第80話「ドワイト分隊」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
翌朝。
「貴様ら!起きろ!点呼だ!」
大声でマイトランド達を起こしたのは、あのドワイト曹長だった。
半年間、毎朝聞いた声だった。聞き間違えるはずもなかった。
「はい?班長、新兵教育は終わりましたよ?」
マイトランドがそう言うと、ドワイトはマイトランドの頬を思いっきり叩いた。
「貴様ら、俺が次の部隊での上官だ!貴様らはドワイト分隊だ。わかるか?」
マイトランド達は、第2軍、第2軍団、第198騎兵連隊、偵察中隊に属する、強行偵察分隊ドワイト分隊として配属されるのだった。
寝起きのイブラヒムが、信じられないという顔でドワイトを見上げた。
「嘘だろ・・・。やっとこのおっさんから解放されたと思ったのに・・・。」
「誰がおっさんだ。貴様、もう一発殴られたいのか。」
「いいえ!分隊長殿!全力でお仕えいたします!」
イブラヒムが瞬時に直立不動になると、アダムスが深いため息をついた。
「アニキ、お前、切り替え早すぎだろ。」
ドワイトは腕を組み、部屋の中を見回した。マイトランド、ジェラルト、ポエル、アダムス、イブラヒム、アツネイサ。6人。
フランドール大佐に懲罰人事と昇進を同時に下され、歩兵科から騎兵科への兵科転換を命じられた時、ドワイトは全てを察していた。
こいつらと同じ部隊に配置される。そうでなければ、騎兵科への転換など意味がない。
懲罰の形を取った合理的配置。ドワイトが新兵教育隊で叩き込んだ2人を、別の分隊長の下に置くなど、人事の効率から言っても有り得ない話だった。
あとは、こいつらの出世にぶら下がるだけだ。
ドワイトは内心でほくそ笑みながら、顔だけは鬼軍曹のままで怒鳴った。
「何をぼさっとしている!5分で準備を終えろ!遅い奴は置いていく!」
マイトランド達が準備を終え、外に出ると、そこには多数の兵士が軍服を着て集結していた。
各地の新兵教育隊から集まった約5000人、1個師団ほどの新兵は、引率者に伴われ、一堂に会した。
見渡す限りの新品の軍服。どの顔も若く、どの靴も傷一つなかった。戦場を知る者の顔は、引率の下士官と将校だけだった。
ドワイト分隊にも新たに仲間が加わることになった。他の新兵教育隊からの補充だった。
ミシェル・サランドン。黒い長髪の好青年。口数は少ないが、目に落ち着きがあった。
「ミシェル・サランドンです。よろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げるその姿に、イブラヒムが小声でアダムスに囁いた。
「アニキ、まともな奴だぜ。俺達のところにもまともな奴が来るんだな。」
「お前が言うな。」
トーマス・アルジェント。背は高いが、横に狭い。ひょろひょろノッポのブロンドの短髪青年だった。
「トーマスです。ト、トーマス・アルジェント。えっと、その、よろしくお願いします。」
声が上ずっている。緊張で指先が震えていた。ジェラルトがトーマスの肩をバンと叩いた。
「そんなにかしこまるなよ。俺はジェラルト。こっちがマイトランド。気楽にやろうぜ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
トーマスは少しだけ肩の力を抜いた。だが、まだ目が泳いでいた。
セリーヌ・シンクレア。金髪の髪の毛がきれいな、女性新兵だった。
「セリーヌ・シンクレアです。足は引っ張りません。よろしく。」
短い自己紹介だった。何かの理由で志願したのだろうが、それを聞ける空気ではなかった。
ポエルがセリーヌの隣に歩み寄り、にっこり笑った。
「ポエル。よろしく。女の子、ポエルだけじゃなくなった。嬉しい。」
「・・・ええ、よろしく。」
セリーヌは少し戸惑った顔をしたが、すぐに表情を戻した。
以上3名を加えて、ドワイト分隊長以下10名として戦線へ赴くこととなった。
「分隊長、俺達騎兵隊なのに、騎兵はないんすか?」
「ランズベルク、貴様はバカか。貴様の様な新兵に、貴重な馬が与えられるわけがなかろうが。一度死んでから出直して来い。」
ジェラルトは馬を持ってきたほうがよかったと、マイトランドを睨みつけた。
出発の号令が響いた。
5000人の隊列が動き始めた。前線までの行程は約3週間。徒歩による移動だった。
第2軍への補充は、マイトランド達の教育隊だけではなかった。各地の新兵教育隊から8つの集結地に分かれて出発し、途中の中継地で合流しながら、最終的には約40000人の補充兵力として第2軍に届けられる手筈だった。
5000人ですら見渡す限りの隊列だった。これが8倍になる。それだけの人数を急いで送り込まなければならないという事実が、グレイグの言葉を裏付けていた。
新品の軍靴が、一斉に砂利を踏む音が、朝の空気に低く響いた。
マイトランドは歩きながら、一度だけ振り返った。
新兵教育隊の建物が、少しずつ遠ざかっていた。あの47号室の窓が見えた気がしたが、すぐに隊列の埃に遮られて消えた。
半年前、あの建物に入った時、マイトランドはまだ何者でもなかった。ジェラルトと2人、2等兵の軍服すら持っていなかった。
今、腰にはオルメアとグレイグのミスリルの短剣がある。隣にはジェラルトがいて、後ろにはポエルとアダムスとイブラヒムとアツネイサがいる。
そして、前には戦場がある。
「マイトランド、何見てんだ?」
「いや、何でもない。行くぞ。」
マイトランドは前を向いた。
戦場に到着する頃には、ヴェルタ歴210年も残りわずかとなり、冬が来る。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




