残存する兵だが、依頼を受けた俺が事前におおよその数を確認し皆に報告をした。それを検討した結果、組織だった抵抗はない、あっても数十人単位の局地戦しか起きないだろうとの結論に達していた。
但し時が経てば状況も変わる。だから相手がその気でいる間に交渉を済ませておきたい。
なので準備や移動に時間を要する国軍ではなく、迅速に移動できさらに柔軟な対応のできる騎士団を護衛として選び、翌日にはシーラの集団転移魔法で関所に飛び、そこからは数日掛けて行軍して来た。
兵は国防の要であり重要な抑止力になる。その兵が誰にでもわかるくらいに減っていたら、領土拡大の野心を持った者の目には「今の状態は絶好の好機」と映るのはごく自然の流れであろう。
そこには異論はない。弱体化している今なら楽して手に入るとと誰でも思う。
だが実際には勝敗が決した後に攻め込むのにはそれなりの覚悟がいる。特に今回のようなケースでは得るモノよりも失うモノの方が遥かに多い。
失うモノの中で一番大きいのは勝者であるアラナート王国との繋がり。血を流して手に入れたモノを横から奪われたら確実に敵に認定されるだろうし、商人ギルドに圧力を掛けて穀物の輸出を止めさせたり価格を釣り上げさせる口実を与えることになる。
それでなくても数倍の敵を一晩掛からず撃退する程の実力を持った国だと知ったら敵に回そうとは思わない筈。
なので個人的には攻めてくる可能性は限りなく低いとは思うが、どう考えるかはその国の為政者次第。怯えるコンラッド王の気持ちも理解できる。
そういう俺も本来なら「自業自得だろ」と言いたくもなるが、ここに居る者達はある意味で被害者。厄介者が「やっと」いなくなり真っ当な者が揃ったのだから、これからはアラナート王国の為にも生き残って平和な国を目指してもらいたい。
ん、噂? ……そうかパイモンが不安を煽ったのか。
──で、実際どうなんだ?
──周辺国? さあ?
──さあって。パイモンなら調べてあるんだろ?
──一応、使い魔を使ってね。
やはり。
──で、結果は?。
──あまり芳しく無いわね。
──どのように?。
──使い勝手が良くないっていうか、アイツらは隠密行動には向かないのよね。半自律で融通効かないから直ぐバレるし。
……もしかして良く無いってのは使い魔の方?。
──そう。だから大した情報もないからアタシには「さあ?」としか言いようがないのよね。
おっと、話が逸れだした。
──でもまあ事情が事情ですし。
──国内の治安維持だけでなく食物の生産にも支障が生じかねん。隣国が荒れたら私達にも影響が及ぶし、やはり捕虜の返還が最優先だな。
──だな。
流石はエステリーナ。
一応コンラッド国は自国民と周辺国を食わせられる規模の農業国家。その農業を支えてきた兵が戻らなければ農地は荒れ生産量が減る。さらに土木事業も滞り程なく街道も荒れる。
今現在、アラナート国生産の穀物は「北方への輸出」の九割強は陸路で、残りは湖を船を使った輸送と聞いている。
船便の方が大量輸送に向いていそうだが運べるのはコンラッド国北部まで。その先は東に逸れる川となり海に繋がっているがこの川は所々に難所が存在しているため、リスクを嫌った商人ギルドは川には近付かない。なので同国内で荷揚げをすることになる。
結局、商人ギルドは船便にメリットを見いだせなかった。
船は大きさに比例して運べる荷の量が増える……だけでなくコストも増加する。しかも使い道が限定される。
年二回の大収穫期さえ凌げれば陸路での定期輸送の方が確実だし安く済む。
そんな理由で陸路が使われているが、アラナート王国からしてみれば輸出にしても輸入にしても、必ずこの国を通ることになる。
そんな重要な陸路となる街道の管轄は国や地方領主であり、実際に整備や警備を行っているのはこの国の兵士達。
我が国にとって、この久野の街道はある意味で生命線と言える。
いや正確には自給自足が可能なので途切れたとしても我々は然程困らないが、我が国の生産物を必要としている国の民草を飢えさせる訳にはいかない。それは供給国が果たすべき義務だとエステリーナが言っていた。
まあ仮に周辺国が攻めてきたその時は、俺もエステリーナもそしてシーラも適当な理由を付けて力を貸すことになるだろう。
話は逸れるがコンラッド国の北は徐々に丘陵地帯となる。そのため湖の水の出口となる川は東側に大きく逸れ、パルミラル王国とベルカノン公国の間を通って海に繋がる。
海への途中にはいくつかの「難所」があるため大型船は使えない。中・小型船なら「操舵技術」があれば下れるが問題は復路である遡上。中型船でも風系魔法が使える者が一隻につき(延べ人数で)五人いなければ湖には辿り着けれない。そのような面倒な条件により商人ギルドはこの道は使わない。
ではギルドでさえ手を出さない残り1割弱の船便を誰が担当しているのか?
