「マヨイガ」(『晩歌 -BANKA-』)①
バレー部の合宿で県外の旅館に泊まっていたので、その日のうちに病院に駆けつける事は出来なかった。
特別養護老人ホームに入居していた祖母が、施設の外に出ようとして玄関先の段差で躓き、転倒して腰椎を折ったという報せは最初、施設から母へと伝えられ、それから兄、私へと伝達された。
合宿は今日で終わりだった。兄は市内の大学に通い、学校の近くの学生アパートに一室を借りて一人暮らしをしていたが、夏期休暇中は自宅に帰り、家の諸々の事を手伝ってくれている。その時も彼は家に居り、派遣先の職場で報せを受け取った母から真っ先にこの事を伝えられたらしいが、その時彼は、私には合宿から帰って来るまで告げない方がいいのではないか、と言ったそうだ。
『確かに死ぬ程の事ではなかったんだし、伝えても今すぐ帰って来いって言う訳にも行かないし、歩美がその気になってくれたとしても、県外に居たんじゃ帰って来るのも大変だし……そう、翔には言われたんだけど』
結局、母は私に電話を入れてきた。けれどやはり、私は連絡して貰って良かったと思う。
『無理に帰って来いなんて言わないわよ。本当に大丈夫だから……翔にも、実を言うと留守番くらいしかして貰う事がないもの。だけど、やっぱり彼もお見舞いには行きたいって』
「それは私もだよ、お母さん」
旅館のロビーの隅でスマートフォンを耳に当てながら、私は電話の向こうに居る母に言った。
「何かあった時の為に余分なお金を持って行けって言ったの、お母さんだよ。高速バスに乗るくらいなら問題ないし。それに、合宿も三日目は殆ど皆で遊ぶみたいなものだから」
私は、母がそれ以上を言う前に、一方的に「帰るからね」と宣言した。
顧問の先生は、私が事情を説明すると、すぐに了承してくれた。骨折の処置は施設の嘱託医師がやって来て、祖母の入っている部屋で行ったという事だったので、私は直接施設に行けば良かった。
ジャージを着、宿泊先に持って行った荷物を抱えたまま、私は施設へと足を運ぶ事になった。
その施設は、市内の中心部から電車で十五分程の所にある山の上に位置し、都市部の喧騒からは隔てられた静かな環境の中にあった。
私が行くと、玄関先で兄が職員と何やら話をしており、私は「あれ?」と首を傾げた。彼は、家で留守番をしていたのではないのか。
職員が建物の中に入って行くのを待ち、お兄ちゃん、と声を掛ける。
「歩美?」
兄は驚いたように振り返り、それから「しまった」というかの如く左手で頭を押さえた。
「母さん、歩美が帰って来るまでは待てって言ったのに」
「そんな事ないよ。私だってお祖母ちゃんの事、心配だったんだから」
私が言うと、兄はふうっと溜め息を吐いたものの、来てしまったものは仕方がないと割り切ったようだった。
「お母さんは? 一緒じゃないの?」
「お祖母ちゃんの部屋に居る。さっきまでは俺も一緒だったんだけど、二人だけでしたい話もあるだろうからさ。それに俺も、無理を言って着いて来たんだし。今、家が空っぽなんだよな」
兄の言葉を聞いて、私はひとまずほっとした。
「お祖母ちゃん、今喋れる状態なんだ」
「転んだ時の事は、よく覚えていないみたいなんだ。でも、落ち着いてる方だな。俺たちが来るちょっと前までは、混乱してたって」
「そっか……」
私は少々唇を噛み、バッグのストラップを握り締めた。
* * *
同居していた八十五歳の祖母が、認知症の診断を受けたのは昨年の年度替わりの頃だった。
同居している、というよりも、シングルマザーの母と私たち兄妹が、母の実家である祖父母宅で暮らしている、と言った方がいい。祖父は一昨年、私が中学校を卒業する頃にこの世を去っていたが、やはり晩年は現在の祖母と同じく認知症が進行していた。
五人家族の生活は、大部分が祖父母の年金による収入に依存していたが、無論母も働いていた。私や兄も学校に通っているので、祖父の介護は必然的に祖母による老老介護──ケアマネージャーの手は借りたが──とならざるを得なかった。現在の祖母と同じく施設に入居させるという事になれば、要介護認定では条件を満たしていたものの、経済的な理由や、何よりも祖母が「可能な限り自宅に居させてやりたい」という意向を示していたので、最終的には祖父はその生涯を閉じるまでの間を自宅で過ごす事となった。
祖父が逝った事で、祖母もそれまで自らは倒れまいと張り詰めていたものが急に切れたようだった。昨年、祖母は脳出血──脳溢血という程ではなく、脳髄液中に薄く血が滲んだ程度だったが──によって軽い手術を受け、その際、認知機能に以前より低下が見られるようになるかもしれない、という事については医者から説明を受けていた。
