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第57話 あの女

「……綺麗?」


「ああ」


「…………」


 ……何故にそんな反応?


 素直な感想を述ると意外だったのか俺を見てフリーズしていた。


 綺麗と思ったのには当然訳がある。

 今のルーシアには頭頂部に「耳」と臀部には三本の尻尾が「新たに」生えており、その二つともエステリーナのマントの色である黄金(稲穂)色と同色で暗い中でも神々(こうごう)しく輝いて見えた。

 その耳と尾はまさに狐のそれ。そして狐で思い付くのは二つ。


 一つはお伽噺に出てくるお馴染みの妖狐で人に悪さをする存在として恐れられている。こちらは尾の数が増えると女人に化けたりもするらしい。尾が九本になると災害級の強さとなるそうだ


 そしてもう一つ。「豊穣の神」として有名である「お稲荷様」。妖狐とは対極に位置している狐の神様であり人々から敬われている存在。


 今のルーシアの外見ではお稲荷様を連想する者はまずいないだろう。だが俺は逆で妖狐という発想は全く思い浮かばなかった。

 ルーシアの誠実で真っ直ぐな性格、さらには耳や尾の色からエステリーナが脳裏に浮かんだことにより豊穣の神に至ってしまった。


 だが今更ながら能力的には妖狐に近いものを感じる。そうサリーの忍術と似たような()()を。


「え──と、旦那様~」


「?」


「先程は~申し訳ありませんでした~」


 何故かペコリと頭を下げた。その仕草を見て現実に引き戻される。


「何が?」


 先程までのルーシアとは様子が異なる。自信と気品は微塵も感じられない庶民的な様子に変わっている。

 こうなると気になったには返り血に染まった服。この格好に血糊は似合わないと先ずは身体に付着した血糊を【収納】してあげる。


「ありがとうございます~。いやそうじゃなくて〜妾の件ですぅ~」


 妾?


「じつは~え~~と~~」


 フサフサの尻尾を前で抱えてモジモジしだした……ってスカートが捲れて下着が見えるからやめなさいって。


「事情、いや【加護】の影響なんだろう?」


 容姿だけでやく雰囲気まで変わったのは。


「そうなの~」

「加護とは? 【称号】とは違うのか?」

「加護も称号も~ルーナ様がくれる点は同じなの~」


 成程。だから容姿に変化が起きたと。

 その辺りを詳しく聞きたいが今は……


「まあそれは後で聞く。それよりも」


 周囲にいる兵が我に返った様で、今度は慎重に剣やら槍の先を向けながらジリジリと包囲を狭めていた。

 どうやら引く気はないらしい。


「出来ればお前達とは関わりたくはないんだが」


 操られているだけで自分の意志ではないのかもしれない。


「それは無理というか~手遅れじゃないかな~?」

「何故?」

「さっき討伐した魔族が呪いを~ばら撒いちゃったから~」

「呪い? あの黒いモヤのことか?」

「うんそう〜。(呪いの)元となる魔族はいないから~解いてあげる手段は多分無いの~」


 自爆型か。こりゃ早まったか。ってことはこいつらは……


「だからどちらかが死ぬまで終わらないの~~えへ」


 顕現するために受肉した肉体は既に事切れている。そして魔族は既に手の届かないところに去っている。

 それより「えへ」とは?


「俺が未熟だから」

「優しんだね~。でも気に病むのはちょっと違うかも~」


 確かに俺に非は無い。


「だがな」


 救えたかもしれない。


「旦那様にとって一番大切なモノは~なんなの~?」


 俺の大切なモノ?


