第82話「バートル号」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
だが、結果この行動は杞憂に終わることとなった。
安心すべきか、落胆すべきか、4日間どこからも敵発見の報告はなかった。
敵を発見することが出来ずに、肩を落とすマイトランドにドワイトが言った。
「そう落胆するな。警戒をして杞憂に終わることなど良くあることだ。斥候、偵察は出せば出すほど良い。いかに相手より先に敵を発見できるか、そこが重要だ。まあ、こちらはこれだけの大所帯ではすぐに見つかってしまうがな。」
「はい。ところで分隊長、なんで俺達の事、名前で呼んでるんですか?すごく違和感が・・・。」
軍隊は基本、ラッセル2等兵、ランズベルク2等兵など、姓で呼ぶことが通例だった。
名前で呼ぶことなど、余程親しい間柄でなければありえないし、ましてや上官が部下を名前で呼ぶなどあるはずもなかった。
「ああ?そんなの決まってるだろ。姓のない者もいるしな。任務を円滑に進めるためだ。それに急いでいる時にいちいち階級を付けるのも面倒だ。」
マイトランドはそれなら階級を呼称せずに姓だけで呼べばいいのでは?と疑問になるも、その言葉を飲み込んだ。
カルドナ王国軍も物資に火を放ったため、第2軍が補給物資を必要としていることは新兵以外は周知の事実だった。当然第2軍の補給部隊であるこの隊列を襲えば、戦闘もずっと楽になるだろう。
実際に襲われなかったのは、2度同じ作戦を実行することをリスクと捉えたか、予想していたよりも、補給部隊の兵士の数が多かったことなどが考えられた。
通常、同じ計画を2度立案するのは愚策中の愚策であるが、自領を通る補給部隊と言えば小部隊の護衛だけをつける為、師団単位で護衛を付けることはしない。補給部隊を狙って、補給線を断つのは常套手段だった。
第2軍本営が見えた時、マイトランドは足を止めた。
大本営発表では圧倒的優勢のはずだった。破竹の勢いのはずだった。
目の前にあったのは、それとは全く違う光景だった。
物資集積所は仮設の天幕が並んでいたが、半数は空だった。焼け落ちた痕跡がいたるところに残り、焦げた木材の臭いがまだ漂っていた。
馬繋場には、繋がれるべき杭の数に対して、馬が圧倒的に少なかった。騎兵連隊の本営でありながら、馬がいない。ジェラルトが馬を持ってこなかったことを後悔した意味が、ここで初めて分かった。
兵士達の目が違った。新兵教育隊の教官達は厳しかったが、目に力があった。ここにいる兵士達の目には、疲労と諦めが滲んでいた。
「マイト、これ・・・。」
イブラヒムが声を失った。
「楽勝じゃなかったのかよ、なんて言ってた自分が恥ずかしいぜ・・・。」
「今分かったなら十分だ。目を開けておけ。」
マイトランドは歩きながら、本営の全体を観察していた。
陣地の構えが甘い。塹壕は掘られているが、深さが足りない。見張りの兵は立ってはいるが、視線が定まっていない。士気が落ちている時の典型的な兆候だった。
そして何より、40000人の新兵が到着しても、既存の兵士達の表情が変わらなかった。歓迎でも安堵でもない。ただ、また使い捨ての補充が来た、とでも言いたげな目だった。
「ジェル。」
「ああ、分かってる。ここは相当ヤバいな。」
「ヤバいが、だからこそ俺達が来た意味がある。」
ジェラルトは鼻の頭を擦ると、小さく頷いた。
物資集積所へ物資の運搬が終わると、補充人員は、各々それぞれの部隊の指揮所に移動した。
マイトランドは運搬の間も観察を続けていた。既存の兵士達は物資を受け取る手つきに慣れがあったが、その量に対する反応が薄かった。足りないのだ。40000人分の補給物資を届けても、失った分を埋めるには程遠いのだろう。
マイトランド達偵察分隊も、早速連隊長に着任挨拶と指示を仰ぐとのことで、連隊長のいる天幕前へ集合した。
「ドワイト曹長以下10名本日着任いたしました!」
ドワイトが大声で連隊長と思しき人物に挨拶を終えると、連隊長は声を出さずに、右手を上げ返事をした。
