「精霊」(『晩歌 -BANKA-』)②
* * *
いちばん叶えられそうな、というよりももう叶っている、でも心からそう思っていた願い事。
それが叶わなくなるとリョウから告げられた時、私の中で「おまじない」は「お願い」へと変わりました。
八月一日、いつもの裏山には、秋には早すぎる赤蜻蛉が一杯飛んでいました。
「椋、ごめん」
いつものように、雑談をしながら山道を歩いていた時、矢庭にリョウは私の言葉を遮り、そう言いました。思えばその日、彼はずっと気が漫ろで、私の言葉に対しても適当に相槌を打つだけだったような気がします。
言うか、言うまいか──いや、言わねばならない事は確かなのに、どう言えばいいのか分からないうちに時間が経ってしまった、だからそろそろ意を決して切り出さねばならない……そんな感じでした。
「………?」
少し先を行っていた私は、くるりと振り返り、後ろに居るリョウの顔を見つめました。彼はやや唇を噛み、しかしきっぱりと言いました。
「お盆が終わったら、会えなくなる」
「えっ?」
私は一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。
「会えなくなるんだ、俺たち」
念を押すように繰り返されて初めて、その言葉の意味が頭に浸透してきました。しかし、頭では理解出来ても、心は咄嗟に受け入れられませんでした。いえ、受け入れる事を拒否していました。
「どういう事? 何を言っているの?」
「……ごめんな」
「転校、するって事?」
「転校……まあ、そうだな」
彼は、自らに言い聞かせるかのようにそう呟きました。
「学校から、居なくなるって事だもんな」
「嫌だよ、そんなの!」
私は、気付けば大きな声を出していました。静けさの一部であるかのように山に響き渡っていた蝉の声も、蜻蛉の羽音も、その声にびっくりしたかのように止んだようでしたが、私は少し遅れて、それが自分の受けたあまりの衝撃故に周りの音が聞こえなくなっただけだと気付きました。
リョウだけは、本当にびっくりしたように、傾斜の途中でやや身を仰反らせていました。
「嫌だって言われても……」
「なら、教えてよ。新しい住所とか、電話番号とか……お手紙書くし、遊びにも行くから」
しかし彼は、やはり力なく首を振りました。
「ごめん、それも無理なんだ」
「どうして!」
「………」
勢い込んで尋ねても、彼はやや憮然としたように俯き、黙り込むだけでした。私はその姿に滲んでいた、諦めきったような気配に酷く傷つきました。
私はぎゅっと目を瞑り、無言で立ち尽くす彼の横を駆け抜け、現実逃避をするかのように裏山から駆け去りました。
本当は、リョウに追い駆けて来て欲しかったのです。でも、彼はそうしてはくれませんでした。冷静に考えれば、その時の彼の肩が、泣き出しそうに震えていたようにも思えたのに──。
参道を駆け下りると、私はあのポストの傍らにしゃがみ込みました。
リョウから切り出された時、衝撃の大きさの為かその時にはすぐに出てこなかった涙が、その時になって滲み出しました。
(神様の意地悪……)
ポストを見ているうちに、私は自然に、そのような事を考えていました。
(欲張りな事をお願いした訳じゃ、なかったのに)
* * *
私は、思春期に差し掛かっていました。けれど、まだ「思春期」という言葉自体は知りませんでした。
恋だとか愛だとか、それが大人と同じような意味を持って考えられるようになったのは、少なくとも小学校低学年の頃ではなかった。そういう言葉を口にする事はあったし、同級生に仲のいい男女が居れば皆揶っていました。
私とリョウも、そんな感じだったと思います。友達から「ラブラブだ」などと囃し立てられると、リョウは怒ったし、私も、やめてよ、なんて口では言いながら、心の中ではまんざらでもない気がしていた。
おかしな話ですが、恋というものがいちばん重たくなかった頃が、小学校時代だったんだと思います。
それなのに私は何故か、自分がリョウの事を好きだと、本人に言ってはいけないような気がしていました。
──いや、言ってはいけないというよりも、バレてはいけない。
そう思っていたからこそ、リョウが、大袈裟に言えば、「女の子」としての私の想いに気付いていない事も、ただ彼がまだ私よりも子供だからだ、なんて思っていました。
けれど、本当に気付いていなかったのでしょうか。
私はリョウから「居なくなる」という事をカミングアウトされた時、そのような事を考えました。
もしかしたら彼の中で、とっくに気持ちの変化は起こっていたのではないか。けれど、居なくなる事が家庭の事情で、前から決まっていた事だとしたら、その時までに私との間を離れ難い程のものにして、お互いにそれを理解し合っていたら、お別れの時は一層辛いものになるかもしれない。
彼はそう考えて、今まで私に何も言わずに来たのではないか──。
そのように考える事を、私が自分に都合のいいように恣意的な解釈をしていると思われる事は分かっていました。
しかし時にはそのように考える事も、許して欲しいと思いました。
そうであったなら、本当にお別れの悲しさは大きくなると分かっていても、私はそう考える事をやめられませんでした。