言動に徐々に混乱が見られ始め、認知症の診断を受けてから、大学入学から二年目になろうとしていた兄は、母は仕事を辞める訳には行かないので自分が自宅に戻って祖母の介護をしようか、と言った。が、母はそれによって兄の勉強が出来なくなる事は避けねばならないと言い、祖母を施設に入居させるという決断を下した。
以降の進行は、まさしく坂を転がり落ちるかのような速度だった。とはいえ、記憶に混濁があり、言動にも感情を制御出来ないような様子は見られたものの、状態が安定している時には現在でも穏やかに会話する事が出来る。
これまであちこちで患者との付き合い方については耳にした事があり、医師やケアマネージャーらからも言われた事だが、認知症の患者に対しては、決して相手の口にした事を頭ごなしに否定してはならない。時には真夜中に「出掛ける」と言い出したり、幼児退行して既にない幼稚園に行こうとしたり、数分おきに食事を求めたりする事などもあるが、あくまでも話を聴き、時計を見せながら「今何時?」と尋ねる、それに反応があれば「今は何々時だからまだ夜だよね」「夜が明けたら行こうね」と返したり、取ったばかりの食事を要求された時には、今食べたでしょう、などと言うのではなく、「今何々をしているから、これが終わったら何か作るからね」と返したりする。
だましだまし、と母は言っていたが、やはり要領を得るまでは私たちにも苦労があった。特に、母は仕事との両立──施設の入居に関する諸々の手続きが済むまでの短期間は祖母の介護は自宅で行っていたが、その間はヘルパーに来て貰っていた──に悩み、元々祖母には厳格で、頭が固いという面もあり、母娘の仲が極めて良好という訳でもなかったので、しばしば衝突はあった。無論、それでも母は、私たち兄妹を連れて実家に帰った自分を拒まず、私たちが幼い頃は自分が仕事に行っている間に面倒を見てくれるなどもした両親に感謝している、と言っていた。
母が働いている間、家での洗濯や炊事は祖母の役割で、当然家族が多ければ食費や生活費も掛かる。だから祖母は、祖父の退職金や彼らの受給する年金で「穏やかな老後」を送る、とは決して行かなかった。
私も兄も昔から感じやすかった為、言っても仕方のない事だし、本当はそのような事を子供が考えるものでもないのかもしれないが、自分たちの居るせいで祖父母に迷惑が掛かっているのではないか、などと悩み、直接的に祖母に対してその不安を打ち明けてしまった事もある。
祖母はそれに対して、当然のように「そんな事はないよ」と返したが、孫からそのような事を言われたらそう返さざるを得ないだろう、とは思っていたので、それだけで安心する事は出来なかった。
とはいえ、祖母からの愛情を疑った事はないので、今となってはそのような不安が胸中を満たし、泣きたいような気分になる事はずっと減った。最近では、やはり突然の事であった故に受け入れ難いという気持ちはやはりあるものの、祖父の前例もある為、来るべきものが来た、と受け止めている。
私も時折この施設を訪れ、担当のスタッフから話せると言われた時には祖母と会話をする。
祖母は、私が孫娘であるという事は認識しているようだが、やはり自分の事は私が生まれる以前の頃の自分だと思っているようで、その事に、私では想像も出来そうにない矛盾を感じているようだった。
だから私は、今最も苦悩を抱えているのは祖母自身なのだと思っている。
ご精読ありがとうございます。本日より第六弾「マヨイガ」の連載を開始します。題名は東北地方の伝承に登場する、山の中で行き会う不思議な家の事ですが、これについての詳細な説明は明日以降の投稿をお待ち下さい。
これまで投稿してきた五編は、主人公(ヒロイン)たちの「語り」を意識して書いたゲームシナリオの文章を下敷きにしていた為ですます調でしたが、書き下ろしの本作と第七弾はオーソドックスな語り口です。やはり私としてはこちらの方が書きやすいと感じます。それから、これまでの五編はゲームでルート分岐があった為、小説にもそれを示唆するような箇所は残りましたが、第六、第七弾は特にそういった事は意識せずに書きました。
ヒロインである歩美の名字は、本日の投稿箇所ではまだ登場しませんが「十塚」です。第五弾までの間に六から九までの数字がつく名字の人物は出してしまったので、残り二編のヒロインの名字は「十」と「百」がつくものにしました。サブキャラクターには名字を設定していませんが、これは本作ではそういったポジションのキャラが居ない為、第七弾は一人に決められなかった為です。




