第66話 仕上げ
すいません、あと二話。
空から降ってくる魔獣のみを狙い撃ちしながらエステリーナの所へ走る。
途中、騎士団員らを囲う集団に近付いたので、いつでも刀を抜けるように柄に手を添えておく。
……ん? あの兵装は。
木々の合間から見えたシルエットは、先程まで俺とルーシアの邪魔をしていた敵国のそれであった。
……それで消えたのか!
ザームが使っていた洗脳系魔法によるものか、または遠征前に仕込んでいたかどうかは俺には知る術がないが、絶命に至る損傷を受けた場合、肉体と魂を捕縛。悪魔専用の空間にでも保管しておき、いざ必要になったら配下として使う。そんなところか。
ただ戦場で確保した躯は大概どこかが損傷しておりそのままでは使い難い、というか使えない。なので使うには補修が必然。
その解決策だが腕なら腕、足ならな足を移し替えると極々単純な方法をとっていた。
「リビングデッドか」
あったことはないが。
一応人の形を成しており、人と同じ動作をしている。だが容姿と得体の知れない気配、そしてチグハグな動きから既に人ではないのかもしれない。
とはいえ人としての気配は僅かに残っているので「まだ」人と呼べるだろう。
それを見て哀れに思うがこの姿になったら俺には元に戻せない。
なので「せめてひと思いにあの世へ」と思い刀を抜こうとしたところ、
……アイツらいつの間に。
対峙している団員らの動きが格段に、いや物凄く良くなっていた。
どのくらい良くなっているのかと言えば、四人が連携すれば各騎士団長と渡り合えそうなくらいに。
……まさかこの短時間で?
何処をどう切れば動きを止められるか。どう捌けば次の動きにつなげられるか。
相手の体格や獲物からくる不利を瞬時に判断し、常に仲間同士で位置の入れ替えを行いながら戦っている。
……エルフらの援護があるとはいえ。
エルフが行っている援護は主に二種類。
傷や疲労が溜まれば回復させ、剣や体に汚れが付着すれば除去するといった団員自身にかける魔法。
後は地形や気候をこちらに有利に働くように変えたり、捌ききれない攻撃や魔法を阻害したり、倒した骸を排除する魔法。
攻撃には直接参加しない代わりにこれらを完ぺきにこなしている。
ただその援護をもってしてもこれほどの上達速度は異常だ。
……まさか、パワーレベリング?
敵の配置にも違和感を覚える。
……何故、数に任せて攻勢に出ない?
『サポートにエルフ族を同行』
まさかサポートとはレベル上げのサポート?
……もしやエルアノームの提案なのか?
『団長・副団長以外を連れて行くこと』
これは「もしもの時の王都防衛」のために主力は残しておきたいのと「俺と二人だけで」旅行に行かせるのだけは避けたいという思いから出た指示だと、あの時は思った。
その発想は至極当然でありエステリーナも文句を言わなかった。かく言う俺もあの時点では疑問に思わなかった。
その後『目的地が変わるだけで既に選んである』とサリーは言った。
それは裏を返せば新領地へ旅行に連れて行くつもりでサリーはエステリーナの許可を得ずに動いていたことになる。
あのサリーが独断でそんなことをするか?
