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第81話「怖いのは普通だ」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 5000人の隊列は、首都近郊から道なりに、平野部を東進と南進を繰り返しながら、南のグルノブルットを目指した。


 行軍初日から、マイトランドは隊列全体を観察していた。


 引率の下士官と将校を除けば、全員が新兵だった。隊列の間隔は広く、歩調も揃わない。行軍中に水筒を落とす者、荷物の紐が解ける者、足を引きずり始める者が後を絶たなかった。


 3日目には既に脱落者が出ていた。


「マイト、また一人遅れてるぜ。」


「ああ。見えている。」


「助けなくていいのか?」


「衛生兵がつく。俺達の仕事じゃない。」


 マイトランドは冷たく言い放ったが、その目は隊列の弱点を数えていた。もしここで襲撃を受ければ、この5000人のうち、まともに戦えるのは3割もいないだろう。


 行軍中、ドワイト分隊の中では、自然と会話が生まれていった。


 新兵教育隊組の6人は、半年間の地獄を共にした仲間だった。だが、新たに加わった3人との間には、まだ距離があった。


 最初にその距離を縮めたのは、意外にもイブラヒムだった。


「なあミシェル、お前、回復魔法使えるんだってな。すげえじゃん。どこで覚えたんだよ?」


「教会の孤児院で育ったんです。司祭様に教わりました。」


「孤児院?」


 ポエルが反応した。


「ポエルも孤児院。どこ?」


「首都の東区です。聖テレサ院。」


「ポエルは西区。でも孤児院仲間。嬉しい。」


 ポエルがにっこり笑うと、ミシェルも少し表情を緩めた。口数の少ない青年だったが、目に嘘のない落ち着きがあった。


 トーマスは5日経っても緊張が解けなかった。歩きながらも常にどこか怯えた目をしていた。


「トーマス、お前さ、そんな顔してたら敵が来る前に心臓が止まるぜ。」


 ジェラルトがトーマスの背中をバンと叩いた。


「す、すみません。その、僕、戦闘経験もないし、異能も大したものがなくて・・・。」


「んなもん、俺達だって戦闘経験なんかねえよ。な、マイト?」


「ああ。経験は今から積む。心配するな。」


「は、はい。ありがとうございます。」


 トーマスは少しだけ肩の力を抜いたが、翌日にはまた同じ顔に戻っていた。


 セリーヌは、誰とも必要以上に話さなかった。聞かれたことには答えるが、自分からは何も語らなかった。


 ポエルだけがセリーヌの隣を歩き続けていた。


「セリーヌ、水いる?」


「大丈夫。ありがとう。」


「セリーヌ、足痛くない?」


「大丈夫。」


「セリーヌ、何か嫌なことあったら言ってね。」


「・・・ありがとう。」


 3日目あたりから、セリーヌはポエルの隣にいることに抵抗を見せなくなった。だが、志願した理由は誰にも話さなかった。


 行軍7日目の夜、アダムスがイブラヒムに小声で囁いた。


「なあアニキ、ポエルがセリーヌに張り付いてるの、あの同盟の監視任務だよな?」


「間違いねえ。変な虫がつかないように見張ってんだろ。」


「俺達まで巻き込まれてるの、マイトに言った方がいいんじゃねえか?」


「バカ言え。ポエルに聞こえたら敵より先に殺されるぞ。黙ってろ。」


 行軍も2週間を過ぎると、隊列の中に明確な差が見え始めた。


 足を引きずる者、水疱だらけの足を庇いながら歩く者が増えていく中で、ドワイト分隊の10人は比較的しっかりと歩いていた。


 新兵教育隊組の6人は、半年間の罰則で鍛え上げられた足腰が、ここで効いていた。ドワイトの103回の罰則は、こういう時の為にあったのかもしれなかった。


 新たに加わった3人も、分隊の歩調に合わせることで自然と体力がついていった。ミシェルは黙々と歩き、トーマスは必死についてき、セリーヌは表情一つ変えなかった。


 ドワイトは何も言わなかったが、全員の足取りを常に見ていた。遅れそうな者がいると、怒鳴るのではなく、荷物の配分を変えた。新兵教育隊の時とは明らかに違う指揮官の顔だった。


