第84話「お前が考えろ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
建設が進む中で、ミシェルは誰にも頼まれていないのに、メンバーの間を回り始めた。
「ジェラルトさん、手、大丈夫ですか。水疱になりかけてます。」
「ん?ああ、このくらい平気だぜ。」
「初級ですが、治しておきます。悪化すると掘削に響きますから。」
ジェラルトが手を差し出すと、ミシェルの掌から淡い光が漏れ、水疱の赤みが引いていった。
「おお、すげえな。痛くなくなったぜ。」
「イブラヒムさんも、右手見せてもらえますか。」
「え、俺?別に何ともねえけど・・・。あ、本当だ。マメできてたんだな。気づかなかったぜ。」
ミシェルは黙々と回り、アダムスの肩の張りもほぐした。誰にも大げさなことは言わず、必要な分だけ回復し、次に行く。
ポエルがマイトランドの傍を通りすがりに小声で言った。
「ミシェル、いい人。でも自分のことは後回しにするタイプ。ポエル、見てる。」
「ああ。ミシェルの疲れは誰が取るんだ、って話だな。」
「ポエルが見ておく。」
セリーヌの偽装作業は、他の全員とは次元が違っていた。
枝の角度、草の密度、地面との色の馴染み方。全てが計算されていた。セリーヌが手がけた箇所は、3歩離れれば地面と区別がつかなくなった。
掩蔽壕の建設を終えたジェラルトが、セリーヌの仕事を見て口笛を吹いた。
「おい、マイト。あれ見ろよ。完全に消えてるぜ。」
「ああ。あの偽装は教わらないとできない。」
ポエルがマイトランドの傍でまた小声で言った。
「セリーヌ、ただの新兵じゃない。何かやってた人。」
「ああ、俺もそう思う。」
セリーヌの過去は誰にも分からなかった。だが、この分隊にとって、彼女の異能がただの偶然ではないことだけは確かだった。
指揮官のドワイトは、指示を出すと、昼寝でもするのかと思いきや、自らエンピを持ち、腕をまくると、ジェラルト達3名の穴の掘削を手伝った。
「ランズベルク、貴様、エンピの使い方を知らんのか。」
エンピとは携帯用のシャベルの事だった。
「は、はあ、普通に使えてると思うぜ。分隊長。なんか問題でもあるのか?」
ジェラルトが上官に悪態をつくのも無理はなかった。
ジェラルトの掘削の速度は、その有り余る体力のせいか、掘削の異能を持つイブラヒムと比べて少し早く、決して遅いと言えるレベルではなかった。
「ああ、他の2人も俺が掘るのを見ろ。俺はランズベルクより魔力量は低いが、この通り素早く掘れる。お前達だったらもっと早く掘れるだろう?」
そう言って、サクサクと穴を掘るドワイトに、ジェラルトは目を丸くした。
「おお、魔法でエンピの先端に魔力を流してるんすか。芋を切るみたいに早いっすね。なんで新兵教育隊で教えてくれなかったんだよ。」
「新兵教育隊の課程に入っていないからだ。これは昔、世話になった方に教わった掘り方だ。」
ドワイトは一瞬だけ遠い目をした。すぐにいつもの顔に戻ったが、その一瞬を、マイトランドは見逃さなかった。
「理解したならすぐに再開しろ。」
その一言で、ジェラルトは嫌々ながら作業に戻った。
イブラヒムが早速真似をした。掘削の異能を持つイブラヒムが魔力を流すと、エンピは面白いように土を抉った。
「アダム、これすげえぞ!倍くらい早い!」
「本当だ。アニキ、これ大工仕事にも使えるんじゃねえか?」
2人が興奮しているのを見て、ジェラルトも負けじと魔力を流した。風魔法の適性があるジェラルトの場合、エンピの先端に薄い風の刃が纏わり、さらに効率が上がった。
「なんだよ、俺が一番早いじゃねえか。」
「張り合うな。掘れればいいんだ。」
ドワイトは呆れた顔をしていたが、口元はわずかに緩んでいた。