答えはイエス。
今回はエルアノームの思惑と一致していたので喜んで指示に従ったに違いない。
その思惑とは新領地、つまり「エステリーナ侯爵家」の家臣選び。
サリーに対して「各団から最低一人ずつ、信用のおける、さらに将来有望な団員を選抜しておくように」と先を見越して内密に指示を出していたのだろう。
騎士団員にしたのには当然理由がある。
騎士団とは王に忠誠を誓う集団であり、その忠誠心は「元」であろうと変わりない。
その重要な役目をエステリーナを一番近くで見てきた「有能なサリー」にさせた。
(新領地だがエステリーナとの婚姻の許可が出たので俺は辞退し、その代わりにエステリーナの領地にしてもらった経緯は割愛)
だがその後、シーラが唐突に来訪。どのような相談を持ち掛けられたのかは知らないし、話を聞いたエルアノームが何を言ったのかも知らないが、この状況を見たら「何かしらの取引きがあった」としか思えないのだ。
エルフ族の完璧なまでの補助。
相手であるリビングデッドが「行儀よく」順番待ちをしてる状態。
そのリビングデッドは元の状態よりも遥かに高い経験値の塊。
ここまで揃っていたら疑う余地はない。
他にも理由はある。
大体「この程度の敵」と知っていたら「護衛』なんぞ要らないし、本気のエステリーナなら第二階位を背負いながらでも戦える、と思う。
つまり「第三階位討伐」は単なる口実で目的は家臣選びだったと。
俺はこの世界に来たばかりでこの国の歴史は「一般常識程度」と知らないし、お国の事情など知る由もない。
なのでこれも憶測となるが、国境で睨みを利かせていた国軍ならば「実戦」の経験はそこそこあっただろうし、歴戦の猛者でもある将軍なら部下らの心構えにも気を配っていただろう。
では騎士団はどうか?
主な活動の範囲は国内というか王都。夜盗すらいない平和な国だし実戦を積む相手は魔獣しかいない。勿論、対人戦の訓練はしていただろうが実際に敵を殺すといった「実戦」は、あの謀反が起こるまで無かっただろう。いやあれでさえ楽な戦いで戦死者となった者の殆どは俺の手によるもの。騎士団を見た侯爵軍は次々と降伏していたし、抵抗らしい抵抗も受けなかったからこそ早々に城に辿り着けた。
おそらく平和な環境で育った四人にはそんな事情は知らないし、ナート侯爵領の家臣に選ばれてしまった事実にも気付いていない。だからこそ疑うことなく思惑に乗せられた。
……無事に帰還の後は正式に「除隊及びナート侯爵家への帰属」を言い渡されるか。
本人達の意向は別として。
残るは魔族。
恐らく「自利利他」で動いているエルアノームとシーラに魔族が協力している。
……ってことは発案者は別。どちらにしてもアイツらに負けは無い。
ここで一番の得をしているのはエルアノームであり、ナート家の一員となったシーラも恩恵を受ける。
一方で魔族は協力しているだけで何の利も無いように思えるが。
魔族。確かパイモンという悪魔だったか。
アイツらを鍛えて何の得がある?
……ん? そういえばパイモンは悪魔だったな。なら俺とシルヴィアのように感情で動いていない?
確か悪魔といえば契約。悪魔にとって契約は絶対だと言われている。
では契約の範囲外は?
契約に抵触しない限りは従う必要ない?
……奴は何を願ったんだ?
そこが分かれば悪魔の目的が見えてくる?
……ところで関所を越えて攻め込んだ奴らは?
いるかと思ったが貧弱な装備の者ばかり。
関所に向かった奴らとは雲泥の差。これなら問題は起きないだろう。
「ま、将来を期待されてるんだ、頑張れ」
頑張れば陛下が『お姉様を守り通した栄誉に騎士爵を与える』とか言ってくれるかもよ?
てな訳で彼女らの為にならないと思い素通りすることにした。
「ん?」
エステリーナがいるところまであと少し、というところで線が突然赤くなり途切れた。
これは行手を阻む者がいる。つまり強者が現れたとの合図。
多分倒さなければ先には進めないのだろう。
「待ちくたびれたぞ」
足を止めた途端、若そうな男? の声が聞こえ周囲が闇に包まれる。
……結界か?
