「マヨイガ」(『晩歌 -BANKA-』)②
* * *
「本当に、直前までは落ち着いていたんだ。スタッフさんが、おやつのお盆を下げる為にちょっと部屋から出ている間に、もう玄関の方まで行ってしまっていたって話だった」
前庭のベンチに腰を下ろしながら、兄は祖母が転倒した時の詳しい話について私に語ってくれた。
「頭の方が先に来ただけで、運動機能自体は他の入居者の人たちと比べても落ちていない方らしい」
「お祖父ちゃんもそうだったよね。転んだら危ないからって杖持たせたのに、持たずにコンビニまで歩いて行ってたり……」
「お祖母ちゃん、階段登った事があっただろ? 比較的ってだけで、衰えが来ていない訳じゃない。上り下りが危ないからって部屋を階下に移したのにさ。けど、これについてはやっぱり、気持ちの持ちようもあるんだと思う。今、お祖母ちゃんは自分の事を若いって思い込んでるし」
兄は言ってから、「やっぱり」と独りごつように繰り返した。
「今回の一件も、お祖母ちゃんがよく言うようになったあの事と関係があるんじゃないかって、俺は思うんだけど」
「あの事?」
聞き返してから、すぐに私は思い至った。
「……遠野に居た頃の」
「ああ」
神妙な面持ちで肯いた兄に、私はまた無言で唇を噛んだ。
幼少の頃に戻ったような言動をする事のある祖母だが、その事については私も直接本人の口から聞いた事があった。母も、祖母が会う度にその話をするのだ、と言っていた。
「妄想なのか、思い出なのかはよく分からないんだけどね」
最初は母が聞いたらしく、私は彼女経由でその話を知った。
祖母は、十塚家に嫁いで来る以前から市内には住んでいたものの、生まれは岩手県の遠野だった。女学校への入学と同時期に大船渡へ移ったが、宮城県沖地震で当時住んでいた古い家が全壊し、その頃から十塚とも交流のあった親戚を頼ってこちらにやって来たらしい。
祖母が幼少期を過ごした家は、その辺りでは「地主」のような立ち位置だったらしく、大勢の労働者が田んぼや畑の仕事の為に出入りしていたという。戦後は農地改革によって地主・小作制度が廃止された為、厳密にはそのようには呼ばないのだが、父親──私の曾祖父という事になる──が地元の農業組合では中心的な人物で、それなりに広範囲に地権を持っていた。
今では権利がどうなったのか分からないが、小規模ながら山も所持しており、幼い頃の祖母はそこで山菜を採ったり、親同士に繋がりのあった子供たち同士で遊んだりしていた。
ここからは母が祖母の発した言葉から、要点をまとめると恐らくこのような事があったのではないかと推測した話だ。
その時も祖母は、数人の友人と共に山の中でかくれんぼに興じていた。友人の一人はその際、つい張り切りすぎたらしく、普段は山菜採りでもそこまで深い場所には立ち入らない、という程深い所まで行ってしまい、最終的には遊びに参加していた全員で探したものの発見する事が出来なかった。
幼い子供たちは泣き、麓の屋敷や畑で働いていた大人たちに事の経緯を話し、すぐに大勢が駆り出されて捜索が行われる事になった。だが、その結果も芳しいものではなく、連日それは続けられた。
山に入って行ったその子自身が迷子になり、戻って来られないのだろうと思われていたが、捜索が三、四日目になった時、俄かに大人たちの間で、その子が神隠しに遭ったのではないかという声が上がるようになった。
柳田国男の『遠野物語』でも分かる通り、遠野地方は日本の民俗学、特に妖怪等の伝承や民間信仰のメッカともいわれる場所だ。時代がどれだけ移ろえども、やはり超自然的な事象を、現実問題として起こってもおかしくないという可能性の中に含めて考えるのは、その地方に住む人々に深く根差した、エートスとも呼べるような傾向なのかもしれない。
しかし、あと何日か捜索を続けて見つからなかったら打ち切ろう、という話が出始めた──通報して警察や消防(レスキュー隊)を動員しなかったのか、という事については、祖母が語らない為定かではない──時、失踪したその子供はふらりと山の中から姿を現した。
子供は、山の奥に入るうちにやはり迷子になってしまい、そのまま日が暮れてしまったものの、たまたまそこで”家”を見つけて一晩を明かさせて貰った、と大人たちに語った。一週間近く行方不明になっていたというのに、衰弱した様子も、それどころか少し痩せたという印象もなく、大人たちはそれで、彼女──その子供は女の子だったらしい──にとっては、やはり姿を消していた期間は一晩だけだったのかもしれない、と囁き合った。