ジェラルトの活躍もあり、街道から少し外れたところに建設していた仮指揮所の設置が、ドワイトの予定よりも大分早く終わった。
セリーヌ、ミシェル、トーマスの集めた木、草などを周りに設置し、遠目からはそれが指揮所だと分からないように偽装を施した。
指揮所が完成すると、ドワイトはポエルとアダムスの2人を警戒に付かせ、作戦会議の為に他の全員を指揮所に集めた。
全員が集合すると、ドワイトは開口一番、
「偵察、強行偵察に関する作戦は、マイトランドが立案するのがいいだろう。」
ジェラルトとアツネイサ、イブラヒムは、新兵教育隊のあの日々を思い出していた。あれだけ罰則を与え続けた男が、今、マイトランドに作戦を任せている。驚きはあったが、同時に納得もあった。ドワイトは最初からマイトランドの力を見抜いていたのだ。
一方、ミシェルとトーマスは困惑していた。
「え?マイトランドさんが?でも、2等兵ですよね?」
トーマスが小声で呟くと、イブラヒムがニヤリと笑った。
「トーマス、いいから黙って見てな。こいつは模擬戦で無敗の男だぜ。」
セリーヌは何も言わなかったが、マイトランドを真っ直ぐに見ていた。
マイトランドはドワイトへ疑問を投げかけた。
「作戦の立案は分隊単位では、中隊、もしくは大隊、連隊の作戦計画に沿って分隊長が決めるはずですが?」
マイトランドがそう言うと、ドワイトはにやりと笑って答えた。
「ああ、だが任務に関して、完遂の為には自由にしていいと指示は出ている。それとも不満か?」
「いえ、不満はありません。」
「だったらお前が考えろ。分隊という戦場の一つの駒を使って、うまく敵軍団を倒すくらいの作戦をな。」
ドワイトは一度言葉を切った。
「ネイ将軍には色々世話になってな。仇を取ってやりたいと言うのが本音だ。」
その声は、これまでのドワイトの声とは違っていた。鬼軍曹の怒鳴り声でも、底意地の悪い囁きでもなかった。ただ静かに、事実を口にしていた。
エンピの使い方を教わった「世話になった方」。それが誰なのか、マイトランドには察しがついていた。
「どんな方法でも良いんですか?期間はどれくらいです?」
「もちろんだ。ドワイト分隊は敵の大規模侵攻を、連隊指揮所に知らせれば良いだけだからな。それ以外は何をしても良い。マイト、お前はそうだな2ヶ月ほどは自由にやってみろ。無論の事だが、俺が全責任を負ってやる。」
「わかりました。」
マイトランドは、目を閉じ腕組みをすると、少しの間上を向いて考えた。
しばらくして、閉じていた目を開くと、不意にドワイトの後ろにある包みを指差し尋ねた。
「分隊長。そこに立てかけてある物を借りても?」
「これか?使い方がわかるなら使ってもいいぞ。」
マイトランドが指差したものは、通常、銃歩兵や指揮官にのみ持つことを許された、帝国製の旧式ドルトン騎兵銃だった。
ドワイトから、火薬と弾丸の袋、それに槊杖が付いた弾帯を受け取ると、マイトランドは銃を手に取った。
重い。グレイグが用意してくれたピストレットとは比べ物にならない重量だった。だが、その重さは火薬の量と弾丸の大きさに比例する。つまり、射程と威力が段違いだった。
プロローグの日、戦場で銃声を聞いた記憶がよみがえった。あの時見た銃は、帝国軍の正規装備だった。目の前にあるのは、帝国が退役させた旧式の払い下げだ。レンドリースでヴェルタに回ってくるのは、こうした旧式ばかりだった。
帝国の旧式が、ヴェルタの最新式と同等かそれ以上。それが100年の技術差の現実だった。
マイトランドは銃を机に置くと、指揮所の机に両手をついた。
「では、作戦を説明します。」
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