第86話「かついでくれ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「では行動に移る。ポエルと、ジェルは、イブを伴い先発してくれ。それと、ジェルはこれを持って行け。後で俺も行く。」
マイトランドはオルメアとグレイグの短剣2本をベルトから外すと、ジェラルトに向かって投げた。
「いいのか?」
「ああ、問題ない。用心のためだ。俺にはアレがあるからな。剣とラウンドシールドは邪魔になるからな。置いていけよ。それとこれも持って行けよ!」
続いて火薬と弾丸の袋、槊杖が装着された弾帯をジェラルトに投げた。
槊杖とは、火縄銃やマスケット銃の様な、前装填方式の銃に使う棒の様な物だった。
ジェラルトは受け取り、それらを自分に装着すると、銃を背中に担ぎ、イブラヒム、ポエルと共に先発した。
先発したジェラルト、イブラヒムは、マイトランドの計画通り、ジェラルトの風魔法で移動速度を上げ、作戦地域を見て回りながら、敵の侵攻してきそうなルートを通った。ポエルはその後を枝葉で自分と2人の足跡を消しながら付いて走った。
ポエルの隠密は本物だった。枝葉を使うだけでなく、風の向きを読み、土の質に合わせて踏み方を変え、足跡そのものが残らないように体重の乗せ方まで調整していた。
「ポエル、お前すげえな。俺達の足跡、完全に消えてるぜ。」
「孤児院で覚えた。食べ物を取りに行く時、足跡残すと怒られるから。」
「なんだそりゃ。盗みの技術じゃねえか。」
「盗みじゃない。生き残る技術。」
ポエルが真顔で言うと、ジェラルトは笑うのをやめた。
しばらく進むと、イブラヒムがアダムスに念話を送った。
(アダム、聞こえるか。今、作戦地域の南端に到着した。山道の入口が見える。敵の痕跡はまだない。)
(了解。マイトに伝えておく。)
(あと、ポエルの足跡消しがすげえ。俺達が歩いた道、マジで何もない。)
(そりゃ良かったな。こっちはバートル号がトーマスの膝で寝てるぜ。平和なもんだ。)
念話の連携は、すでに自然なものになりつつあった。
ジェラルトとイブラヒムは、マイトランドが指定した地点に到達すると、掩体の建設に取り掛かった。
イブラヒムはエンピを取り出し、ドワイトに教わった通り、先端に魔力を流した。
「ジェル、見てろよ。ドワイト分隊長に教わったやり方だ。」
土がサクサクと削れていった。通常の倍近い速度だった。
「おお、もう覚えたのかよ。大工の血か?」
「掘削は異能だからな。魔力を流すと相性が良いんだ。」
2つの掩体はあっという間に完成した。ジェラルトが周囲の枝葉で偽装を施した。セリーヌほどの完成度にはならなかったが、遠目には分からない程度にはなった。
「イブ、ここで待て。ポエルと二人で監視だ。何かあったら念話でアダムに飛ばせ。」
「了解。ジェル、マイトを頼んだぜ。」
「ああ。任せとけ。」
ジェラルトはイブラヒムとポエルを残し、マイトランドとの合流地点へと走った。
掩体に潜り込んだイブラヒムは、隣の掩体のポエルに小声で呼びかけた。
「ポエル、聞こえるか?」
「聞こえる。」
「なあ、ここからマイトとジェルが見えなくなるわけだけどよ、正直怖くねえか?」
「怖い。でもマイトが考えた作戦だから。大丈夫。」
「ポエルってさ、マイトのこと信用しすぎじゃねえか?」
「信用じゃない。信頼。」
イブラヒムは黙った。信用と信頼の違いを、イブラヒムは噛み締めた。
ジェラルトを見送った後、マイトランドは次の準備に取り掛かった。
軍服を脱ぎ、軍靴を脱いだ。持っていたボロの布きれに着替えると、軍人の面影は完全に消えた。どこにでもいる、戦火に巻き込まれた帝国の平民の姿だった。
「いや、平民になるのはわかったけどよ。なんでそんなボロ布持ってたんだ・・・。」
アダムスが首を傾げた。
「昔から持ってる。色々と使えるんだ。」
マイトランドはそれ以上説明しなかった。このボロ布がプロローグの日から今日まで繋がっていることを、誰にも話すつもりはなかった。
ドワイトに出発することを伝えた。
「では分隊長、後はよろしくお願いします。もうありませんが、銃をお借りします。」
