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「マヨイガ」(『晩歌 -BANKA-』)③


          *   *   *


 青空文庫で、パブリックドメインとなっている『遠野物語』を読み返し、マヨイガに関する記述を探した。山の中で行き会う不思議な家については昔から民間伝承でしばしば取り上げられるが、このマヨイガ──原文中では「マヨヒガ」──、迷い家(が)とも呼ばれる存在が広く人口に膾炙したのは、やはりこの書籍で取り上げられた事がきっかけだったらしい。

 曰く、小国(おぐに)の三浦という「村一の金持」は、二、三代前の主人の代まで家が貧しかったのだが、妻がこのマヨイガに行き会った事で家を興す事に成功した。その妻は川で蕗を採る為に山の中へと入って行き、マヨイガに行き着いたという。彼女はその家に辿り着いた時、「山男の家ではないか」と恐ろしくなってそのまま逃げ帰ったというが、その後またある日、洗濯をしている時に川上から赤い椀が一つ流れて来た。その椀でケセネ(穀物全般)を量ると、いつまでもそれが尽きる事がなくなり、それから家は幸運に向かい始めたという。

 マヨイガに行き当たったら、その家にあるものは何でも持って帰って来てもいい事になっているが、その女は無欲だった為、椀の方から彼女の元へ流れて来たのだろうという事だ。

 また、栃内(とちない)村の山崎という家の婿も、この話から六、七年前、実家に行こうとして山道で迷った時、マヨイガに行き会った。婿はやはり怖くなって引き返したが、この家をマヨイガと見た山崎家の人々は彼を先頭に立て、長者になるべく財を持ち帰ろうとそれを探したが、婿が辿り着いた家のある場所にやって来ても、そこには何もなかったという。

 これらの話に登場するマヨイガは、祖母の幼い頃の友人が山の中で遭遇したという謎めいた家と、酷く特徴を同じくしている。祖母がマヨイガからやって来たという話は無論思い込みだろうが、祖母がその話をするようになった事には、やはり昔、その地域の言い伝えとして身近な大人たちから聞いたマヨイガの話が何らかの作用を与えているのだろう。

 しかし、母が最初に祖母からマヨイガの話を聞いた時、祖母はその後、家から何も持たずに下山して来たその友人が、『遠野物語』で言及されている三浦の妻のようにその後マヨイガからの幸運な贈り物を手にする事が出来たのか否かという事については語らなかったそうだ。

 私はこの話を知った時、祖母が何故マヨイガが帰るべき自分の生家だという空想を持つようになったのかという事について考えた。

 その発想が生まれたのがつい最近なら、兄が推測するように、やはり殊更(ことさら)に意味を持つ事ではないのかもしれない。だが、以前から祖母の心中にそのような考えが存在していたのだとしたら。

 昔の事だとしても、それがいつの事なのかははっきりとしないので確かな事は言えないが、祖母にとってマヨイガとは、幼年時代を過ごした故郷に於ける”幻想”の象徴だったのではないか、と私は思っている。

 遥か昔の事を考える時、存在するはずのなかった光景が懐かしくなる事があり、私はそれを「心象風景」と呼ぶのだ、と考えていた。

 私の場合、それは、現在ではコンビニエンスストアの駐車場となっている、家の前から道路を挟んだ場所が空き地だった頃、そこで遊んでいて家の方を振り返った時の事だ。そこに立つ家は、子供が絵に描くような瀟洒な赤い屋根で、風見鶏が立っていた。空は薄曇りだったように思う。だが無論、自宅がそのような外見だった事はないので、私がこのような光景を見た事は有り得ない。

 祖母も、それと同じようなケースなのではないか、と思う。成長するに連れ、祖母は自らの頭の中にある、マヨイガに居たという思い出が事実であったはずがない事を理解し、いつしかその事について考える事もなくなった。だが、現在は精神が幼少期に遡っている事で、それを再び本当の事だと思い始めたのではないか。

 一九七八年の宮城県沖地震で当時住んでいた大船渡の家が被害に遭ってから、祖母たちは親戚を頼ってこちらの市へと移り住んで来たものの、その家の奥さんは祖母たちの一家を煙たがっていたらしい。いつか、まだ健康だった頃の祖母から思い出話の一環として聞いた事だが、そちらの奥さんは婿を取る形で主人と結婚したらしく、生まれはその家だった。そちらは祖母が生まれた遠野の家と比べればずっと財産は少なく、生活も決して豊かとはいえなかったので、彼女からすれば地主の家を離れてそのような父親と結婚した母が、わざわざ苦難の道を選び、娘にも同じ道を歩ませたと思っていたらしい。昔の事で、彼女には成人する以前から婿取りの話が決められていたので、家を出るという選択肢もなかった。故に、母親の実家であった遠野の家には屈折した羨望──言い換えるならコンプレックスという事になるのだろう──があったのではないか、と祖母は推測していた。

