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第85話「3国の国境」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 マイトランドは、師であるアランの言葉を思い出した。


『味方の戦力を把握したら、先ずは敵と戦場を知る事。偵察、監視により入手する敵情及び、作戦地域の把握が何よりも重要である。』


 監視とは受動的、つまり動かずに自部隊の位置を秘匿し、発見した敵の情報を集めること。対して偵察とは能動的、つまり自分から動き、作戦地域を巡り、敵を発見、情報を収集する事だった。


 又、偵察には主に2種類あり、隠密偵察と威力偵察が存在する。


 隠密偵察とは、読んで字の如く自分の位置を可能な限り秘匿し、敵に察知されないように行う偵察のことだった。


 威力偵察とは、敵の装備や、敵の詳細位置など、実際に交戦しないと分からない情報を手に入れる為、敵と交戦し情報を得る偵察の事だった。ただし、威力偵察の主目的は敵の撃破にはない。交戦の後、直ちに撤退が必要だった。


 ヴェルタ、ハイデンベルグ帝国、カルドナ王国、その3国の国境が交わる地域、ヴェルタ南東部グルノブルットの街北側の森林地帯。


 カルドナ王国に宣戦布告をされると、ハイデンベルグ帝国はカルドナ王国との国境を守備する3個軍団に加え、予備兵力であった後方の2個軍団を投入。合計5個軍団を1個軍として国境守備にあたらせた。


 カルドナ王国10個軍団に対し、5個軍団というハイデンベルグ帝国は、数の上での劣勢を、その強固な防御陣地と、新式の装備によって幾度となく撃退していた。


 ヴェルタとハイデンベルグの国境にはハイデンベルグ帝国軍1個軍団、第18軍団がカルドナ王国の2個軍団ににらみを利かせており、カルドナ王国からヴェルタへの侵攻は、ガゲンテラ山の麓の山道を使用せざるを得なかった。


 ヴェルタ第2軍が大損害を被った先の戦闘では、カルドナ王国軍は、マイトランド達が警戒に付く森林地帯を、山道を越え、徒歩による強行軍で侵攻し奇襲した。


 マイトランドは指揮所の机に、地図と共に幕僚から受け取った羊皮紙を広げた。


「まず全体の状況を整理する。偵察中隊の他の分隊は、東側と西側の山道を担当している。俺達の担当は北側山脈地帯、ガゲンテラ山ルート。前回カルドナ別働隊が実際に越えてきた場所だ。つまり、最も敵が来る可能性が高い区域を俺達が受け持っている。」


「マイト、それってつまり俺達が一番危ないってことだろ。」


「そうだ。だが逆に言えば、ここで成果を出せば、一番大きな武功になる。」


 マイトランドは地図の一点を指した。3国の国境が交わる地点だった。


「次に、この戦線の全体図を頭に入れてくれ。ヴェルタ、帝国、カルドナの3国の国境はここで交わっている。帝国の第18軍団がカルドナの2個軍団を抑えているから、カルドナがヴェルタに入るには、このガゲンテラ山の山道を通るしかない。前回の奇襲もこのルートだった。」


 イブラヒムが手を挙げた。


「マイト、ってことは、敵がまた来るとしたら同じ道ってことか?」


「そうだ。他に選択肢がない。だからこそ俺達がここに置かれている。」


「10人でそこを塞ぐのかよ・・・。」


「塞がない。10人で師団規模の敵を止めるのは不可能だ。俺達の任務は偵察と監視、そして報告。だが、それだけで終わらせるつもりはない。」


「帝国軍が、カルドナに侵攻しないのはどうしてなんだ?」


 ジェラルトが尋ねた。


「攻めるには兵の数が足りないだろう。だが、我が軍がカルドナ軍の側面にいる以上、守るには十分だ。」


「じゃあ帝国は増員すればいいんじゃないか?」


「うん、帝国は今三つの戦線を抱えている。イドリアナとの戦線、アウジエットとの戦線、そしてこのカルドナ戦線だ。東進をしている帝国は、アウジエット戦線に増員している。」