 残り4日ほどと順調に進んだ時の事だった。


「そろそろ斥候を出さないとマズイかもな。ジェル、フォローを頼む。」


 マイトランドがそう呟いた。ジェラルトがそれに頷き、いつでも出発できるよう準備を始めた。


 グルノブルットへこのまま南下すれば、第2軍本営が見えて来るであろう地点まで来ると、ドワイト分隊長が分隊員に指示を飛ばした。


「マイトランドは東側の山を、あの鳥で見張れ。森林の中までは見えんだろう。少しでもおかしな点があれば、報告しろ。ランズベルクはイブラヒムを引き連れ、前方の警戒に出ろ。アダムスはここに残れ。ポエルは鳥で見張れぬ近場を見張れ。アツネイサはマイトランドのフォローに回れ。」


 いつもの班員をいびる様な言い方ではなく、分隊員の異能、特性を良く理解した的確な指示だった。


 トーマスが目を丸くした。


「分隊長、俺達全員の異能を把握してるんですか?」


「当たり前だ。お前達がくだらない雑談をしている間、俺は何を聞いていたと思っている。」


 ドワイトは3週間の行軍中の会話を全て聞いていたのだった。


 ドワイト分隊はこの隊列の中腹付近に位置していたため、ジェラルトは即座に風魔法をイブラヒムと自分に付与し、移動速度を上げると、アダムスに頷いた。


「アダム、何かあったら念話で知らせるぜ。」


 イブラヒムがそう言うと、アダムスは短く頷いた。


 2人の一卵性双生児だけが使える念話。新兵教育隊では使う場面のなかったこの異能が、初めて実戦的な意味を持つ瞬間だった。


 ジェラルトがドワイトに合図すると、全速力で前方へ走り出した。


 マイトランドは、アツネイサと共に立ち止まると、水色の鳥を展開し、東側の山を見張った。


 水色の半透明の鳥が空に舞い上がった瞬間、ミシェルが息を呑んだ。


「あれは・・・何ですか?」


「マイトの偵察。すごいでしょ。」


 ポエルが得意げに答えたが、マイトランド本人はこの異能の正体を把握していなかった。鳥は高度を上げ、東側の山々の稜線を滑るように飛んでいった。


 セリーヌも鳥を目で追っていた。何も言わなかったが、その目にはわずかな驚きがあった。


「マイト、何も言えなくなってる。すごく集中してる。邪魔しないでね。」


 ポエルが新メンバーに注意すると、アツネイサがマイトランドの傍に立ち、周囲を警戒した。


 ドワイトは更に叫んだ。


「ミシェル、貴様は初級だが回復が使えたな?待機しろ。トーマスはアツネイサと遅れるマイトランドを守れ。セリーヌは待機して非常事態に備えろ。」


「予測だが、偵察できる分隊は俺達の分隊しかいない。第2軍本隊が迎えの部隊を出してこない以上、俺達が偵察をするしかないだろう。」


 通常であればヴェルタ領であるため、敵の襲撃は考え辛いが、第2軍の司令部が後方から襲われたことを考えると、山々と、森林に囲まれ視界の悪くなるこの辺りから斥候を出すのが正解だった。


 前方に出たジェラルトとイブラヒムは、風魔法で速度を上げながら、隊列の先頭を追い越し、さらに前方へ進んだ。


「ジェル、敵って本当にいるのかよ?ここ、自分の国の中だぜ?」


「イブ、マイトが言ってただろ。第2軍の司令部は後方から襲われた。敵は山を越えてくる。自分の国の中だからって安全とは限らねえんだ。」


「それ聞くと怖くなるんだけどよ。」


「怖いのは普通だぜ。怖くない奴はバカだ。だが、怖くても足を止めるな。それだけだ。」


 イブラヒムは唾を飲み込み、周囲を見渡した。木々の間に敵がいるような気がして、何度も目を凝らした。だが、動くものは風に揺れる枝だけだった。


 しばらく進んだところで、イブラヒムがアダムスに念話を送った。


(アダム、今のところ前方に異常なし。何も見えねえ。)


(了解。こっちもマイトの鳥には何も引っかかってない。)


 初めての実戦的な念話の連携だった。2人の間に流れる情報は、言葉よりも早く、正確だった。

面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!

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