それは【ベルカノン公国】自ら運航している。
公国はアラナート王国とは軍事協定は結んでいないがお互い友好国を公言しており、公王家とアラナート王族は良好な関係が築けているし、特にエステリーナは幼少期には公王から剣の指南を受けていた。そのような関係からエステリーナが王となった際に、他国から輸入していた食料品の全てをアラナート王国産に切り替えることに決めた。
アラナート王国も他国に下ろすよりも「格安」で売る協定を正式に結んだのだが、その時に問題となったのは運搬方法。
陸路を使えば遠回りとなり経費が嵩む。さらに他国を通過する際に通行税を課されるし妨害を受ける可能性もないとは言えない。山岳地帯ゆえ、穀物の輸入が途切れれば国は亡びる。
残りはパルミラル王国を通るか川を下るかのどちらか。
エルフの国と表立って関わればパルミラル王国だけでなくアラナート王国にも迷惑が掛かる。
ならばとベルカノン国の公王は他人任せにせず自前で運ぶことに決め「輸送専門部隊」を創設した。
専任であれば操舵の練度も上がる。往路に必要な風系魔法使いは都度騎士団から派遣すれば訓練にもなる。これなら余計な費用も掛からないし、なにより食糧の供給という命綱を他国に握られずに済む。
なので船便は実質ベルカノン公国のみである。
──仕方ない。ここはエルに決めて貰おう。
一応、国王から「全権」を与えられているがそれは表向き。
話が通じるのだから国王に決めて貰おう。
──いいですよ、お姉様。
聞いてたのか? って相変わらずの即答。少しは考える素振りをしたら?
──本当に良いのか?
──ここまでは想定範囲内なので。……ただ……たぶん。
──どうした?
──ならこうしましょう! …………。
──…………分かった、その意向で。
ペンを取ると紙に何やらスラスラと書いていく。
「ではノイエン王、こうしよう」
とエステリーナが綺麗な字で書いた紙を渡す。
1、国境となる川からコンラッド王国側20kmまでをアラナート王国に割譲。
2、割譲後、コンラッド王国は解体、アラナート王国に編入とする。以後アラナート王国の法や制度に従う。その旨を速やかに全国民に通達すること。
3、編入に伴い賠償金は無し。代わりに自国の戦死者・負傷者の保証に充てる。
4、旧コンラッド国王、並びに全ての貴族は二段降爵とする。ノイエン公は伯爵とし、最下位は男爵とする(公爵→伯爵→子爵、伯爵→子爵→男爵、男爵→男爵)
5、旧コンラッド城は解体。更地にした上で敷地の半分をアラナート国へ差し出す。
また先の戦争に積極的に加担した貴族は領地と資産の全てを国が没収、以後はアラナート国王の直轄地とし、没収した領地は新領主が決まるまではコンラッド伯がアラナート王の指示の下、代理で管理を行う。また取り潰した貴族家の血族及び家臣は罪を問わない代わりに全員平民に落とす。
それ以外の貴族は爵位・領地を安堵する代わりにコンラッド伯爵が行う改革の援助を行う。
6、旧コンラッド軍は解体後、旧コンラッド領土守備隊として再編。アラナート国軍の指揮下にて要所に配置とする。また国軍入隊希望者は採用試験に合格すれば編入を認める。騎士団入団希望者も同様。
ノイエン伯は騎士団及び国軍の駐屯地をノイエン伯領内に用意し国に無償で引き渡す。その後は国管轄とし騎士団及び国軍の常駐に同意する。
7、コンラッド伯はアラナート国王の指示に従い旧コンラッド王国領の健全な発展と治安維持にあたる。
8、今後はアラナート王国の法に基づき多種族への差別は禁止としとする。各領主は多種族の者を見かけたら、必要に応じて保護をしアラナート国王に引き渡すものとする。