「ってことは、この戦線は維持するだけってことか?」


「そうなるな。カルドナもその帝国を攻めあぐねているようだから、ヴェルタを攻めて半包囲したいのだろう。だから今回は無傷の帝国の力を利用しよう。」


「戦線を維持する命令しか出てないんだろう?そりゃ無理だぜ。」


「敵が大挙侵攻して来たら、それを防ぐために戦うだろう?」


 ジェラルトは一瞬黙り、それから顔を上げた。


「お前、まさか・・・。」


「そのまさかだ。」


 マイトランドは地図から手を離し、全員の顔を見渡した。


「作戦を説明する。まず俺とジェルで3国の国境地点を越え、カルドナ領に入る。そこで騒ぎを起こす。」


「騒ぎ?」


「カルドナ軍の目を引く。小規模な挑発でいい。敵が追ってくるように仕向けて、付かず離れず引き付けながら後退する。引き込む先は、帝国軍第18軍団の魔導砲の射程圏内だ。」


 ジェラルトが目を見開いた。


「待て。それって、帝国軍の目の前にカルドナ兵を連れてくるってことか?」


「そうだ。帝国軍の眼前でカルドナ軍が暴れれば、第18軍団は戦わざるを得なくなる。自陣の目の前の敵を放置する指揮官はいない。」


「だが俺達はヴェルタ兵だろ。帝国軍に撃たれるんじゃねえか?」


「だから変装する。俺は帝国臣民に、ジェルはヴェルタ兵のままでいい。カルドナ兵に追われて命からがら逃げてきた帝国の平民と、それを助けたヴェルタの兵士。帝国軍に保護を求める形で転がり込む。」


「つまり、帝国軍に助けてもらうってことか。」


「そうだ。帝国軍にとっても、カルドナ軍がヴェルタ側から回り込んでくるのは脅威だ。俺達を保護した上で、追ってきたカルドナ兵を叩く。利害は一致している。帝国は自分の判断で戦ったことになる。俺達が仕向けたとは誰も思わない。」


 指揮所の中が静まった。


 最初に声を上げたのはトーマスだった。


「た、単独でカルドナ領に入って騒ぎを起こすって・・・。捕まったら終わりですよね?」


「捕まらない。追わせるんだ。捕まる前に走る。だから俺が行く。」


 ミシェルが眉をひそめた。


「それは・・・危険すぎませんか。2人だけでカルドナ軍を挑発して、帝国軍の陣地まで走るなんて。」


「危険だからこそ意味がある。大部隊で動けば気づかれる。2人なら、カルドナ軍には小さな偵察兵にしか見えない。追いかけてくる規模も限定される。」


 ジェラルトは腕を組んだまま、何も言わなかった。マイトランドの無茶は今に始まったことではなかった。止めても聞かないことも知っていた。


「ジェルとイブとポエルは先発して、俺との合流地点までの偵察と、監視拠点の設置を頼む。ポエルの隠密で3人の足跡を消しながら進んでくれ。イブは途中でポエルと共に掩体を掘って監視に入れ。ジェルは合流地点まで先行して俺を待て。」


「アダムはどうすんだ?」


 ジェラルトが聞くと、マイトランドはアダムスを見た。


「アダムは指揮所待機だ。イブとの念話で、先発組の状況を指揮所に中継してくれ。通信の要だ。」


 アダムスは頷いた。イブラヒムと目を合わせると、2人は同時に小さく拳を握った。


「ミシェルもアダムと一緒に指揮所待機。何かあった時の回復要員だ。アツネイサとセリーヌは付近の警戒に出てくれ。トーマスはバートル号の管理、及び分隊長の世話を頼む。」


 トーマスが少し肩を落とした。自分が戦力外だと言われているようで、悔しかったのだろう。マイトランドはそれに気づいていた。


「トーマス。バートル号は俺達の命綱だ。敵の大規模侵攻があった時、バートル号が本営に辿り着かなければ、第2軍は対応できない。お前に任せるのは、一番失敗が許されない仕事だ。」


 トーマスは顔を上げた。


「は、はい。わかりました。必ずやります。」


 セリーヌがマイトランドを見た。


「変装で帝国軍に転がり込むなら、帝国の言葉は話せるの?」


 初めてセリーヌがマイトランドに質問を向けた。全員の目がマイトランドに集まった。


「ああ。師匠が帝国の軍人だった。言葉は問題ない。」


 セリーヌは短く頷くと、それ以上は何も聞かなかった。

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