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マッチ売りの少女、前世の記憶を取り戻す  作者: 佐藤謙羊


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17 神との戦い

 わたしの抗議もむなしく儀式は続行。

 ミカエル様は、遙かなる高みからルシファー様を見下ろしていた。


「ルシファーよ、そなたの剣術、たしかに見せてもらった。しかしその剣は、邪悪そのものだ」


 ミカエル様はルシファー様の後ろに控えていたわたしを、ちらりと一瞥。


「おおかた、どこぞの悪女にでも吹き込まれたのであろう。その邪剣は、心までも蝕むぞ。余も幼い頃、悪女に取り憑かれていたからわかるのだ」


 言いながら、隣にいたブリケちゃんを抱き寄せる。

 されるがままのブリケちゃんは「きゃん!」とブリッ子全開の甘え声を出していた。


「しかし、妻の輝きが余の目を覚ましてくれたのだ。女というのは生きものとしてはなんの役にも立たぬが、装飾品としては花にも勝る。女は男の身に付けられてこそ生きる意味があるのだ」


 ミカエル様はそれまで当てつけるような物言いだったが、とうとうわたしをビシッと指さす。


「女は胸の花飾りと同じ。しかしそこにいる女は、胸に飾られている間も伸びようとする。足ることを知らず、出しゃばり、行きすぎ、目立ちたがるのだ……!」


 吐き捨てるような視線のあと、憐れみのような言葉をルシファー様に向ける。


「……正しき女がどのようなものか、おのれがいかに間違っていたか、これでわかっただろう。だが、いまならまだ間に合う。余の足元にひれ伏し、足を舐めて誓うのだ。余に永遠の忠誠を捧げ、悪女を永久に追放すると。そうすれば、余の慈悲を持って貴様を神族と認めよう」


 ミカエル様の狙いは明白だった。

 ルシファー様を屈服させることにより、ディアブロ派を瓦解させる足掛かりにするつもりなんだ。


 この圧倒的パフォーマンスは、ディアブロ派の末端に大いに響くだろう。

 自分も同じ目に遭わされてはたまらないと、寝返る者たちが続出するはずだ。


 しかし派閥争いのことなんかどうでもいい。

 ルシファー様はここでどんなに屈辱を与えられたとしても、生き延びる道を選ぶべきだ。


 たとえ、わたしを追放しても……!


 彼の背中に向かって叫ぶ。


「ルシファー様っ!」「嫌だっ!!」


 その肩は震えていた。


「僕は、絶対に屈したりしない……! もう、嫌なんだ……! カゴの中の小鳥として生きるのは……!」


 ルシファー様は、これが答えだといわんばかりに、納めていた剣をふたたび抜く。


「自由に空を飛んで死にたい……! たとえそれが、ほんのひと時であったとしても……!」


 決意の言葉とともに、邪剣と呼ばれた構えを取る。


「僕は最後の一瞬まで、羽撃(はばた)いてみせるっ……!」


 それは、完全なる玉砕宣言。

 さらに、次期現神と呼ばれたミカエル様に弓を引くという、神をも恐れぬ行為だった。


 神への宣戦布告に、どよめく観客席。

 それまで神のようだった男は、邪悪に顔を歪めていた。


「余に仕える栄誉より、死を望むというのか……! どうやら、骨の髄まで悪女にしゃぶり尽くされているようだな……! ならば、望みどおりにしてやろう! 余の圧倒的なパワーの前に、アリのごとく潰れ、無様な死を晒すがいいっ!」


 ストーンゴーレムの片足が振り上げられ、空を震わせるほどの轟音とともに振り下ろされる。

 それは破城槌が迫ってくるような迫力があったが、いまのルシファー様であればかわすことはたやすい。


 とっさに真横に飛び退こうとしていたが、


「あっ……!?」


 足元にあったゴブリンの死体に足を取られ……。


「あぶないっ!?」


 考えるより早く、身体が動いていた。

 ルシファー様の身体を抱き寄せ、かばった瞬間……。


 ダンプトラックがフルアクセルで突っ込んできたような一撃が、わたしの背中を襲う。

 背骨が粉々になったみたいな激痛と、大砲で撃ち出されたような浮遊感。


 わたしはルシファー様をしっかり抱きしめたまま、最後の力を振り絞り、空中で位置を入れかえる。

 直後に闘技場の壁に叩きつけられ、全身がバラバラになるような衝撃を受けた。


 爆音とともにひしゃげる壁。

 砂煙がもうもうと舞い上がるなか、わたしは壁にもたれ、そのまま崩れ落ちた。


 胸のあたりで声がする。


「い……痛く、ない……? あっ!? せ……セリージャさん!?」


 わたしの視界は真っ赤に染まり、鼓動にあわせて明滅している。

 ルシファー様の声と心配そうな顔は、彼が無傷だという証拠だ。


「よ……よかっ……た……」


「な……なんで!? なんで、僕をかばったりしたの!?」


「い……生きて……生きて、ほしかったから……です……」


 死ぬことが幸せだと言われていた人生を、やっとのことで変えられる。

 だったら、どんなことをしても生きるべきだとわたしは思う。


「お願い……生きて……生きてください……。わたしからの……最後の……お願いです……」


 しかし、わたしには今生最後の願いすら許されないらしい。

 すべての思いを遮るかのように、影が覆った。


「……ならぬ……!」


 見上げるとそこには、足を振り上げたストーンゴーレム。

 霞むほどの高みには、邪神に取り憑かれたような男の顔があった。


「その者は、余に逆らった……! 神に逆らったものは、消えねばならぬのだ……!」


 ルシファー様は立ち上がり、うつむいたままわたしを見下ろしていた。

 その表情は、影になっていてわからない。


「僕は……いままで生きてきたなかで、いちばんがんばった……。儀式を乗り越えて、生き抜くために……。そして、立派な神族になるために……」


 その声は、いつもの鈴を転がしたような声ではない。

 まるで、地獄の奥底から響いているような声だった。


「だけど、そんなものよりずっと強い気持ちがあるってことに、いま、初めて気づいた……! 僕は……! 生まれて初めて、死に物狂いになる……!」


 天上ほどの高みにいる、男と女は笑っていた。


「ふっ! 虫ケラが命を賭けて挑んだところで、神の前では塵芥よ! ゾウに踏み潰されたつがいの虫のように、息絶えるがいいっ!! ふははははははっ! はーっはっはっはっはーーーーっ!!」


「ぶっ! なにそれなにそれ!? もしかして、ブリケちゃんへのアピールのつもりぃ!? でもざんねんでしたぁ~~~! どんなにがんばっても、クソ虫はクソ虫のままでぇ~~~っす! きゃはははははははは!!」


 ふたつの狂笑とともに、裁きは下された。

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