勝手をよく知る山の中で、日が暮れるまでに戻れない程に迷子になった事も、それから一晩を過ごしただけでごく普通に戻って来られた事も不思議だった。が、何よりの疑問は、彼女が行き会ったという”家”の事だった。
言わずもがな、その山は祖母の実家で管理しているものであり、誰かが家を建てて住んでいるなどという事は有り得なかった。しかし、その頃は隠居していた祖母の祖母、私の高祖母に当たる人が、その事について心当たりがあったらしく、推測を口にした。
マヨイガ、というのが、その家の事らしかった。
その家を訪れた子供曰く、建物は山の中にあるのが場違いな程にしっかりとした造りで、あばら家のようでもなく、中では釜でご飯が炊かれ、味噌汁まで作られて夕餉の支度がされていた。にも拘わらず、人の姿どころか気配すらなく、子供ながらに昔話の「三枚のお札」に出てくる山姥の家ではないかという事を考えて最初は恐ろしさを覚えたという。しかし、やはり暗くなった山の中を歩く事の方が怖かったので、無断で上がり込んで申し訳ないと思いながらもそこで体を休める事にしたのだ、という事だった。
その特徴が、その地域ではマヨイガと呼ばれる家そのものだった。それは山の中で時折出現する不思議な家で、同じ場所を訪れても二度と現れなかったり、反対に何もなかったはずの場所に現れたりする事もある。訪れた者に幸運を授けてくれる家であり、マヨイガに行き会った場合は、その中にある道具は何でも好きに持ち帰っていいとされる。しかし、逆に欲をかいてマヨイガを訪れようと者は、どれだけ探しても家を発見する事は出来ない。
祖母がその存在を知ったのは、まさにその時だった。それから、祖母は自分でも少し異様に思う程、そのマヨイガに心を寄せるようになった。
この「異様」という言葉は、実際に祖母が語りの中で用いたそうだ。
祖母は何故か、幼い頃の友人が見たというその家の全貌を、ありありと脳裏に浮かべる事が出来るという。それは懐かしく、長い旅から帰って来た時のような安心感を覚えさせるもので、ともすれば「帰りたい」という気になって涙が出そうになる事すらあった──らしいが、これを伝聞調で私に伝えた母も、今一つその解釈で合っているのか自信がない、と言っていた。
祖母の語りが要領を得ないのは最初からだが、実際にマヨイガと呼ばれるその家に言及してからというもの、祖母はその家に想いを馳せていた頃の自分の事を語っているのか、現在進行形で心の中に存在する、未だに失われざるその家への憧憬について語っているのか判断がつかなくなったそうだ。
祖母は、自分がそのマヨイガからやって来たのだ、という記憶を持った事があるらしい。
それが、かつてそう思っていた自分の事を述懐しているのか、今でもそう思っているのか、或いは心が幼少期に遡っている事で、再びその当時の──思い込み、と言えば大雑把な言い方になるが、その存在するはずのない記憶に遊んでいるものなのかは分からない。だが、その後兄は直接祖母の口から、その家について語る言葉を耳にしたという。
「そろそろ、私も家に帰らなくちゃいけない時が来たのかもねえ、ってさ。多分それも、話に出てきた家の事を言っているんだろう」
兄はそう言った。
「まあ、妄想には違いないんだろう。今だって、お祖母ちゃんが生まれた家に連絡を取ろうとすれば繋げる状態だ。だけど、何処から何処までがそう言っていいものなのかは分からない」
「何処から何処まで、って?」
「小さい頃、友達が山の中でその家に行き会った、って事とかさ。普通に考えたら有り得ないよな。そもそも、母さんは建て替えられた後のお祖母ちゃんの実家に行った事があったって言っていたけど、その山もそんな、子供が遭難するくらい深いものでもなかったってさ」
ともあれ、と兄は続けた。
「最近さ、歩美も聞いただろう? あんまりにもお祖母ちゃんが、帰らなきゃ、帰らなきゃって繰り返すものだから、こういう事があるとどうしても考えちまうよな。お祖母ちゃん、その家に行こうとしたんじゃないか、って」
「ここから遠野まで、どうやって?」
「さあ。けど、お祖母ちゃんは『行ける』って信じていたから、そういう行動を取ったんじゃないか? 今後もこういう事が続くようなら、施設の人とも話し合う必要が出てくるけど……でも、そうだな。骨を折ったって事だから、当分は一人で出歩く事はないだろう」
こんな事で安心するのもどうかと思うけどさ、と兄は苦笑を浮かべた。
私は、何と言っていいのか分からない。




