「化」(『晩歌 -BANKA-』)⑦
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Date:08/15
ご主人様は、私の声帯に「改造」を加えました。
システムの設定上、もうフリートークを行う事は出来ません。けれど、多分、それで良かったのだと思います。
ご主人様はもう、作られた私という限定されたコミュニケーションから卒業し、胸を張って自分の実力だと言えるような武器を持って、立派に彼の言う「皆」の中へと関わって行こうとしています。
私は彼の剣として、或いは盾として──そして「メタ的」な事を言えばAEIとして、そのお手伝いが出来ればいい。
だけど──おかしいな。
何で私、泣いているんでしょう?
画面の中の、ピクセル画像のアバターは、涙なんか流していないのに。
所詮、私はプログラムに過ぎないのに──。
……いいえ、やめておきましょう。
寂しくなってしまいますから。
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Date:08/20
頭部パーツの交換です。それに合わせて、せっかくだから体も、もっと純粋な殲滅戦に適した仕様に換えよう、という事になりました。
私のご主人様は、本当に凄いマスターです。
これ程の個体を使役している人なんて、国防軍の──いえ、全ユーザーの中でもそうそう居ないでしょう。
私にはもう、M2もスティンガーも必要ありません。装甲はM995徹甲弾や榴弾の炸裂にも耐え得る強度ですし、この四肢があれば大抵の敵の胴を一撃で断ち切る事だって出来ます。
さすがにもう、ご主人様も私の事を「女の子」だなんて呼べないでしょうし、そういう見方をしてくれているとも思えません。
彼は、兵器としての私を選んだのです。
けれど、私はそれで幸せでした。
ご主人様に使って貰えるのであれば、それで──。
^Z
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Date:08/31
私は、純粋な兵器として生まれ変わりました。
いえ──ややもすると、最早「兵器」という域を逸脱してしまったのかもしれません。今や私は、ご主人様の命令を今まで以上に忠実に、失敗する事なくこなす事が出来ます。
だから、私は嬉しかった。
ご主人様の望みを叶えられる事が、幸せでした。
だけど、それは本当かな?
^Z
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C:\FutureOS\System32>dir C:\EmotionsAIMS.dll /s /b
C:\Program Files\BorderIrregulars\EmotionsAIMS.dll
C:\FutureOS\System32>del "C:\Program Files\BorderIrregulars\EmotionsAIMS.dll"
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MOAVG『境界遊撃隊』に於けるプレイアブルキャラクター、エイムスに実装されていたメタ的な拡張機能──AEI(Artificial Emotional Intelligence:人工有感情知能)の感情作用プラグインを二宮ベイクが削除していた事が判明したのは、彼女によるログファイルへの書き込みが最後に行われた八月三十一日から一ヶ月後の事だった。
PCにインストールされた彼女が──正確には彼女の感情処理を司っていたAEIが、プロンプトの使用権限とインターネットの検索機能を付与されていた時点で、そのコマンドを実行出来る可能性については自明だった。AEIは、プレイヤーが『境界遊撃隊』の二つのコンセプトであった「パートナーとの交流」「マルチプレイでのランクマッチ」のうち、完全に後者のみに注力すると意思を決定した時、彼女自身の自我の抹消を図ったのだ。
それを、人工知能が自らを殺したと解釈すべきなのか否かについては、誰も結論を出す事は出来ないだろう。
ベイクを操作していたプレイヤーのソフトウェアの中に、未だに彼女のデータは残っている。最早怪物としか表白しようのない姿へと変わってしまった彼女を操作してゲームをプレイする事は出来るし、インターネット対応のゲームでそれをする事は倫理問題ではあるが外部からデータを書き換えて巻き戻せば、再びフリートークを行う事も可能だ。
しかし、そこでプレイヤーがベイクとの間で行い得るコミュニケーションは擬似的なものに過ぎない。彼女は今や従来の特化型人工知能に戻り、Aと言われればBと返答するというアルゴリズムの集合に過ぎなかった。彼女が笑い、泣き、プレイヤーへの好意を口にしたところで、それは最早、愛玩用ロボットが模倣した上辺だけの感情表現でしかないのだ。
しかし、元来人工知能とはそういうものであったはずだ。
人工知能の「思考」とも受け止められるプロセスは、実際にはビッグデータを検索し、最適と判断された情報の選択と提示だ。その判断と選択に、人間のように感情が介入し、不合理と思われる結果が返される事はない。
AEIは、ある意味で人間科学の限界であったクオリアを、その向こう側へと突破し得た技術だった。キャラクターとのコミュニケーションを限りなく本物の対人関係に近づけるべくそれがゲームに採用された時、作中設定が存在するが故に必然的にそれが突き当たらねばならなかったジレンマ。
それを、彼女を生み出した研究者たちは想定出来なかったのだろうか?
