16 ひみつのポーション
わたしの水鉄砲攻撃を、ルシファー様は口で受け止めていた。
ゴクンと喉が鳴ったあと、腕の傷がみるみるうちに塞がっていく。
その様子を目の当たりにした観客たちは、まるで手品でも見たかのように目を点にしていた。
「お……おい、見ろよ……!? ケガが治っちまったぞ……!?」
「それどころか、さっきまでへばってたのに急に息を吹き返しやがった!?」
「ま、まさか、あの水……!」
客席からハッと息を飲む音が聞こえたかと思うと、阿鼻叫喚がうねりとなった。
「ぽっ……ポーションだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
そう。わたしがタルに詰めているのはヒーリングポーション。
それもただのヒーリングポーションじゃなくて、はちみつとレモン果汁を加えたもの。
目に当たるととても痛いけど、飲むと体力が回復するという真逆の効果を併せ持っている。
しかも、はちみつとレモンのおかげで疲労回復効果がプラスされ、さらに苦いポーションも飲みやすくなるんだ。
これは、わたしがミカエル様に仕えているときに発明した『はちみつレモンポーション』。
ミカエル様は苦いポーションを飲もうとしなかったので、飲みやすくする方法を考えた末に生まれたものだ。
まさか別の神族のためにこのレシピを使う日が来るとは思わなかったけど、おかげでルシファー様は完全回復。
儀式が始まったばかりの頃のような、元気いっぱいのフットワークでゴブリンを圧倒していた。
さらにゴブリンを5匹まで減らし、わたしは確信する。
この勝負、もらった……!
そして最後は、水鉄砲で目くらまししたゴブリン5匹の間を、ルシファー様が走り抜けざまにまとめて切り捨てた。
「ギッ!?」「ギャッ!?」「ギャアッ!?」「ギャギャッ!?」「ギャァァァーーーーッ!?」
断末魔の悲鳴とともに、立ったままもがき苦しむゴブリンたち。
切り抜け、彼らに背を向けたままのルシファー様。
剣を鞘にパチンと納めた瞬間、ゴブリンたちは一斉にバタバタと倒れる。
まるで、時代劇におけるチャンバラシーンのフィニッシュのような光景。
それまで批判的だった観客たちも、「か……かっこいい……!」と見とれていた。
か……勝った……!
わたしは張りつめていた緊張の糸が切れ、ほうっと大きく息を吐く。
神族たちはみな静まりかえっている。VIPルームを見やると、歯ぐきから血を流して悔しがるミカエル様とブリケちゃんの姿があった。
少し胸がスッとした……と思ったのも束の間、地響きのようなものを感じる。
その振動は闘技場を包むほどの大きさになり、観客たちはパニックに陥る。
司会進行役のハンドラー様が、立ち上がって叫んだ。
「騒ぐでない! まだ儀式は終わっておらぬぞ! これは、自然災害などではないっ!」
その宣言と同時に、観客席の一部だったVIPルームが動きだし、立ち上がった。
VIPルームの下には大きな横断幕が掲げられていたんだけど、ふぁさっと床に落ちて全貌が明るみにでる。
それはなんと、巨大な動く石像だった……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
客席は驚嘆のるつぼと化す。ハンドラー様はその反応に気をよくしたのか、大仰に手をかざして続ける。
「これぞ、ワシの最新作! 搭乗型のストーンゴーレムである! そしてこれこそが、本儀式における最後の関門なのだ!」
ストーンゴーレムはビルのような大きさで、昔のブリキのロボットみたいなカクカクした形をしている。
VIPルームのところが頭になっていて、そこにいるミカエル様とブリケちゃんがまるでパイロットのように見えた。
ふたりは最初のうちは驚いていたけど、演出だとわかるや大喜び。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、この眺め! まるでひとあし早く神になったかのようだ!」
「ガッチョンブリケっ! これであの虫ケラ2匹を踏み潰せというわけね!」
ストーンゴーレムは一足ごとにあたりを揺るがし、まさしく神のごとき力強さだった。
勝ったと思った矢先のラスボス登場、しかも圧倒的な存在感を前に、ルシファー様は立ち尽くしている。
「そ……そんな……!」
あんなのとやりあって勝てるわけがない。わたしはたまらず抗議した。
「お……お待ちください、ハンドラー様! 儀式はゴブリン20匹との戦いだったはずです!」
するとハンドラー様は、両手を広げていけしゃあしゃあと言う。
「ルシファーは2年も儀式を先送りにしたのだ! たったのゴブリン20匹で済むわけがなかろう! それに、かつてはミカエル様もゴーレムと戦って勝利したことがある! 従ってこの措置は、なんらおかしくはないのだ!」
「それとはぜんぜん違います! ミカエル様が戦ったゴーレムはゴブリンくらいの大きさで、素材もワラでした!」
ゴーレムというのは材質によって強さが変わる。
ワラでできたものは最弱のストローゴーレムと呼ばれ、ようは動くカカシみたいなもの。
石でできたものはストーンゴーレムといって、鉄のアイアンゴーレムに次ぐ強さを誇る。
剣術を習い始めて1ヶ月の少年どころか、プロの剣士だって刃が立たないだろう。
しかもそれも人間サイズの話なので、この巨人となると勝てるのは軍隊くらいのものだ。
もはやこれは、不正を問うのもバカバカしいほどの出来レースである。
「うむ! さすがはゴーレムマスターと呼ばれたハンドラーだ! この儀式の意味をよく理解しておるな! 儀式は続行とする!」
しかしミカエル様の鶴の一声で、公正だとみなされてしまった。
「そしてハンドラーよ、貴様ほど有能な男に儀式の取りまとめをさせておくのはもったいない! しかるのち、貴様にふさわしいポストを用意してやろう!」
ハンドラー様は「ははーっ、ありがたき幸せ!」と壇上でひれ伏す。
そして観客はみなミカエル様の裁定を支持。我先に媚びを売ろうと、口々に偉大さを讃えていた。
「すごい! これはミカエル様だからこそできる、正義の名采配だ!」
「うん! かつて儀式でゴーレムを倒したミカエル様だからこそ言えることだよな!」
「これはきっと、悪女セリージャのインチキも最初から見抜いていたに違いない!」
「神がかり的な明察と、圧倒的なパワー! ミカエル様の前には、セリージャの小細工なんか通用しないんだ!」
「さすが、次期現神と呼ばれたミカエル様! ばんざーい! ばんざーいっ!」
客席でマスゲームのように起こる万歳三唱。
もはやバカバカしさを通り過ぎ、呆れかえるしかないほどの茶番だった。




