「闇深淵」(『晩歌 -BANKA-』)③
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公共交通機関を使わなければ行けないような場所へ行く事もだが、かつての私たちにとっては、ルーティンという意味での日常から僅かにでも逸脱する事は「冒険」だった。
今から四年前という事を思うと、あの頃の自分たちはそこまで幼かっただろうかと信じられないような気持ちになるが、中学生時代の事を思えば納得出来ない事でもない。中学三年生は殆ど高校生のようなものだが、中学一年生は殆ど小学生のようなものだ。写真を見返し、中学校入学当初の自分たちが驚く程子供っぽく感じられる事があるが、小六はそれより更に幼い。
私たちの「冒険」に際し、リュックサックと大量のお菓子、ストラップ付きの水筒は必需品だった。それらを各自用意して再びビオトープ前に集合した時、工事のその日の作業は本格的に開始され、足場を組む甲高い音が工場のように団地に響き渡っていた。
出発、という未来の号令で私たちは移動を開始した。作業員の立ち入りがない事は保証されていたが、何処で住民や工事の人たちが見ているかは分からないので注意を怠らないようにしつつ、A棟の裏に回る。
棟の裏は資材置き場となっていたが、普段は子供会で月に一度の頻度で行われる資源回収に出す為、段ボールや古新聞などが束ねられて置いてある。非常口があるが普段はそこから出入りする人は居ない。小規模な花壇があり、「緑のカーテン」にする為の糸瓜やゴーヤが植えられている他、向日葵も数本並んで立っていたが、それらは既に枯れ始めており、向日性を失っていた。
その花壇の横に、私たちが「祠」と呼んでいた地下への階段室はあった。確かに扉が取り外され、コーンバーが周囲を囲んでいたが、これは恐らく運び込む予定だった機械に横幅があり、扉が付いているとあと数センチというところで入口を通らないという事だったのだろう。
もう一度誰も見ていない事を確認すると、未来が咳払いをして「それじゃあ」と言った。「入るよ」
懐中電灯で行く手を照らした彼女を先頭に、私たちは後から続いた。しんがりは将が務め、万が一探索中に誰かが入って来る気配があればすぐに皆に伝えられるようにしていた。
「思ってた以上に真っ暗だ」
そろそろA棟の真ん中くらいに到達するだろうか、という所で階段は終わり、踊り場から道が左方向に折れていた。そこを曲がると、上から微かに差し込んでいた外光も完全に及ばなくなり、光源は各々の持つ懐中電灯のみとなった。天井を照らしてみると、よく羽虫が爆ぜる蛍光灯が等間隔に並んでいたが、何処にそのスイッチがあるのかは分からなかった。
そもそも、あったとしても私たちはスイッチを入れようとはしなかっただろう。長い間使われていなかった為、蛍光灯には目視で分かる程の埃が堆積しており、発火の危険があった。
左折した瞬間、空気感が変わった。排熱の為、外より幾分かマシという程度で暑い事には変わりなかったが、ぬるま湯にゆっくりと浸かったような感覚を覚えた。足元に淀んだ水溜まりが出来ているなどといった事はなかったが、空気自体が薄っすらと湿り気を帯びているようだった。
べたつくような気持ち悪さを感じ、誰からともなく半袖の二の腕を摩った。
「……やっぱり、ここに秘密基地を作るのは嫌かもな」
隆矢が、ぼそりと呟いた。
「まあまあ」未来が、そんな彼に言った。「まだ調べ始めたばっかりだし。もう少し先まで行ったら、少しはいい場所も見つかるんじゃない?」
勿論、私たちは皆、湿気程度でこれ程早く探索を打ち切るつもりはなかった。じめじめとし、真っ暗闇という事に不気味さを覚えはしたものの、まだ戻ろうと思えば戻れる場所だった事で「大丈夫だ」とも感じていた。
棟の各部屋にある、壁際で天井から床までを貫いている鉄管──小さい頃はよく叩いて面白がっていた──に似た管が壁沿いに、こちらは水平方向に延びていた。随所にハンドルがあり、何処かに開閉弁がある事が分かった。天井へと続く梯子を二箇所見つけたが、それらは私が棟の一階で見たマンホールに繋がっているに違いない。目立った事といえばそれくらいで、あとはひたすらに通路だけが、時折枝分かれしながら続いていた。
最初の分岐に差し掛かった時点で、私は迷わないように手帳に今まで調べてきたルートの地図を記し始めた。正確に何メートル歩いたら曲がった、などという事を把握していた訳ではないので酷く歪なものにはなったが、マンホールの位置から考えて自分たちが大体何処に居るのかは分かった。
しかし、それが分かった事で、私は却って不安になった。そしてそれは、三本目の梯子が現れた事で決定的になった。
「ちょっと、皆」
私は、足を止めて皆に呼び掛けた。
「これさ……どう考えても、もうB棟の地下の方まで行ってない?」
「……やっぱり、依里もそう思う?」
未来は、私よりも早い段階でその事に気付いていたようだった。
「思ってたんだ。幾ら何でも、迷路すぎる。下水道って訳でもないようだし、何の為に作られた空間なのやら──」
「それにさ」
将が容喙した。
「交換が必要な機械なんて、何処にもないじゃないか」
その一言で、皆は沈黙した。
やがて、
「引き返そうか?」
未来がそう言った。私たちはお互いに顔を見合わせ、どうしようか、と無言で確認し合ったが、
「行けるとこまで行ってみようよ」
そう言ったのは、環だった。
「依里が地図描いてくれてるんだし、引き返すならいつでも出来るでしょ? それに管理人さんが言ったみたいに動物の出入りしている所があるなら、A棟の外まで地下が広がっているのは想定の範囲内だったし」
「……まあ、そうだな」
隆矢が肯き、私たちも顎を引いた。
暗がりの中を進んでいる事で気味の悪さは感じ始めていたが、やはりここで探索を打ち切ったのでは不完全燃焼感が拭えない、という気持ちは私たち皆の中にあるようだった。
分岐は全て行き止まりになるまで調べながら進んだので、予想以上に時間が経っていたらしく、既に十一時を過ぎていた。子供用の腕時計でそれを確かめると、昼ご飯の都合もあるので十二時になったらどんなに途中でも引き返す事にしよう、という事で話がまとまり、私たちは再び進み出した。