 ともかく、こちらに移り住んで来た祖母たちは、その女性から事あるごとに悪意のある言葉を投げ掛けられたり、陰湿な嫌がらせを受けたりする事があった。祖母もまた、しばしば私生活の面で嫌味を言われたそうだ。祖父と結婚し、家を出るまでの間の事を、祖母は「ずっと苦痛だった」と語っていた。

 当時女学生だった祖母が環境の変化で悶々とした日々を送る中、理想的な生活として思いを馳せる事があるとすれば、それは遠野に居た頃の思い出だったのではないだろうか。

 そして、ともすれば帰りたいとすら思うその頃の思い出は、心象風景として浮かんでくる、足を運んだ事のないながら酷く情緒に訴え掛けてくるマヨイガに象徴されたのではないか──。

 勿論、何ら根拠はない事だし、自分でも「こじつけもいいところだ」と思うような推測だった。

 しかし、幼少期に友達が本当にその不思議な家を訪れたのだと考えるよりは、現実に近い話なのではないかと思う。


          *   *   *


 祖母が、存在するはずのない”生家”を訪れる為に外に彷徨い出ようとしたのではないか、という兄からの推測を聞かされてから、私の中でマヨイガという言葉は、それまで祖母から直接、或いは母や兄から口伝(くちづて)に聞いた時よりも、より一層実体のあるものとして考えられるようになった。

 想像するとまず浮かんでくる光景は、獣道だ。鬱蒼と木々の生い茂る中、熊笹などの薮を掻き分けて進んだ先に、不意に開けた空き地が見え、そこに昔のドラマなどで目にするような、上部に瓦屋根の付いた築地(ついじ)塀に囲まれている、立派な門のある屋敷が姿を現す。

 但(ただ)し、たとえマヨイガという家が実在するものだったとしても、伝承の通りだとするならば辿り着く事は出来ない。そこに行こうと考えた時点で、それは家を探し出そうとする事に他ならないのだから。

 私はそれからも、何度か祖母の元を訪れた。だが、面会出来そうだ、と施設の職員から言われ、都合がついても、いざ私が行く段階になると混乱が始まり、行かなければ、と呟きながらベッドから起き上がろうとする事も増え、なかなか落ち着いて会う事は出来なかった。

 腰椎を骨折している為、無論立ち上がる事は出来ない。だが、そういった時の祖母は、自らがその怪我を負った時の事を覚えていない為、体が思うように動かない事に戸惑い、怯えを感じているのだろう、パニック気味に辺りを殴りつけたりする事もあるという話だった。母は私や兄に、そういった時にはあまり会う事は控えた方がいいだろう、と、やんわりと言った。

 危ないから、というよりも、私たちがショックを受けるだろうから、というのがその意図のようだった。

 はっきりとそう語られる事はなかったが、私はそうだろうと思った。

 私は施設への入居後の祖母とは直接会った事があり、話もしたので慣れたつもりでいた。が、入居して最初に祖母と会い、帰る段階になった時の事がトラウマ──といったらやや大袈裟になるが、酷く心に応えているのではないか、という事を母は懸念しているらしい。

 祖母の精神は現在幼少期に遡っていながら、母や私たち兄妹を娘や孫と認識出来るだけの記憶は残っている、という事は既に述べた通りだ。特に、私たちが面会可能な時、状態が安定している時にはその記憶ははっきりしたものになるが、それ故に陥らざるを得ないジレンマだった。

 帰り際、私たちと一緒に帰る、と祖母が言い、涙を見せ、それでも施設に置いて来ざるを得なかった時。その後も何度か会い、スムーズに帰途に就く事の出来た日もあったが、次の別れの時がいつ最初と同じような苦いものになるかという事を、母は毎回恐れていた。

 そういった中で、祖母が心の中のマヨイガに「帰らなければ」と言い出すようになった事は、祖母の心が既に、私たちでは手の届かない場所まで行ってしまっているかのような気にさせる事だった。

 ──最後に、自分たちの事を家族だと認識して貰えないままお別れをする事になるのは嫌だ。

 誰もがそう思っていた。

 マヨイガなど、あるはずがない──私は、幾度そうして、否定の言葉を口にしたくなっただろう。

 けれど、決してそれをしてはならない事は最初に教えられていたし、もしそうでなかったとしても自ずと分かる事だった。

 それをした時、祖母の最後の記憶は失われてしまうのだろう、と。

 それが、たとえ存在するはずのない記憶だったとしても。

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