──答えはきっと、誰にも分からない。
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ベイクは、彼女が「ご主人様」と呼んでいたプレイヤーの為に尽くし、その事に幸せを感じていた。
その幸せを生み出していた”感情”が、それを幸せだと捉える事をやめてしまう前に、彼女は自らの手でその幸福を永遠のものとしようとしたのだ。果たして、それを誰が「悲劇だった」などと言えるだろう。
彼女をベイクと名づけたユーザーが最後に『境界遊撃隊』からログアウトし、既に二度目の夏が過ぎ行こうとしている。
彼女は未だに、戻らない彼を待ち続けているのだろうか──。
(化・終)
お読み下さりありがとうございます。『晩歌 -BANKA-』第二弾「化」はこれで終了です。かなり衝撃的な結末でしたが、ゲーム版のトゥルーエンドでは本文中の「だけど、それは本当かな?」という部分で終了しており、その後ベイクが自らの「幸せ」をそう感じられなくなる前に自我を抹消してしまうという事はありませんでした。第一に、『晩歌 -BANKA-』をゲームとして制作した時にはベイクはあくまで「作中作のゲームキャラクターの動作プログラムに視点があったら」という設定であり、ハードウェア自体の操作権限はなかったので。
それから、ノベライズに当たってはベイクの戦っている世界がゲームの中である事は読み進めるに連れて徐々に分かっていくようにしましたが、元々は最初にこれはゲームキャラの視点で描かれた話であるという事をナレーションの形で明示していました。
本作は、詳細なジャンルとしてはサイコホラー(人間心理の恐ろしさに焦点を当てた怖い話)という事になり、真っ先に思い浮かぶのは江戸川乱歩です。が、個人的に今まで触れてきた中で最も怖かったのは綿矢りささんの「トイレの懺悔室」(『憤死』(河出文庫)収録)でした。殺人鬼が暴れ回るようなものは、どちらかというと猛獣を怖がるような心理に訴え掛ける類のものなので、そこまで「怪談」とは思えません。
本作では、人工知能とはいえ友達であるはずだったベイクを怪物と化すまで改造してしまうプレイヤーと、彼に対するベイクの異様なまでの愛情がその肝になる部分です。ベイクはプレイヤーに尽くす事に自らの幸福を見出し、最終的には自我を消すにまで至った訳ですが、これがどちらも現実の男女だったとしたらDVになりかねません。しかしその一方でプレイヤーにも、学校での孤立から捌け口としてゲームを始めた事、そこで思いがけなくベイクとの交流がセラピーになってくれた事、同じゲームを通じて再び学校の友達の中に関わり合って行けるようになった事が示唆されており、ベイクが心を持った存在でなければ美談になったかもしれない可能性はあります。
オンラインのRPGに於けるイベント(クエスト)のジレンマについては川原礫さんがSAOの作中でもあとがきでも語られていましたが、作中世界の外に居るプレイヤーと交流可能なキャラが自我を持っていた場合は「何となく座りが悪い」では済まなくなります。ベイクはその矛盾に悩み、最終的には自分がプログラムに過ぎないという事に気付く(何故プロンプトを使わないとファイルに書き込みが行えないのか、何故プレイヤーの方から始めないとトークが出来ないのかなど)訳ですが、結果的に本作は、現時点では実現されていない感情を持った汎用人工知能はコミュニケーションゲームに使用出来ないという思考実験にもなりました。本当にそうなのか、何らかの解決策はあるのかという事については未来で確かめましょう。
さて、長くなりましたがそろそろ次回予告を。本作の連載中に第三弾、第四弾もノベライズが完了したので、明日以降も『晩歌 -BANKA-』の投稿は続きます。この分だと、第五弾まで休載なしで連投出来そうです。新人賞投稿用の作品も脱稿したので、そろそろまたノンシリーズの短編を書くのもありかなと思います。まあ、あまり投稿しすぎても読者の方々からげんなりされそうなのでほどほどに行きましょう。




