プロローグ第九話「平民だけど軍師になるわ」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
ジェラルトがアレの正体を口にすると、フルブライトが、
「斧に鷹?なんのことだ?」
「4名の暗殺者が持っていた胸元の紋章です。イスペリアの国旗ではなかったので気になりました。」
フルブライトは天井を見上げるように少し考えると、腰から羊皮紙を取り出し、おもむろに2つの紋章らしきものを書きだした。
「私の思い当たるところで、斧と鷹と言えばこの2つだ。これとこれ、どちらが近いか?」
マイトランドとジェラルトは顔を見合わせると、迷わず同じ紋章を指差した。
「本当か?本当にこちらだったのか?」
「はい、間違いありません。」
マイトランドが答えると、フルブライトは隣にいるグレイグに大声で命令する。
「グレイグ中将!大至急、軍の緊急会議を行う。戦場にいる者以外の全ての上級将校に通達せよ!」
「はい!承知しました!」
グレイグはそのまま勢いよく部屋を出ていった。
マイトランドは不思議に思い、フルブライトに確認をする。
「あの、何の紋章だったのですか?なぜ緊急会議なのですか?」
「まだはっきりとは言えないが、カルドナ王国が敵に回ったかもしれん。万が一を考えて、急いで国境に第2軍を編成して送り出さねばならなくなったかもしれない。ということだ。」
フルブライトは続けた。
「カルドナは諜報部隊と強力な暗殺部隊を持っておる。確かではないが、その暗殺部隊は動物の符牒名を使うという噂がある。」
「……ジャッカル。フォックス。ウィーゼル。」
マイトランドは思わず呟いた。
フルブライトの目が細くなった。
「……今、何と言った。」
「あ、いえ。暗殺者たちが互いをそう呼んでいたので。」
フルブライトはしばらくマイトランドを見つめた。
それから何も言わずに視線を外した。
「ではその紋章はカルドナ王国の紋章だということですか?」
「そういうことになるな。」
部屋のドアからコンコンと音がすると、
「参謀本部付ライアン少尉、他2名、グリルファウスト大将に要件あり参りました。」
とライアンが名乗った。
「入りなさい。」
フルブライトが答えると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
ライアン少尉を含む3名が入ってきた。ライアン少尉の他2名は服装から見るにフランツ軍曹と同じくらいの階級であろう。
ライアン少尉はドルトン銃と思われる長い包みをフルブライトに渡すと、3名は一歩下がって部屋の隅に立った。
フルブライトはその包みを開くと、ドルトン銃を取り出し、マイトランドに向けて構えて見せた。
「閣下!閣下といえども、銃口を人に向けてはなりません!」
ライアン少尉が思わず声を上げると、フルブライトは銃口をゆっくりと下げた。
「……そうだな。失礼した。」
フルブライトは苦笑いしながらマイトランドに向き直った。
「この様な物であったか?」
マイトランドは自分の記憶を呼び起こし答える。
「少し違いましたが、構え方などは大将閣下の構えと同じだったと思います。」
「そうか、これは帝国が独自に作ったドルトン銃だ。イドリアナの物とは違うだろう。これで武器供与が確定したな。よくやった。もう帰ってよいぞ。国立図書館、資料館共に、私の名で2人を入れるようにしておこう。好きに使うと良い。」
フルブライトは扉を開けながら、最後にこう言った。
「そう言えば、2人のフルネームを聞いていなかったな。名前は?それと今年でいくつだ?」
「マイトランド・ラッセルです!今年15になります!」
「俺はジェラルト・ランズベルクです!同じく15です!」
2人が答えると、フルブライトは続けた。
「来年徴兵されて軍に入るのだな。待っているぞ。その時には今回の礼も兼ねて便宜を図ろう。前線に行きたくないと言うのならそれもよい。」
「それはオルメアのような将軍の軍師になれるってことですか?」
戦場からの帰路で、マイトランドは何度もオルメアの言葉を思い出していた。
「未来の俺の軍師」——あの言葉が、ずっと頭から離れなかった。
「面白いことを言うな。トランガ中将の弟は参謀だったのだぞ。お前が目指すのはその上ということか。それに軍参謀規定では新貴族、貴族以外は戦術、戦略教育を受けてはおらんから参謀勤務は無理だぞ。」
「自分のような平民では無理だということですか?」
「無理か、と聞かれれば、無理ではない。でも道は険しいぞ。」
「道は険しいですか。人の倍、いや10倍頑張ります!」
ジェラルトはそのマイトランドの横顔を見て、思わず目を丸くした。
実際、マイトランドがこんなに熱くなるのを見たのは初めてだった。
フルブライトは珍しく声を上げて笑った。
「10倍か。足りぬな。平民出身の軍師など聞いたことがないからのぉ。軍師になりたいなら100倍でも難しいかもしれんぞ?とりあえず新兵教育を首席で修了せよ。それができたら私の元へ来い。」
フルブライトはそう言い残すと、マイトランドの返事を聞かずにドルトン銃の包みを手に取り、ライアン少尉たちを連れて部屋を出ていった。
部屋に残されたのはマイトランド、ジェラルト、そしてフランツ軍曹の3人だった。
上官を全て見送ったフランツ軍曹は、これまでの苦労を晴らすように背筋を伸ばすと、2人に向かって言い放った。
「貴様たち、ここにはもう用はないだろう。早く帰るんだ。俺だってあんなにしゃべったことないのに、いい気になるんじゃないぞ。」
残された2人はフランツ軍曹に連れられ、軍本部から出ると、ジェラルトがマイトランドに尋ねる。
「マイトランドぉ、珍しくやけに熱くなってたな。どうしたんだ?」
「あぁ、まぁ俺の中で、ちょっとした気持ちの変化があったわけだ。」
「なんだそれ?話してみろよ。」
「うん、笑うなよ?」
「笑わねーよ。言ってみろって。」
「あのさ、俺、平民だけど軍師になるわ。協力してくれるか?」
「もちろんだ!でも何すればいいんだ?」
「それは考えてある。とりあえず、帰るか。」
2人は2週間かけて故郷トロンの村に着くと、それぞれの家へと帰った。
それからの日々は、以前とは少し違って見えた。
暇があれば食料を溜め、体を鍛えた。
そして2週かけて首都へ向かい、国立図書館や資料館で本や資料を読み漁る。
来る日も来る日も、ただそれだけを繰り返した。
村人達はそんな2人を心配するどころか、目標を見つけてくれたと喜んだ。
マイトランドには、まだ何も掴めていない。だが確かなことが一つあった。
あの黒パンの味を、なによりオルメアとの誓いを忘れたくなかった。




