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第78話「死ぬんじゃないぞ」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

78話「死ぬんじゃないぞ」マイトランドとジェラルトは、基地営門を出ると、真っ直ぐにグレイグのいる参謀本部へと向かった。


「で?昨日の大本営発表、何がおかしいんだ?」


 ジェラルトが歩きながら尋ねると、マイトランドは前を向いたまま答えた。


「あの発表は三行だ。『圧倒的優勢、破竹の勢い、損害は極めて軽微』。これだけ並べて、具体的な地名が一つもない。どこで勝っているのか、何を占領したのか、一切言っていない。」


「言われてみりゃ、確かにそうだな。」


「それだけじゃない。大本営命令で、新兵教育隊の修了を前倒しにした。圧倒的優勢なら、新兵を急いで送る必要がない。前倒しにしたのは、補充が急を要するからだ。つまり、損害が出ている。」


 ジェラルトの足が一瞬止まった。


「待て。じゃあ『損害は極めて軽微』ってのは・・・。」


「嘘だろうな。少なくとも額面通りではない。圧倒的優勢なら進軍速度と占領地を発表する。それが一番士気を上げるからだ。それを出さずに、曖昧な美辞麗句だけ並べるのは、出せない理由があるということだ。」


「出せない理由って、負けてるってことか?」


「負けているか、勝っていても代償が大きいか。どちらにしても、俺達が行く場所は、発表されている内容とは相当違うと思っておいた方がいい。」


 ジェラルトは黙った。しばらく歩いてから、鼻の頭を指で擦りながら口を開いた。


「まあ、いいさ。行く場所が地獄だろうが天国だろうが、やることは変わらねえ。生きて帰ってくる。それだけだ。」


「そうだな。それだけだ。」


 マイトランドは短く答えた。ジェラルトのこういう単純さが、時に自分より余程正しいことを、マイトランドは知っていた。


 基本的に軍では、一部の下士官を除き、佐官である少佐以上の職責ある軍人は、個別に部屋を与えられていた。


 当然のことながら将官であるグレイグもまた、副官と、参謀本部の隣に勝手に使える部屋を与えられていた。


 中将室の前には、副官室があり、この副官がグレイグの予定、面会者などを管理していた。


 ジェラルトは副官を無視し、部屋に入るなり大声で叫んだ。


「じじい、預かってもらってた武器、取りに来たぜ。いよいよ俺達も前線勤務だぜ。」


 副官が慌てて2人の前に立ち塞がった。


「き、貴様ら!中将閣下に対してその口の利き方はなんだ!階級と所属を名乗れ!」


「良い良い。こいつらはそういう奴らだ。下がっていろ。」


 グレイグが手を振ると、副官は納得のいかない顔のまま部屋を出て行った。


「久しぶりだな。武器はいつもの所にある。勝手に持って行くと良い。」


 マイトランド、ジェラルト共に、このグレイグに対して近所のおじいちゃんに話しかける様に話すものだから、副官としてもいたたまれなかった。初めて会った頃、マイトランドはまだ敬語を使っていた。それがいつの間にかジェラルトに引きずられ、2人揃ってこの有様だった。グレイグも咎めないのだから、副官にはどうすることもできなかった。


「お前達は、どこに配属になったのだ?」


「ああ、俺もマイトランドも第2軍の偵察中隊だぜ。参謀本部は何でも知っていると思ったんだけど、そうじゃないのか?」


 ジェラルトがそう思うのも無理はなかった。作戦の立案時、練度の低い新兵がどこに配属されるか、というのは非常に重要なことになる。


 個人の情報は把握できないとしても、最低でも教育隊単位では知っているものだろう。


 いかに模擬戦をしているとは言え、人を斬る、撃つなどの経験がない新兵は、戦場において敵に対峙すると、躊躇い、戸惑い、足や手、指が震えるものだった。


「第2軍か・・・。あのな。新兵教育隊には発表していないが、第2軍は、相当辛い戦いになるぞ。」


 グレイグがバツが悪そうに答えた。マイトランドは頷いた。


「やはりそうか。大本営発表に地名が一つもなかった時点で、おおよその察しはついていた。」


 グレイグは一瞬目を見開いたが、すぐに苦笑いに変わった。


「あの発表だけで、そこまで読んだか。」


「占領地も進軍速度も出さずに美辞麗句だけ並べるのは、出せない理由があるからだ。加えて、新兵教育の修了を前倒しにした大本営命令。圧倒的優勢なら補充を急ぐ必要がない。損害が出ていなければ説明がつかない。」


