12 生まれ変わるために
わたしは前世で、『生活習慣病』というアダ名で呼ばれていた。
普段はなにをされても怒ることはないんだけど、いちど怒ったら徹底的にやるからだ。
キレる段階までいくと全身が氷のように冷たくなり、表情と心が無くなる。
そして無意識のうちに破壊行動に及ぶんだ。
学校の窓ガラスをすべて割ったこともあるし、手刀で社長室の書斎机をまっぷたつにしたこともある。
もしいま目の前にブリケちゃんがいたら、生きたまま脊髄をひきずり出していたかもしれない。
それはわたしを責めていたダンテ様ですら、ドン引きするほどだった。
「セリージャさん、あなたへのクビは撤回します。『神族の儀式』の日まで、ルシファーさんのそばにいてあげてください。それが、死にゆく我が弟への最後の手向け……って、どうしたんですか? 急にそんな顔をして……」
「なんでもありません」
わたしはそれだけ告げると、未来からやってきた殺人マシーンじみた動きでダンテ様に背を向け、書斎をあとにする。
頭のなかに、デデンデンデデンと重低音を響かせながら、考えを巡らせた。
ブリケちゃんをターミネートするのはあとだ。
いまはルシファー様が生き延びるための術を考えないと。
儀式はおそらく、1ヶ月後くらいに行なわれるだろう。
そしてお膳立てが無いとなると、ひ弱なルシファー様が勝つのは不可能に近い。
となると、手はひとつしかない。
儀式までに行方をくらますことだ。
儀式から逃げ出したとなれば、ルシファー様だけでなく、一族ごと神族でいられなくなるだろう。
だけどそれが何だというのだ。男の子の命を犠牲にしてまで、家の名誉を守ることになんの意味があるんだ。
しかしいちおう本人の意志も確認しておきたかったので、わたしはルシファー様の部屋へと向かった。
そこで、またしても天使に出会う。
ルシファー様はパジャマ姿のまま、よろよろと剣を振っていた。
生み落とされたばかりの子鹿みたいな足取りで、芽生えたばかりのような細い腕で。
わたしが訪ねてきたことにも気付かず、しばらくのあいだ一心不乱に稽古にはげんでいた。
「……あっ、セリージャさん! 僕、やるよ! 『神族の儀式』を! 僕は兄さんの足手まといになっていたのが、ずっと嫌だったんだ! それに、僕だってやればできるんだってことを、みんなに見せてやりたいんだ!」
彼の真剣な眼差しに射貫かれた途端、わたしの中にあった『逃げる』という選択肢は粉々に吹っ飛んでいた。
いや、元からそのつもりもなかったのかもしれないけど、これで確信になった。
そうだ……! わたしはなんとしても、ルシファー様を勝たせてみせる……!
これから付きっきりで、ルシファー様を鍛えてさしあげるんだ……!
勝ち目は1パーセントもない……!
けど、それこそがみんなが幸せになる選択肢なのであれば、なんだってやってやる……!
わたしの身体が熱を取り戻していく。
フンスと鼻息を荒くして、ルシファー様に宣言した。
「ではわたしが、ルシファー様に剣をお教えします!」
すると、ルシファー様は目を丸くした。
「えっ、セリージャさんって剣術ができるの!?」
「はい。前世……じゃなかった、花嫁修業として我流剣法を編み出したくらいですから。それに、それだけではありません。ルシファー様のお身体を作るために、これからは生活面でもサポートさせていただきます。それらは厳しいこともあるでしょうが、ついてくるだけのお覚悟はおありですか?」
「もちろん! 強くなれるんだったら、なんだってやるよ!」
そして、ルシファー様の猛特訓が始まる。
といっても、ずっと寝たきりだったルシファー様は虫を殺すだけの力もない。
なので、食生活から見直すことにした。
前世で取った管理栄養士の資格、その知識をもとに特製スープのレシピを考える。
それは身体に負担にならず、おいしく食べられるものでなくてはならない。
世の中には、身体にいいからってマズいものをガマンして食べる人もいるけど、わたしは反対だ。
というわけで屋敷のキッチンを借り、取り寄せた食材と格闘開始。
まず具材は良質なタンパク質が得られる、ササミとブロッコリーをメインにする。
あとは見た目と栄養のために、コーンとパプリカをチョイス。
それらを食べやすい大きさに刻んで茹でて、調味料で味付け。
そして仕上げにミルクを入れる。
牛じゃなくて、ヤギのミルクだ。
ヤギのミルクは脂肪分も栄養素も申し分なく、濃厚で深い味わいがある。
じっくりコトコト煮込んだあと、最後に半熟ゆで卵をトッピングすれば……。
『特製ミルクスープ』のできあがりっ……!
できたものをさっそくルシファー様に差し入れる。
最初は「ポトフじゃないの?」と浮かない表情だったが、ひと口食べた途端、廊下にまで響くような大声で絶叫していた。
「うわあああっ!? おいしいおいしいおいしいっ! おいしぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーっ!? これ、すっごく美味しいよ! 毎日でも、ううん、3食ずっとこれでもいい! いや、これがいいっ!」
『特製ミルクスープ』は栄養のバランスが良く、さらにタンパク質も豊富。
筋肉を付けなくてはいけないルシファー様にはピッタリのスープなんだ。
これは効果てきめんで、何をするにもおじいちゃんみたいだったルシファー様が、1週間もかからずにキビキビと動けるようになる。
振り回す剣も、虫を殺せるくらいの力強さを得るようになった。