多分奴の固有スキルだろう。
転移や異空間とも違う。単にこの闇で覆われた空間だけ隔離した感じ。その証拠に周囲の気配は感じ取れている。
……それよりこの気配は。
柄に手を添えたまま声がした方に意識を向ける。すると結界内の闇が収束していき二十代前半と思しき小柄な青年の形となった。
そして右手には身長と同じ長さの「妙な剣」を持っていた。
「……貴様は?」
一応、名を聞く。
「我が名はセーレ。アモン様の片腕である」
「アモン? お前もしや悪魔か?」
「その通り。貴殿ら風に言えば第二階位にあたる」
返答を聞き、心が沈む。
第二階位。悪魔。つまりそういうことなのだろう。
「で、その悪魔が俺に何の用だ?」
「一合で構わぬ。我と手合わせ願いたい」
俺としては願ってもない提案。
顕現している悪魔。特に上位悪魔は人類にとっては災害であり出会ったからには必ず仕留める、というのは建前で本心は他にある。だが、
「願ってもない提案だが今は忙しい。用を済ませた後なら心ゆくまで相手をしよう」
今、優先すべきはお前ではない。
「…………」
チッ、そう都合よくいかないか。しかもこの余裕な雰囲気から倒さなければ周囲の隔離結界? も解けないのだろう。
「分かった」
俺の返事を聞き、左足を引き剣を顔の位置まで上げると、剣先を俺に向け地面に対して水平に構えてみせる。
……コレって確か西洋の騎士の構えだよな?
防御に重きを置いている西洋の騎士ならではの構え。
だが細かい説明は省くが侍相手にこの構えは悪手。複数で囲っているならまだしも一対一では「斬ってくれ」と言っていると同じ。
なので単に他のジョブと戦った経験が無いのかとも思ったが、隙の無さからそれもない。
……カウンター狙いか?
攻めではなく防御を目的としているのなら少々状況が変わる。
……厄介だな、あの剣。
未知の剣。警戒心が跳ね上がる。
そして相手も俺の強さを知っているようで現れた時から一分の隙も見せずに俺を見ている。
……はぁ。
これ以上詮索しても状況は変わらない。なので柄に手を添え【居合い抜き】の態勢をとる。
「何故抜かぬ?」
「これが俺のスタイルだ」
「ほう」
とその場で「読み」を始める。
この読みとは先の対決の時もしたが、囲碁や将棋と同じ「攻守の読み合い」のことで、お互いの武具だけでなく体格や服装、場合によっては地形や気候までを考慮に入れ「どう攻めるのが最良」かといった「戦術」をイメージする、とても重要な行為を指す。
ただし今の俺にはシルヴィアの計らいで「自動防御」が備わっており、間合いである3m内に届いた認知外の物理攻撃に対し意志とは関係なく「防御を行う」ように設定してある。その代償として能力が発動している間は「無心で防御に専念」するため、イメージとは程遠い結果となることも。
……さてコイツはどうかな?
距離は約10m。先程からお互い一時も視線を外さない。
「そういえばどこかで」
突然セーレが口だけを動かす。
「?」
「貴殿は侍か?」
「……侍を知っているのか?」
「その剣、いや確か刀だったか?」
「その通り。これは刀、日本刀だ」
「そうそれだ。その刀とやらで暴れる奴らと一度だけだが対峙したぞ」
「ほう」
この悪魔はあの時代にいたらしい。
「アイツらは良かった」
はい? 良いとは?
「腕を落とされようが、腹を切られようが、命尽きるその瞬間まで死を恐れず戦うことを止めなかった」
「そういう意味か」
どこで戦ったのかは知らないがそれが武士の本質でもあるし、俺もそうだった。
まあ他国の者には理解しがたいだろうが。
「あの者らと貴殿は同じ侍なのだろう? その差は一体なんだ?」
「差とは?」
「今の貴殿からは彼らの気概が微塵も感じない」
そう言われてもな。
「逆に尋ねるがお前はなんのために俺に挑む?」
「己を高めるため」
「高めるとは?」
「神の使徒最強の剣を目指している」
そちらか。言っちゃ悪いがありきたりな目標だな。
「最強……か。俺にはその手の発想はなかった」
「最強を目指していない? ではどうやってその強さを手に入れた?」
「好いた女の尻を追っかけていたら……いつの間にか強くなれた?」
「はぁぁぁぁ?」
そんなに呆れなくても……事実だし。
「もしやあの裸で吊るされていた女?」
「……吊るされている?」
「そういえば人の男が好みそうな身体つきをしていたな」
「…………」
視線を外さずに気配を探ると……
!?