 グレイグは何も言わなかった。言わないということが、肯定だった。


「どの程度だ?」


 マイトランドが静かに尋ねると、グレイグは椅子に深く座り直した。


「ネイ少将の第1軍団が陣地を失った。司令部も急襲を受けている。物資集積所は全焼、軍馬もほぼ喪失。第2軍はグルノブルットに留まるのが精一杯で、進軍も反攻も出来ていない。ネイ少将は行方不明だ。」


 ジェラルトは拳を握った。


「それで『圧倒的優勢』か。ずいぶんな優勢だな。」


「国民に真実を伝えれば、士気が崩壊する。新兵に伝えれば、戦場に行く前に心が折れる。大本営発表とは、そういうものだ。」


 グレイグはそう言って、2人の顔を見た。マイトランドの表情は変わっていなかった。ジェラルトも、最初の衝撃を飲み込んだ後は、もう動揺していなかった。


「ジェル、武器と防具を取ったら行くぞ。」


「ああ、もう準備は出来たぜ。」


 ジェラルトが軍服の上からレザーアーマーを身につけ、盾を背負い、剣を腰に下げると、ピョンピョンと飛び跳ねながら、装備の具合を確認した。


「この鎧はいいぜ。しっくりくる感じだぜ。フルプレートってヤツを模擬戦で着たがありゃ邪魔なだけだ。」


「当たり前だろう。お前達の為にと必死で選んだのだからな。死ぬんじゃないぞ。」


 ジェラルトの胸当てをポンポンと触りながら、グレイグは目を細めた。あの日、市場で半日かけて革の質を確かめ、2人分の装備を揃えた日のことを思い出していた。あの頃はまだ、こんなに早く前線に送ることになるとは思っていなかった。


 マイトランドは、グレイグの用意したピストレットをホルスターにしまうと、火薬、弾の入ったベルトもホルスターに括り付けた。


 そしてオルメアとグレイグ、2人の名が刻まれたミスリルの短剣を手に取った。


 弟の形見と、兄の餞。この2本の短剣が、プロローグの日から今日まで繋がっていた。マイトランドはそれを腰からぶら下げた。


「新兵教育の間半年経つけど、この銃、新式じゃなくなってるんじゃないのか?大丈夫か?」


「あの時出たばかりの物を買ったからな。大丈夫であろう。失礼なことを言うな。」


「そうか、ならいいんだ。これをヨーゼフ・アルファイマーってヤツが取りに来るから渡してもらえるか?」


 マイトランドはそう言って、グレイグの机の上にホルスターとベルトを置いた。グレイグはそれを触り、驚いた様に答えた。


「なんだ?新しい仲間か?」


「ああ。誰かの差し金だろう。新貴族のくせに俺の部下になりたいらしい。」


「アルファイマーというと、アルファイマーの息子か。そうかそうか。開発か。全く使われずに新しい物になるというのもおかしな話だが・・・。わかった渡しておこう。」


「やっぱり知り合いか。貴族達の間で、やたらと俺達の情報が出回っていたからな。まあいい、俺達はもう行くよ。」


 そう言って部屋を出ようとすると、グレイグはマイトランドの肩に手をかけ引き留めた。


「で?首席だったのか?」


「発表されなかったからな。分からん。だからグリルファウスト大将の所には行けないな。まあ気長にやるさ。」


「そうか、後で新兵教育隊に確認をしておこう。もし首席であれば、近いうちに辞令が出るはずだ。それまで死ぬなよ。戦場には、私から手を回しておこう。」


「ああ、辞令はジェルと二人一緒に頼むよ。じゃあ、またな、グレイグ。」


「補充人員と補給物資をしっかり届けてくれ。お前達だけではない。各地から40000人の新兵が第2軍に向かう。たのんだぞ。」


 2人を笑顔で送り出した後、グレイグは椅子に座ったまま動かなかった。


 発表されなかったのは、平民が首席であったからに他ならないだろう。あの2人がどれほどの成績を出したのか、グレイグには想像がついた。


 そして、その2人を今から送り込む戦場の実情も、グレイグは知っていた。


 副官に今回の新兵教育隊の成績を調べる様に厳命すると、グレイグは弟の短剣が収まっていた棚の空を見つめた。

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