「精霊」(『晩歌 -BANKA-』)⑤
* * *
「蜻蛉、やっぱり今年はやけに多いよな」
裏山で遊んでいる最中、リョウがぽつりとそう呟きました。
私は、ああ、と思いました。
「秋にはまだ早いのに」
その年は、確かに八月の頭から、街を埋め尽くさんばかりに沢山の蜻蛉が飛んでいました。蜻蛉は基本的にそこまで羽音を立てずに飛ぶものですが、やはり大量に居ると音が聞こえるようになります。
本当に微かな音なので、私は最初、街の何処に居ても聞こえるそれが「音」である事にすら気付きませんでした。近しい例を挙げるなら、都会に行った時、ずっとゴーッという音が響いているあの感覚に似ています。リョウに言われて初めて、私はその事に意識が向きました。
最初にその羽音に意識を向けた時、聞き覚えのある音だ、と思いました。何処で聞いたのだろうか、と考え、暫らくしてからようやく、それが空気の如く、ごく当たり前に私と共に在った事を知ったのです。
「ショウリョウトンボかな?」
呟く彼に、私は「ショウリョウ?」と首を傾げました。
「大量じゃなくて?」
「『精霊』って書いて、『しょうりょう』って読むんだ。ショウリョウバッタとかと同じ意味だよ」
「精霊って、妖精の事?」
確かに私がパッとイメージする妖精の翅は、蜻蛉のそれのように透き通っているけれど、と思っていると、リョウは「そうじゃなくて」と首を振りました。
「精霊っていうのは、人の魂の事だ。お盆になると、ご先祖様の魂があの世から帰って来るっていうだろ? ショウリョウトンボは丁度その時期になると見られるようになるから、その魂を運ぶっていわれるんだって」
「でも、幾ら何でも八月の頭からじゃ早すぎるよね?」
私が彼からお別れを切り出された、八月一日。あの日もやはり、沢山の蜻蛉が飛び交っていました。
それら全てが死んだ人の魂を乗せて飛んでいる、なんて考えると、ちょっと不気味な気もします。
しかし、お盆に帰って来る「精霊」というのは、今生きている人たちにとっては大切な誰かの魂で、怖いものとかではないんですよね。むしろ、身近な誰かを亡くした人たちにとっては、そういった精霊との再会は、心待ちにすべき事であるのかもしれません。
歳を重ねるのを傍で見てきて、その時が訪れるのを静かな気持ちで待てるようになった、という以前に、ある日突然お別れをする事になってしまったという相手であれば、特に。
そう考えた時、私の脳裏にちらりと過ぎったのは、あの、ポストに手紙を入れていたおばあさんの姿でした。
……………
私が呼吸すら忘れるような衝撃に打たれたのは、その時でした。
どうして、それまで考えも──否、気付く事すらもしなかったのだろう、と思いました。
幾度も遊びに行ったリョウの家が、いつもあのおばあさんがベランダから歩道を見下ろしていた、アパートの部屋だという事に。
* * *
考える事を忘れていたあのポストの事が、また頭に浮かびました。
私は自分の部屋で、インスピレーションが訪れるとはこういう事か、と思う程の速度で有機的に結合していく思考の断片に対して、止まれ、止まれ、と囁き続けていました。
そこまでを、考えたくはありませんでした。私はただ、同世代の皆が、どうしようもないと分かっていても「ああ、こうだったらいいのに」と気軽に口に出す程度の思いで、それを願っただけだったから。
──精霊がこの世に帰って来る期間が、お盆。
八月十六日は送り盆で、そうして帰って来た彼らが再びあの世へと戻って行く日です。
あの日、リョウは、よく考えてみれば「引っ越す」なんて一言も言っていませんでした。そして私が、新しい住所や電話番号を教えて欲しいと頼み込むと、それも無理なのだと。
私は、あのポストの噂の出所について、自分が巡らせていた想像が真実だったのかもしれないと思いました。ポストの所で柏手を打っていたおばあさんの願いは、叶えられたのだと。
でも、それならリョウは?