「どう……なっているんだ?」
魔族の隣で気を失っている二人を見つける。なので状態を知るため気配を読んだところ、
「……なん、だと」
読めなかった。いやセシリアは単に気を失っているらしいので仕方ないが、エステリーナはそれすらも分からない状態。気配が感じられることが仇となった。
焦りが生じてくる。同時に憤怒の感情が湧き出す。
「おお? その雰囲気は……これが侍の成れか、良い良い良い!」
ニヤリと笑うセーレが言い終えると同時に突いてくる。
突き出された剣を刀で叩き斬るつもりで鞘から抜く。
ギン!
金属がぶつかり鈍い音が一回、響く。
その音が伝わる前に二人の位置が入れ替わっていた。
セーレは俺がいた場所で突いた体勢で、俺はセーレが現れた場所に。
……初見通り、やはり斬れないか。
セーレが持つ剣から得体の知れない何かを感じていた。それは付与によるものか、それとも呪術によるものか、はたまた素材の力なのかは分からない。だが俺の刀とは対極である禍々しい雰囲気を見て「もしや」と思っていたが、やはり斬れなかった。
ただ神域の素材を使って作られた俺の刀に斬れないものはない。条件次第では神が造った神器の類も斬れるが、実際に斬れるかは俺次第。
なので斬れないのではなく、斬るのを止めたと言ったほうが正しい。
なにせあの剣は一目見て分かるくらいに「歪」なのだ。
そんな得体の知れない物を馬鹿正直に斬ったら何が起こるか分かったもんじゃない。
だから「斬れない・切られない・距離を取る」との前提で応戦。剣を弾くと同時に当初と同じ距離まで離れた。
その判断のお陰である事に気付けたが。
「その刀、神器? いや、まさか」
何やら様子がおかしい。突きを放った体勢のまま、真顔でブツブツと呟いている。
「……貴殿はもしや」
「?」
「成程、その為の鍵か。だから我に死ねと」
何言ってんだコイツ?
「先程までの無礼を謝罪する。詫びとして貴殿の女はまだ無事だとだけ言っておく」
女? リナのことだよな?
「どうやらこれは貴殿が乗り越えなければならぬ試練らしい。とはいえこの場限りの我には二度と無い機会。なので全身全霊で挑ませていただく」
言い終えると今度は上段で構えた。
「なら手加減はしないぞ」
俺は再度【居合い抜き】の態勢をとる。
「望むところ」
「「…………」」
カチン。
刀を鞘に戻した音が静かに響く。
「……グ、グフ……み、見事」
先に動こうとしたのはセーレ。
だが先に動いたのは俺。
悪魔最強を目指すヤツでも俺の抜きの速さには着いて来れなかった。
斬られた首の断面から紫色の靄が立ち昇ると、腕を上げた体勢そのまま後方へ盛大に倒れる。
そして全身から一際大きな靄が起こるが直ぐに霧散、依り代となった者が残された。
「やはり」
気配通り依り代はエンリケだった。
そして想像通り下半身は別の者。
これが揃った状態であったなら、手を焼いていたかもしれない。
……すまない。
俺の判断ミスだ。奴が逃げずに待ち受けていると知っていたら、10万の敵兵も纏めて討ち取っていた。
そうすれば死なずに済んだ。
……何故関係の無い者を巻き込むんだ!
瞼を閉ざしてから両手を合わせ……るのをやめ、エステリーナがしたように開いた右手を心臓がある位置に添えて祈る。
……仇は必ず!!
これらを企んだ奴は決して許さない!
そう雷明だけでなくパイモンとかいう悪魔も!
怒りの感情をなんとか抑えながら誓うと、エンリケの遺体を【収納】に入れた。
これでハッキリした。依り代となる者の基礎能力が高くないと悪魔の能力は十二分に発揮出来ない。
それを悟らせまいと初撃は突いた。
「……そ、そうか! やっと分かった!」
雷明の目的が!
エルフの王族、いやシーラが来てからでは手遅れになる。
なりふり構わずエステリーナに向け走り出した。
次話のタイトルは「召喚」となります。




