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「マヨイガ」(『晩歌 -BANKA-』)⑤


          *   *   *


 祖母の生家は、今となっては昔程大勢の人が出入りしているという訳ではないようだった。畑も、家に居る若い世代──といっても祖母の甥に当たる、殆(ほとん)ど私の母と変わらない年齢の男性とその奥さんだけで、彼ら夫婦の子供たちは私の兄と同じく大学入学と共に一人暮らしをする為に家を出たらしい──が管理出来る程度の規模まで縮小され、かつての農道沿いには家々や比較的新しい店といった建物が建ち並んでいた。

 祖母の兄姉たちには、祖父が現在の祖母と同じような状態になった頃から度々お世話になっていた。祖母はその頃、彼らに時折顔を出して貰うだけでも精神的にかなり違う、と感謝を口にしていた。

 私が電話で、個人的に訪問したいという旨を告げた時、その兄の方──私にとっての大伯父に当たる敏郎(トシロウ)おじさんは突然の事に驚いてはいたが、祖母の事について話があるのだ、と言うと、直接会いたいと言った事で何かを感じたのだろう、すぐに了承してくれた。それより少し前に、祖母が施設から外に出ようとして骨折した例の一件については母から連絡が行っていた。

 私が家を訪れると、祖母の甥夫婦は在宅中だった。最後に彼らと顔を合わせたのがいつだったのか、私は思い出せなかったが、歩美という名を名乗ると彼らは「覚えているよ」と微笑んだ。

「ごめんね、本当は私たちも、一度はそっちに行きたかったんだけど」

 母の従兄(いとこ)に当たる義史(ヨシフミ)さんはそう言ったが、私は「お気になさらないで下さい」と首を振った。

「玄関とかトイレとかの手摺りを取り付けたり、そういう工事をして下さった勝俣(カツマタ)さん──彼と連絡をつけて下さったのは、義史さんだと聞いています」

「いや、本当にその程度しか出来なくて。……そうだ、歩美ちゃんは今日、お父さんに話があるとかって言ってたね」

「はい。敏郎おじさん、ご在宅ですか?」

「最近じゃ、ずっと家に居るよ。昨日連絡を貰った時から、歩美ちゃんに会えるのを楽しみにしていた。ああ、ずっと玄関先で立ち話っていうのもあれだね。どうぞ、上がって上がって」

 彼に促され、私は「お邪魔します」と断りながら上がり込む。

 彼ら夫婦に案内され、奥の座敷に行くと、敏郎おじさんは昔からの趣味だというお茶を淹れながら待っていた。

「よく来てくれたね、歩美ちゃん。最後に会ったのは一ヶ月前……いや、もう二ヶ月前になるのか」

「その節は、お世話になりました」

 私は頭を下げる。

 敏郎おじさんは普段通りのにこやかな表情を湛えていたが、ここ最近は眠りが浅いのだろうか、両目はやや落ち窪み、その下には濃い隈が出来ていた。

 祖母の転倒と骨折について母から連絡が行ってから、彼は妹が自分よりも若い年齢にして寝たきりの状態となったという事が酷く堪えているのかもしれない。祖母の認知症の事を告げた時も、表では平静を装っていながらも動揺は滲ませていたという事だったし、追い討ちを掛けられる形となったのだろう。

「聡子(サトコ)の事について、って言っていたね。歩美ちゃんも大変だろう、お家も色々慌ただしくなっただろうし」

「ええ……」

 どう応えたらいいのか分からず、私は曖昧な返事をする。

 現在私は、兄が帰って来てくれていて良かった、と思っていた。今、最も神経が張り詰めているのは母だ。母と二人だけの状態で家に居るのでは、私としてもどのような顔をしていればいいのか分からない。

 しかし、あまり愚痴っぽくなっても敏郎おじさんを困らせるだけだと思った為、私はすぐに本題に入る事にした。

「お祖母ちゃんが転倒した時の事について、おじさんは何処まで詳しく……?」

「ああ、本当に大まかな事だけだよ。施設から外に出ようとして、入口の所で転んだって」

「ここ最近、お祖母ちゃんが言っていた事については?」

「いや、特には」

 私はそこで、自らを落ち着かせるように深呼吸をしてから言った。

「お祖母ちゃんは、ずっと『帰らなきゃ』って言い続けているんです。ここの山の中で小さい頃の友達が訪れたっていう家に……だから、もしかしたらそこに行こうとして、転んだんじゃないかって」

 私は、兄が推測していた事と「マヨイガ」の話について敏郎おじさんに語った。彼も、義史さんたちも、私が説明する間は一切口を差し挟む事なく話を聞いてくれていたが、来る直前に乃由から聞いた隠れ里に関する事に話が及んだ時、まさか、というような表情になった。

 やがて私が話し終えると、敏郎おじさんは卓上で湯呑を握り締めながら、「そうだったのか……」と呟いた。

「聡子は、『マヨイガ』と言ったんだね?」

「はい、確かにそうと」

「歩美ちゃんの言う通り、確かめる事はもう出来ないのだろうけど」

 彼曰く、親戚の殆(ほとん)どが高齢になり、義史さんたちにとっても処分に困るものを遺すよりはという事で、祖母の友人が幼い頃にマヨイガに行き会ったという裏山は権利を手放す事にしたらしく、最近では弁護士との間で話し合いが進められているという事だった。

「お祖母さんが──私や聡子の、死んだお祖母さんだけどね、その人が語った、山の中で不思議な家に行き会うという話は本当だよ。けれど、そこに『帰りたい』という事を言ったのは、聡子が初めてだ」

「そうですか……」

「ただ、聡子の中でも色々と記憶が混ぜこぜになっているかもしれない。マヨイガではないが、この辺りに住んでいた昔の人たち、そうだな、丁度私たちの世代が最後になると思うんだが、そろそろお迎えが来るという時になると、何処かに行かなければと言い出す老人は以前から一定数居た」

「何処か?」

 私は、乃由の曾祖母が言っていたという事もそれなのだろうか、と考えた。

 敏郎おじさんは湯呑を置くと、やや寂しそうな表情を湛えて言った。

「蓮台野(れんだいの)、っていうんだ。聞いた事はあるかな?」

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