「それを守るために斬った〜。今はそれで良いんじゃないの~かな?」


 とその時、足元に転がっていたモノが、地面に染みた血も含めて一瞬で消え失せた。


「「?」」


 何故消えた? 俺は何もしていないぞ。

【収納】した時と同じく武具を含めた全てが一瞬で無くなった。


「「「今だ!」」」


 チャンスと見たのか周囲の兵が一斉に切りかかって来る。


「チッ!」


 こうなっては仕方ない。ルーシアも機敏に動いて俺の後ろで構えをとる。

 背合わせの状態で無心で刀を振るうのだが……


「どういうことだ?」


 斬った途端に敵兵が消えていく。吹出した血ごと。


「ルーシア!」

「変だね~」


 後方で蹴りや打撃で攻撃しているルーシアも同じ感想らしい。


「気になるが今はそれどころじゃないか」


「は〜い、今は楽しまないと~」


 た、楽しむ?


 確かに足元に転がる障害物を気にせず戦えるのは楽だが……いや違う、そのニヤケ顔はそういう意味ではないだろう。


 ここで一旦、状況を確かめようと動きながら広範囲に気配を探る。


 ……綺麗に二手に分かれた?


 宴会が続いている天幕は良しとして、装備が整っている敵は全て次々と関所を抜けてアラナート王国領にジワジワと進入を始めている。その数は約四万。

 そして残りの六万は呪いの効果か、体の向きを俺達二人に向けていた。

 その結果、アラナート王国軍の相手は四万だけとなった。敵には魔獣もいるが地の利や装備や兵器の質を考えれば互角とみて良いだろう。


「だがこれでは」


 そう確定してしまった。

 ここに残った六万は()()()()()()もう引かない。

 つまりこいつらの「死」が確定してしまった。


「……ではでは私が引き受けるので~行って下さ〜い」


 ここに残ると。


「いやそれは」


 ルーシアの体力、というより残せば嫌な役をやらせることになる。


「なら早めに片を付けてね〜」


 そう思うのなら素早く討てと。


「念の為~もう一回言っておきま~す。ザーム様は絶対に~殺しちゃダメですよ~」


 それは覚えている。ザームが死ねばシーラも道連れにされてしまう。


「それともう一つ~。ご褒美の件は~嘘ではありませんので~」


 最後に笑顔で手を振ると群衆の中に突撃。直ぐに壁ができて姿が見えなくなった。


 ……スマン。


 俺が不甲斐ないばかりに。


 遠回りさせられたが、奴との距離は400を切っている。

 もうここまで来たらコソコソせずに突き進む。


 先ずは周囲を一閃、適度な間を空けてから刀を鞘に納める。そのまま天幕に向き直ると居合抜きの態勢に。


 カチン。


 天幕まで達しないように軽く鋭い居合いを放つと、斬撃の進む方向にいた兵らの身体が上下に分かれ倒れていく。

 すると思惑通りに身体が消え失せ道が出来た。


 ……今だ。


 空いた空間()が塞がる前に「全力で」走り抜けそのまま陣幕の中に滑り込む。

 天幕を囲むように設置された空き空間(陣幕内)には、近衛と思しき装飾が施された鎧を着た四人の兵のみ。


「誰だ!」


 隊長格と思しき男が天幕入口との間で体と剣を使ってゆく手を遮る。

 その動きに連動して残りの兵が俺の左右と後方に回り込む。


「雷明、出てこい!」


 囲まれたのを意に介さず、大声で天幕に向け叫ぶ。


「構わんから切れ!」


 無視され逆上したのか合図を出すと三人が一斉に切りかかって来る。


 ……左が上段、右が横薙ぎ、後ろが突き。一応訓練はしていたようだな。


 相手の咄嗟の動きに合わせられるよう、微妙にタイミングをずらし異なる手段で踏み込んできた。

「流石は王を守る兵」と感心したのはそこだけ。如何せん動きが()()()()話にならない。

 この程度の速度ならエステリーナだけでなく、発展途上中のサリーでも楽にかわせるだろう。

 なのでこれ以上時間は掛けない。正面にいる隊長格の腕を掴んで位置を入れ替えた。


「ウグァ!」


 振り下ろした剣は急には止められない。三人に斬られてあっけなく消滅。ついでに動揺している三人の首も刎ね後を追わせた。

 他に兵の姿は無し。外の兵は俺を探しているようだが王のいるこの陣幕内までは踏み込んでこない。


 ……しかし何故消える? 他に【収納】が扱える者がいるのか?