私は間違いなく、推測通りであれば願いが叶う前のあのおばあさんの姿を、この目で見ています。けれど、それ以前──ずっと前から、私とリョウは仲良しだったはずです。
……いや。
本当にそうだっただろうか、と私は考え、呆然としました。
思い出せなかったのです。私は、リョウとの出会いを。
それに彼も、自らが精霊だとは言わなかった。
私にとっては二回目となる八月二日からの彼の様子を見る限り、彼がポストに関連する自らの”事情”を知っていたとは、どうしても思えませんでした。
……………
私は、私がおかしいのか、それともリョウがおかしいのか、判断する事が出来ませんでした。
* * *
却って記憶に空白が生まれている事が、私にとっては大きな判断材料となってくれました。
私が思い出したのは、自分が何も覚えていないという事でした。
リョウとの出会いを始め、この夏休みの始まりも、最後にリョウ以外の誰かとお喋りしたのがいつだったのかも。
夏休み以前に自分が何をしていたのか、という記憶がまるでないのです。それ以降は彼以外の人に会った覚えもなく、それなのに小六の私は、どのように生活が出来ていたのか。
ただ確かなのは、それまで私が、その異常な状況を、何の疑いもなく受け入れていた事でした。
それは、夢を見ている時の感覚に近しいものでした。夢の中では、たとえどのようなおかしな出来事が起こったとしても、それに違和感を抱かず受け入れてしまうものです。
一度気付いてしまえば、その不自然な空白は私をぞっとさせるものでした。
最初にポストに手紙を入れた時の事が、あたかも何十年も前の事であったかのようでした。
考えに考え抜いた末、私の頭には荒唐無稽な──けれど、ある意味でははっとする程の筋の通った仮説が浮かびました。
リョウは、精霊ではない。
おかしな言い方に思われるかもしれません。言い換えるのであれば、きっとこの世界では、彼は交通事故には遭っていない。……そう、大事なのは「この世界」という部分です。
あのおばあさんは、彼との再会をポストで神様にお願いし、その結果、リョウだけが居るこの世界に入り込んだのでしょう。そして私もまた、何らかの弾みで同じ世界に来てしまった。
あのポストが立っているのは、私が以前居た世界と、この世界の狭間だったのではないか。
その世界で、私は更なる願い事をし、その結果、私は彼からお別れを切り出される事になった──。
きっと願い事は、二つ同時に叶えては貰えないのかもしれません。それは、神様が私たちにもたらしてくれたささやかな”特別”を濫用する事で、あまりにも欲張りな事だったから。
お盆の終わりと、リョウとのお別れ。
それは、彼が何処かに行ってしまう事を意味するものではなかった。私が元の世界に帰る、その時を示していたのです。
夏休みが、いつか終わりを迎える世界に。
──きっと私は、これまで何度も世界から、「帰る」という選択肢を提示され続けていたのだ。
そう思いました。しかし、私はそれを拒否して「彼と一緒に居たい」という事を願い続けました。
きっと、こんな事でも起こらなければ、私は気付かなかったのでしょう。そのまま永遠に、小学生最後の夏休みから先へと進む事が出来ず、「願い事の終わり」を願う事もなかった。
でも、考えてみれば、当たり前の事でした。
もしもリョウと、お別れをしなきゃいけないと言われたら。私は絶対に、それを望まないでしょう。
何故その時、私が「彼と一緒に居たい」を願った結果、それが叶えられたにも拘わらず、一度目の願い事によって彷徨い込んだこの世界から弾き出されずに済んでいたのかといえば、それはリョウがこの世界でない場所には存在出来ないからです。彼と一緒に居るには、私がここに居るしかなかった。
けれどいつかは、辻褄の合う瞬間は訪れるようでした。