9、 和平の証として故コンラッド王の子であるナタリー姫をアラナート王に引き渡す。
10,上記の約束が守られている間は旧コンラッド領から編入した地をアラナート王国の領土とし庇護下に置く。
「大まかな所はそんなところだ」
「…………」
その「要求」が書かれた紙を真剣に読んでいる。
細かいところ、例えば関所はどうするのか、民の移住に制限を設けるのかとか、それらは大筋が決まった後に詰めていくものだが、大筋の流れが決まってから方針を変えるのは容易ではない。
その程度は知っているからこそ、一言ごとに含まれた意図を探りながら読んでいるのだろう。
つまり多少は時間が掛かる。その間に内緒話を再開。
──そうそう、先王にはもう一人、息子がいたらしい。
ナタリー姫の話をした際に「実は」と打ち明けられたそうだ。
──いたらしい?
──認知は? 継承権は?
──メイドとの間にできた庶子らしく継承権はない。
──あらあら。
──今は何処に?
──数年前、成人を迎えた瞬間に母親共々王族籍に入れ、その後に婿に出されたと。
──婿? 嫁を貰ったのではなく?
──先王が決めたらしい。
──因みに誰と?
──ある国の第十六皇女と結婚したそうだ。
皇女? ってことは……
──帝国か?
厄介だな。
(知っていたか?)
(勿論)
(お前はその件に関与していた?)
(苦労したわーふふふ)
なんだその含み笑いは?
(で、目的は?)
(時が来たら話すわ)
(分かった)
今は放置で良いらしい。
しかし第十六ってどんだけ子供がいるんだ?
──今は気にしてもしょうがない。幸い継承権もなし、ウチは被害者なんだし開き直ろう。
エルアノームの言う通り。まあパイモンが絡んでいるようだし悪いようにはなるまい。
──で、賠償金は諦めるの?
──端金貰っても……
──1億が端金?
──ウチにとっては。
──あら羨ましい。
最後のシーラの言葉は皮肉そのもの。だがそうではない気がした。
エルフ族は基本的に人族のような金銭や物欲が乏しい。
さらにアラナート王国と同じく必要な物の大半は国内で手に入るし、ウチ以外とは交易していない。しかもウチと取引きする際は「貸し借り」や「物々交換」で済ませているそうなので国内の通貨の総量も少ない。そしてそれを良しとし受け入れている。
では何が「羨ましい」のか?
人族全体の欲の深さを皮肉ったのではなく、エルフ族の欲の低さを憂いたように聞こえた。
──大貴族が溜め込んでいた資産は?
──金がないのなら必死で探すでしょ?
所謂「隠し財産」か?
──いいのか?
──見つけたら5に充ててもらいます。
今後は新領地の改革をノイエン卿主導で行うことになるが、如何せん元手となる金がない。
だが「無いので出来ない」で済ませたら「罰」にはならない。
なのでこれまで従えていた取り潰しとなる家から絞り出すしかない。
それを見越した要求だと思うが、考えたのはエルアノーム。『自分の国の立て直したいなら自分たちで努力しろ』とか思っていそう。いやまさにそうなんだけど。
などと思いながらロザンヌに状況を説明する。
聞き終えたロザンヌは僅かな間、思案してから同行していた騎士らに「全員漏れなく城門外への退避」の指示を出した。
*今の状態は絶好の好機・・アラナート軍が来てからでは遅い、というか逆効果。完全に決着がついてしまうと「言い訳」が効かなくなる。
*失うモノ・・周辺国からの信用もそうだが、戦勝国の権利を蔑ろにする行為はアラナート王国を敵に回すことになる
*戦争に積極的に加担した貴族・・優秀な配下によって選別済(というか全員戦死しているので一目瞭然)