 天幕に向き直る。


 ……奴はこの先。


 大声でのやり取りの直後なので流石に気付いていると思ったが、天幕内の気配に変わりはない。


 ……考えるだけ無駄か。


 天幕の入口となる布を切る。


 バサリと音を立てて落ちた布の先は真っ暗であった。


「…………」


 鞘に納めてある刀の柄に手を添えながら静寂の暗闇へ。

 ゆっくりと進みながら先ずは周囲を観察。

 事前情報通りコの字型に置かれた卓を囲うように高官らが座り、奥に奴と王が並んで座っている。


「おせーじゃねえか。待ちかねたぞ」


 正面の最奥にいる奴の声。


「全く、招いたってのに遠回りしやがって」


 天幕内は真っ暗で数m先までしか見えていない。一応気配を探りながら見ているので配置は分かっている。


「だんまりか。まあいい。ケリをつける前にチッと話をしようや」


「話だ?」

「そうだ。俺がここに流されてから気付いたことを教えてやる」

「気付いた? いやそれより流されたとは?」

「言葉通りだ。俺は主神(あの野郎)によってこの世界に流されたんだよ」

「お前がこの世界を選んだんじゃないのか?」

「アホか。お前じゃあるまいし自分に不利な世界を好んで選ぶ奴がどこにいる?」

「…………」

「気付いてないようだから教えてやるわ。俺達はな、まんまと騙されたんだよ、()()()()()()()

「騙された?」

「何故、ステージごとに記憶を消す?」

「それは」

「何故ステージごとにステータスを下げる?」

「…………それが決まりだからだ」

「期待した中で最も聞きたくなかった答えだ」


 そこに疑問を感じていたのは否定しないし、シルヴィアも隠れて対策をしてくれていた。だからこそここまでの強さを手に入れた。

 だがこれは主神が決めた規定であり、今でも異論を口には出来ない。少なくとも【報酬】を手にするまでは。


()()()()()()()、それに付き合ってるお前もお人好しだな。いや人のこと言えねえわな」


「……何を言っているんだ?」


「考えてみろ。ただのコソ泥だった俺が偶然にでもあの場所に入れると思うか?」


「…………」


「理解しているからこその沈黙。まあ俺らを良いように利用したんだ、お前は当然としてアイツらにも一泡吹かせないと気が収まらねえ」


「…………」


「てなわけでこの世界を俺が満足いくまで破壊し尽くしてくれ」


 言い終えると同時に左右にいた将校達が椅子から勢いよく地面に倒れていく。

 その内の一人から黒い塊が足元に転がってきた。

 それは将校の首で他の者達も同じように胴と首が離れた状態であった。


「で最後の締めはコレだ」



 大きな塊が俺に向け投げられる。

 それを無言で斬り捨てる。


「ウッ……グフ!」


 両手両足を縛られ猿ぐつわをされた状態で床に落ちる王。

 元々斬り捨てる予定だったので都合が良かった。


「………ふふふ、はははは!」

「何がおかしい?」

「いや本当に扱いやすいよなお前って! お陰で「条件」は残すことあと一つとなったぜ!」


 条件? と聞いて王を見る。すると断面からモヤらしきものが立ち上るのが薄らと見えた。


 何の呪いだ? コレは王ではないのか?


「そいつは正真正銘のクズ王だ。でなければ意味がねえ」


 奴の目が光る。奴の中の魔力がシーラ並みに膨れ上がるのが俺でも分かる。



「さあ始めっか! 最後の戦い(ラストバトル)を!」



お稲荷様・・「商売の神」となられたのは江戸時代に入ってから。

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