「ああ、何をするかはお前に任せてある。自由にすると良い。俺の階級の為に頑張ってくれよ!」
「はっ!行ってきます!」
マイトランドはジェラルトの後を追い、単独で走り始めた。
ボロ布を纏った姿は、脱走兵にすら見えなかった。ただの戦災民だった。
走りながら、アランの言葉が頭の中で繰り返された。
『偵察は足で稼げ。地図では分からないことが、現地にはある。』
マイトランドの足は止まらなかった。水は飲まなかった。食料にも手をつけなかった。衰弱は演技ではなく、本物でなければならない。帝国軍に保護を求める時、元気な体では説得力がない。
走りながらも、マイトランドの目は地形を読み続けていた。
この谷は騎兵が通れる幅がある。あの尾根の向こう側は死角になる。この川を渡ればカルドナ領だ。羊皮紙に記された敵情と、実際の地形を照らし合わせながら、頭の中の地図を塗り替えていった。
水場が近い平地。風を遮る森林。街道へのアクセスが良く、かつ丘陵に隠れて視認されにくい場所。軍が野営地を構えるなら、条件は限られる。地形がそれを教えてくれた。
地図上の等高線と、実際に走って確かめた谷筋の形状を重ね合わせると、条件を満たす場所は2つしかなかった。そのうち、前回の別働隊が使った山道に近い方。カルドナ軍の野営地は、十中八九あの盆地だ。
規模も推測できた。あの盆地の広さと水場の供給量から逆算すれば、維持できる兵力はおよそ2個大隊から連隊規模。前回の別働隊は2個師団を超える大兵力だったが、あの規模の強行軍を再び行うとは考えにくい。国境付近に残置された監視部隊か、次の侵攻に備えた前哨部隊だろう。小規模とはいえ、10人の分隊で正面からぶつかれば一瞬で消し飛ぶ戦力だった。
カルドナ兵を挑発した後、どのルートで帝国軍の陣地まで引き付けるか。走りながらその退路を、自分の足で確かめていた。野営地の位置さえ分かれば、どの方角から仕掛け、どちらに追わせれば帝国軍の射程に入るか、全てが繋がった。
1日目の夜が過ぎた。体力は着実に削れていた。だが足は止めなかった。
アランは言っていた。
『戦場で最も危険なのは、敵ではない。自分の体が限界を超えた時に正しい判断ができるかどうかだ。』
2日目の朝、視界がぼやけ始めた。足の感覚が薄くなり、何度か躓いた。
だが、マイトランドの頭は冴えていた。体が衰弱するほど、思考は研ぎ澄まされていくような感覚があった。余分な感覚が削ぎ落とされ、必要な情報だけが頭に流れ込んでくる。
そしてあちら側に見える煙は、帝国軍の野営の煙だった。近い。
気配察知を広げた。前方に、先着しているジェラルトの気配を捉えた。
マイトランドの指示通り、隠密を使わずに身をひそめて待っていたジェラルトが草叢から出てくると、走ってくるマイトランドに声をかけた。
「お疲れだな。それにしても結構遅かったな。」
ジェラルトはマイトランドの顔を見て、軽口を止めた。
目の下に濃い隈が出来ていた。唇は乾き、頬は僅かにこけていた。2日間飲まず食わずで走り続けた体は、確実に限界に近かった。
「おい、大丈夫かよ。水くらい飲めよ。」
ジェラルトは黙ってマイトランドに水筒を差し出したが、マイトランドは首を横に振った。
「いや、飲まない。このままでいい。ここから先は衰弱していた方がいい。」
「お前、本気で体張るな・・・。」
「演技で帝国軍は騙せない。本物の衰弱じゃないと、軍人の目は誤魔化せないんだ。」
ジェラルトは何も言い返せなかった。
「しかし2日でここまでボロボロになるかよ。俺の魔法があれば半日で来れただろうに。」
「だからこそだ。お前の魔法が無い分、時間がかかった。だがおかげで準備万端だ。さあ、かついでくれ。ここから先は魔法はなしだ。ジェルの脚力と胆力にかかっている。」
「ああ、わかったよ。どうなっても知らないぜ。」
「大丈夫だ。お前と二人なら失敗はしない。」
ジェラルトはマイトランドを背に担いだ。ボロ布を纏い、衰弱した体のマイトランドは驚くほど軽かった。
ジェラルトはマイトランドを担ぎ、ヴェルタ、ハイデンベルグ帝国、カルドナ王国と3国の国境が交わる地点へと向かった。
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