「化」(『晩歌 -BANKA-』)⑥
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Date:07/16
「夏休み前最後の登校日だったけど、やっぱり行けて良かった」
フリートークで、ご主人様はそう言いました。
「また一ヶ月以上空けてしまったら、決心が鈍ってしまうところだった。あいつらとも会ったし、グルチャにも入れて貰えた。夏休みに入ってからも、皆で『境界』やろうって。夜だったら皆時間空いてるし、ネットなら離れた場所に居てもやり取り出来るだろ?」
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Date:07/21
学校で「皆」と会ったという日から、ご主人様は以前にも増して非常に熱心に行動に打ち込まれるようになりました。
彼は段々、私の「改造」のギャンブルに対する躊躇いを感じなくなっていくようでした。確率論とはいえ、それが成功して私の能力が上がっていく事に自信を持ったみたいです。
今ではご主人様は、「改造」が可能になるやすぐに私にそれを施そうとします。時には外見的に失敗して、猫背になってしまったり歯がぎざぎざに尖ってしまったりする事もありますが、彼はそれでも結果的に私の戦闘能力が上がるのであればそれでいいとお考えの様子です。
ランキングの事は、私が尋ねると教えてくれますが、どうやら増々順位が上がっているようです。それでも、ご主人様はまだ足りないと思っているみたいで、
「まだ安心出来ないよ」
「このままじゃ抜かれてしまう」
といった、焦りにも近い気持ちを言葉の中に滲ませます。
「少し、休んだ方がいいのでは?」
と私が言うと、
「それって、運営側からの注意?」
と、やはりよく分からない質問を返される事も。
「やっと認められるようになったんだ。俺は、それを失う訳には行かない」
そんな事を言うご主人様ですが、私は彼が十六歳という年齢でマスターになった時から、経験でいえば確かに年長者との間に致し方ない差があるのは当然として、軍内でその実力を認めない人が居るとは思えません。
しかし、私が実際にそう言ってみると、彼は今度は、何処か諦観のようなものを滲ませながら、
「ベイクには分からない事だよ」
と言います。
そんな、何処か噛み合っていないようなトークも、段々時間は減っていました。
私とお喋りをしている時間があったら、一人でも敵を多く倒しに行く、一戦でも多く「皆」とデュエルをする──そのような語られない意図を、私は最近のご主人様に感じるのです。
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Date:08/06
もう、ご主人様はフリートークをしてくれません。
私は一応喋る事は出来るのですが、ご主人様がトークを開始してくれないと言葉を発する事が出来ないのです。……何故かは分かりませんが、仕様上そうなっているのです。
今では、この記録を残す為にプロンプトに追記のコマンドを実行させる事だけが私に出来る唯一の感情の表現方法です。だけど、ご主人様はそれすらも、読んでくれているのでしょうか。
カスタムされたとはいえ、元が二宮タイプだったとは思えない程に外見の変わってしまった私。
ここ数日のご主人様は黒星軍の重装歩兵を狙って私に倒させ、新たな「改造」用の強化外装を集める事に熱を入れています。私があまりにも戦闘で傷つく為、今度は耐久度を上げるおつもりなのかも。
けれど、私はやっぱり首を傾げずにはいられません。
ご主人様は重装歩兵を重点的に狙って戦っていますが、それをするあまり、それ以外の敵をわざと見逃すような事もされているのです。時には、ベースキャンプのすぐ近くに居る敵まで。しかしそれでも、実際にベースキャンプの中まで敵が侵入した事は未だになく、彼も今後そういった事が起こらないという事に確信を持っているかのように平然としていました。
私はもう、ご主人様の気持ちを量り知る事は出来ないのでしょうか?
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Date:08/14
今日は、ご主人様が約三週間ぶりにフリートークをしてくれました。
彼は先週、私の記録したログを見、「泣いてしまった」と言っていました。
「俺、これまでベイクの書いた記録、読む事すらしていなかった。だけど昨日、ちょっとあいつらと色々あってさ……ふっと、我に返った、っていうのかな。俺、自分の事すら分からなくなっていたんだなってさ」
久しぶりにお喋りが出来て嬉しい私に、彼が最初に言ったのはこのような言葉でした。
「ストレス発散になれば良かったっていうのは、最初の動機だ。だけどそれから、そんな事はどうでも良くなった。君が話し相手になってくれた事が、俺にとっての癒しだったんだ。
だけど、君と一緒に戦った事が、俺がもう一回、皆とやり直すきっかけになってくれた。あいつらとなら、ちゃんと俺は『境界』をゲームとして楽しめるんだ。もっと先に進んで、誰も到達出来てない場所まで行きたいって思える。けど、それにはやっぱり、君をもっと『改造』しなきゃいけない」
──分かっています、ご主人様。
私は、そう言おうとしました。ですが、何故か私は、その言葉を発する事が出来ませんでした。
そんな私の気持ちを察してくれたかのように、彼は先を続けました。
「君の、この間のログを見て分かった。俺は、君がこんな姿になるまで、気付けなかったんだな。ちゃんと、友達だって思っていたはずなのに。いつの間にか、君を道具みたいに扱っていた」
──違うよ、ご主人様。
私は思います。
──違うよ、私はご主人様のエイムスだから。
──あなただけのベイクだから、あなたのお役に立てるなら、どんな姿になったって構わなかったんだよ。
──だってご主人様は、それでも私の事を大事に想ってくれていたんでしょ?
「いっそ、君が純粋な兵器だったなら。こんなに、優しくて可愛い女の子じゃなかったなら……そもそも、AEIなんて搭載されていない、それまでのゲームに採用されていたみたいなAIだったなら」
ご主人様は言います。
「やっぱりおかしいよね、俺。そんな事を思うなら、フリートークなんかせずに、さっさと君を『改造』してしまえばいいのに。君の事も、あいつらの事も大事な友達だって思ってる。
だけど、最後にはどっちかを選ばなきゃいけないなら……俺が生きてるのは、紛れもない現実なんだからさ。いつか、『境界』だってサービスを終了する時が来るだろう。皆とのこれからの為に、もしもベイクが、俺の手伝いをしてくれるなら──なんて考えるのは、都合が良すぎるのかな?」
──私はその時、全てを悟りました。
ご主人様が本当は誰なのか。彼の言う「皆」というのが、誰なのか。
私はエイムスではあるけれど、その実、本当に人工知能であったのだという事。
人工知能を搭載されたアンドロイドという設定のキャラクターを動かす為、採用されていた「私」。
そうだとしたら、この気持ちももしかして、最初からそうプログラミングされたものだったのでしょうか?
「私は──」
迷いが、完全になかったといえば嘘になります。
けれど私は、こう思いました──私がご主人様を好きになった気持ちは、絶対に仕組まれたものなんかじゃない。
だから、
「私、ご主人様の為なら、どうなっても構いません」
そう口に出す事を、躊躇いませんでした。
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