プロローグ第八話「まさかな」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
しばらくして、グレイグがまた別の男を連れて部屋に戻った。
その男は、グレイグと同じく身分の高い軍人であった。
細身で背が高く、白髪を短く整え、銀縁の丸眼鏡の奥から鋭い眼光が光っていた。その制服に輝く勲章と階級章の数は、グレイグをも上回るものだった。
「マイトランドよ、この方は参謀本部長のフルブライト・フォン・グリルファウスト大将である。」
「は、はぁ、なんでまたそんな偉い方が?」
「ばかもんが、しゃんとせぬか!敬礼だ、敬礼!このお方は儂よりも偉いんだぞ。」
グレイグが少し怒ったように言うと、
「マイトランドと言うのか。フルブライトだ、よろしく。トランガ中将、彼はまだ軍に入隊しておらん。その様に敬礼を強要しても仕方がないではないか。それとも君の仕事は、この国の未来を担う若者に怒ることか?」
まさに先ほどグレイグがフランツ軍曹に言ったことを、そのままフルブライトに言われたのである。
「ふふふ。おっさん面白いな。自分で言ったことそのまま言われてるじゃん。」
空気を読んでか読まずか、ジェラルトが笑い出す。
グレイグは意気消沈した様子で咳払いを一つすると、マイトランドに先ほどの兵器の説明を求めた。
「マイトランドや、すまんかった。忘れてくれい。それでだ、先ほどのイスペリア共和派の新兵器について、グリルファウスト大将にもう一度説明してくれんか。」
謝るグレイグに促され、マイトランドは先ほどの話をもう一度繰り返した。
するとフルブライトは、
「うむ……。」
フルブライトは少し考えてから続けた。
「その兵器、発射の際に音はしたか?」
「鳥の視点では音は聞こえませんでした。」
「そうか。ならば音での確認はできんな。だが両手で構える形状、歩兵を遠距離で倒した状況——おそらくドルトン銃だ。イドリアナ連合王国が義勇軍を派兵したとは聞いていたが、まさか武器供与までとは。」
つい先日まで、昨年秋のイドリアナ連合王国のイスペリア共和国への義勇軍派兵はヴェルタの知りえる情報となっておらず、4日ほど前にハイデンベルク帝国情報部からの情報で派兵が発覚することとなった。
つまりこの時点で武器供与の情報はまだヴェルタに入っておらず、ドルトン銃はハイデンベルク帝国と太いパイプを持つ軍上層部の将軍しか知りえない情報であった。
「ドルトン銃のことは先生から聞いていましたが、仕組みはわかりません。」
「……先生?」
フルブライトは少し目を細めた。
「子供がドルトン銃を知っているなど、あり得ん。その先生とは何者だ?」
「アラン・ウォルキンスといいます。ちょっと変わってますが、俺たちの村に来ていろいろと教えてくれた人です。ただとてもじゃないけど、軍の秘密を知っているようには思えません。今はどこにいるのかもわかりません。」
フルブライトとグレイグが、一瞬目を合わせた。
そしてまさかなと笑うと、マイトランドに向き直った。
「うむ。お前、入隊しても秘密を守れるか?」
マイトランドは少し間を置いた。秘密を守る——それがどれほどの重さを持つ言葉か、今の自分にはまだわからない。だがここで躊躇えば、この話は終わる。
「それは……はい。守ります。」
「では、もし他言した場合は、軍の規則に則り処罰をするがよいかな?」
「はい!」
マイトランドが勢いよく返事をすると、フルブライトは大笑いして、
「嘘だ。軍人でない者に処罰なんぞするわけもない。」
「え、嘘なんですか。」
マイトランドが真顔で聞き返すと、ジェラルトが呆れたように突っ込んだ。
「お前、騙されてるじゃないか。」
「どうせ2ヶ月後には皆の知るところとなろう。」
フルブライトはまだ笑いながら続けた。
「ドルトン銃とはな、イドリアナのドクトル・ドルトンによって開発された、筒状の金属から火薬によって弾と呼ばれる鉄の塊を高速ではじき出す兵器だ。
魔法が使える者であれば、鉄の塊を高速で打ち出すことも可能だろう。だがこの銃の恐ろしいところは、魔法適性がないどんな者にでも扱えるという点だ。
そして発射と同時に鉄の塊が着弾する。魔法の様に軌道が見えるわけでもなく、防ぐ間もなく倒れる。それが100人単位で一斉に行われると想像してみろ。」
「一時的に魔術師が増えるということですか?」
「そうではない。魔法は詠唱さえあれど、魔力の続く限り連射は可能だ。それに広範囲にわたり砲撃も可能だ。
銃というものは、装填——弾丸を筒の中に込める作業——が必要で、これは魔法で言う詠唱に近いかもしれん。射撃は魔法よりも正確性に欠けるうえに、装填に時間がかかる。それが最大の弱点だ。」
「魔法の劣化版といったところですか。そこまで正確にわかっているということは、ヴェルタ軍にもあるのですか?」
「今はサンプル品の1丁しかない。近々ハイデンベルク帝国より正式に借り受けることになっているがな。」
「そんな情報を、ほいほい自分なんかに喋ってしまっていいのですか?」
マイトランドが不思議に思い尋ねると、フルブライトは頭をかきながら答える。
「先ほども言ったが、隠したところでいずれわかってしまうだろう?それで?どうであったか?その様な物であったのか?」
「言われてみればですが、歩兵部隊が敵に到達前に倒れていた様な気もしますね。でも歩兵部隊だって剣と槍だけってわけでもないじゃないですか。シールドもありますし、鉄の塊といっても魔法でないなら鉄製のシールドで防げるのではないですか?」
フルブライトはしばらく黙って天井を見上げた。
どこまで話すべきか、どう説明すれば伝わるか——その両方を同時に考えているようだった。
「それがな、高速で射出される鉄の塊は、角度によってシールドを貫くようだ。それに集団での射撃を見たことはないのだが、銃の真の脅威は音にもあるようだ。見たこともない100人単位の射撃の爆音は、相対する者にとって脅威以外の何物でもないとのことだ。」
「申し訳ありません。銃というものを、聞いたことはあっても、あの戦場以外では見たことがないので、何とも。」
「そうか。では持ってこさせよう。他に気づいたことはあるか?」
フルブライトにそう言われ、マイトランドが少し考え込んでいると、ジェラルトがわざと周りに聞こえるように、マイトランドに耳打ちした。
「アレ、聞いてみたほうがいいんじゃないか?」
マイトランドはアレの意味がわからずに聞き返す。
「アレってなんだよ。」
「ほら、鷹に斧の紋章だよ。」
ジェラルトがアレの正体を口にした。




