「映写」(『晩歌 -BANKA-』)③
* * *
これまでは、そこまで深い関わりのなかった私たちなので、当然のように私の方から私用で美嘉を訪ねて隣の教室に行く、という事もありませんでした。だから、翌日登校し、朝のホームルームが始まる前に隣に行って彼女を探した時、何処の席に座っているのかを見極めるのに少々手間取りました。
まだ登校していないのではないか、もしくは席を立って誰かとお喋りをしているという可能性もあるのではないか、といった事に思い至った頃、教室後方の窓際の机の所で彼女を見つけました。丁度今教室に入って来たようで、鞄のファスナーを閉めているところでした。
「あっ、居た居た! 美嘉ーっ!」
「夜宵……?」
彼女は振り返ると、ややぎこちなく片手を挙げてきました。
「……おはよう」
「おはよ、美嘉。……ちょっと、酷いじゃない。私たち、怒られるの覚悟で写真撮って来たのに。送っても、美嘉ったら全然見てくれないんだもん」
私が控えめに抗議すると、彼女はやや極まり悪そうに目を伏せ、視線を逸らしながら「ごめん……」と謝ってきます。何だか、先週までより元気がないみたいだな、と思い、少々心配になりました。
私もその──何というか、しおらしい感じに毒気を抜かれ、「まあ、いいけど」と曖昧に返します。
「それで、写真なんだけど」
一つ咳払いし、努めて声のトーンを変えながらプリントした例の写真を取り出しました。
「実物持って来たけど、直接確認してくれる?」
私がそう言った時、そこで美嘉の顔がはっきりと引き攣りました。その性質は、怯え──それから微かな怒り、葛藤……と、一瞬のうちに変化したように私には見えました。
彼女は下唇を噛み、やや暫し黙りこくっていましたが、やがて
「……分かった」
何やら覚悟を決めたように、重々しく顎を引きました。
私は取り出した写真を彼女に見せます。
「写ってるでしょ、白いもやもや」
「………」
美嘉は口を引き結んだまま、無言で写真を見つめていました。
「美嘉の撮った写真みたいに『○』には見えないし、やっぱりプリントミスだったのかな?」
独りごつとも、彼女に意見を求めるともつかない調子で私が呟いた時、矢庭に彼女が写真から顔を上げました。えっ、というような表情で、まじまじと私の顔を見つめてきます。
えっ、と思ったのは私の方です。
「な、何?」
「……マジで言ってる感じ?」
何が? と聞き返そうとした時、予鈴が鳴りました。
しまった、と思い、私は慌てて身を翻します。
自分の教室に戻るべくドアの方へと向かいながら、ちらりと美嘉の方を振り返りました。
「……そ、それじゃあ。何かまた変わったら、連絡するから!」
彼女はやはり黙ったまま、私の方を見続けていました。
その視線が、何だかいつまでも背中に残り続けているような気がしました。
* * *
放課後、物置となっている視聴覚準備室──私たち心霊研究会が部室として借用している部屋です──に行くと、いつもは先に来て待っている優芽先輩がまだ来ていませんでした。
十分程待ってから、LINEを送ってみようか、と私が考え始めた頃、丁度先輩が入って来ました。彼女は私が先に来ている事を確かめると、やあ、とおざなりに手を挙げてきます。
「お疲れ様、夜宵」
「お疲れ様です。先輩、遅かったですね」
「ごめん、ちょっと野暮用があってね。済んだからもう大丈夫」
取り繕ったような笑みを浮かべる先輩に、ややもすると彼女は、今日は顔を出さずにそのまま帰ろうとしたのではないだろうか、という考えが浮かびました。何故そのように思ったのかは、自分でもよく分かりません。
殊更に掘り下げるような事はせず、私は先輩が荷物を椅子に下ろすのを待ってから口を開きました。
「美嘉から頼まれていた例の写真の件ですけど、昨日LINEで送ったの、先輩は見ましたか? 変化……なのかはよく分かりませんけど」
「え、ええ。見たわよ」
一応既読はついていたので、そうだろうとは思っていたのですが。
先輩が「実物は持って来た?」と尋ねてきたので、私は写真を取り出します。彼女はそれを覗き込むと、スマホを取り出し、その画面と私の出した写真の間で視線を往復させました。私が送信したものと見比べているようですが、どちらも同じもののはずでは──。
と、思っていると、不意に先輩が
「ねえ、夜宵」
と呼んできました。
「何ですか?」
「この写真に写ってるもの、何に見える?」
「何って、白いもやもやにしか見えませんけど……?」
私が怪訝に思いながらも答えると、先輩は黙り込みました。何だか、朝に写真を見せた時の美嘉の反応のようでした。
暫しの後、
「……そっか」
先輩は、やがて短くそう言いました。
「やっぱり、そうだよね」
それが自らに言い聞かせるかのような調子に感じられ、私は増々首を捻ります。
「先輩だって、そうとしか言いようがないって思いませんか?」
「……そうだね」
どうも歯切れの悪い先輩です。彼女といい、美嘉といい、何やら急に元気がなくなったようで違和感を覚えましたが、尋ねても先程のようにお茶を濁されるような気がした為、私は言葉を呑み込みました。
ぎこちない空気感を払うように、私は写真を再びしまいました。以降は、活動時間が終わり、昇降口で別れる時まで写真の件は話題に出ませんでした。
そんな私にも異変が起こったのは、翌日目が覚めた直後、夏休み一日目の朝の事でした。