マイトランドはその連隊長の姿を見て、言葉に出来ない違和感を覚えた。目の焦点が合っていない。声を出す気力すら残っていないように見えた。指揮官がこの状態では、部隊の士気が落ちるのも当然だった。
その傍らにいた連隊長の幕僚であろう一人の軍人がドワイトに命令を下した。
「着任ご苦労。貴官は、分隊員を伴い、糧食20日分を持って、ここより4日ほどの北側の山脈地帯に潜む可能性のある、敵情を偵察、発見した後は監視せよ。ここへ来る際に通った道だ、わかるな?」
「イエッサー!」
「任務優先度は最大とし、期間は特に定めない。別命あるまで任務を継続せよ。偵察任務については、分隊長である貴官の権限で、自由に敵情を偵察をすることを許可する。」
「イエッサー!」
「尚、偵察と監視任務にあたり、連絡用にバートル号を連れて行け。任務は強行偵察も兼ねる。敵の大規模侵攻、及び越境時はこれを阻止、直ちにバートル号に文を持たせ本隊へ知らせよ。これは絶対だ、最後の一人になろうとも任務を完遂せよ。」
「イエッサー!」
幕僚はそう言い終えると、懐から折り畳まれた羊皮紙を取り出し、ドワイトに手渡した。
「これは偵察中隊各分隊の担当区域と、現時点で把握している敵情の概要だ。貴官の分隊は最も危険度の高い北側山脈地帯、ガゲンテラ山ルートを担当する。他の分隊は東西の山道を担当している。詳細は羊皮紙を確認せよ。」
「イエッサー!」
「では直ちに急行せよ。健闘を祈る。解散。」
命令を告げるとその幕僚は振り返り、連隊長の後に続き天幕へ入って行った。
着任当日に、来た道を4日かけて戻り、敵を見つけたら最後の一人になっても任務を続けろという命令だった。
マイトランドはドワイトの横顔を見た。ドワイトの表情は変わっていなかった。この命令の意味を、最初から分かっていたような顔だった。
北側の山脈地帯。第2軍の司令部を急襲したカルドナ別働隊が越えてきた、あの山脈だった。一度やられた場所を、二度とやられないために見張る。それがドワイト分隊に与えられた、最初の任務だった。
だが、マイトランドは同時に気づいていた。この命令は、たった10人の新兵分隊に、師団規模の敵が来た場合に阻止しろと言っているのだ。阻止ではなく、報告と遅滞行動が精一杯だろう。「最後の一人になろうとも」とは、つまりそういう意味だった。
「分隊長、バートル号ってどこなんすか?連れて行かなきゃならないんすよね?」
ジェラルトの問いに一同は辺りを見回すもバートル号らしきものは見当たらなかった。
「連絡用って言ったら軍用犬か鳥だろう。その辺にいるんじゃないか?」
マイトランドの言葉に天幕裏、連隊宿所などを探すも見当たらなかった。
しばらく探していると、先ほどの幕僚が天幕からリードを引きながら出てきた。
「遅くなってすまんな。これがバートル号だ。」
そう言ってリードをドワイトに渡した。
ドワイトは、まだ天幕の中に入っているバートル号を力いっぱい引くと、出てきたのは地面を歩く大きく太ったスズメだった。
「え?こいつ使えるんですか。」
ジェラルトが呆然と呟いた。
バートル号は丸々と太った体を左右に揺らしながら、ドワイトの足元に座り込んだ。飛ぶ気配は微塵もなかった。
「最後の一人になろうとも任務を完遂せよ、って言われたけどよ。こいつが最後の一人だったらどうすんだ。」
「鳥だ。一人には数えん。」
ドワイトが真顔で答えると、ジェラルトは天を仰いだ。
イブラヒムがしゃがんでバートル号の顔を覗き込んだ。
「アダム、こいつ目が死んでるぜ。」
「お前も大概だよ。」
ポエルがバートル号の頭をそっと撫でた。バートル号は気持ちよさそうに目を細めた。
「可愛い。ポエルが面倒見る。」
「頼んだぞ。では出発だ。」
ドワイトがそう言った時、マイトランドは振り返って第2軍本営を見た。
焼け跡と、目の死んだ連隊長と、足りない馬と、足りない物資。あの大本営発表の3行が、どれほどの嘘だったのか。
だが、ここから先は嘘の入り込む余地はない。目の前にあるものだけが真実だ。
マイトランドは前を向いた。
「行くぞ。」
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