第74話「大本営命令」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「失礼します!大本営より緊急通達!」
伝令の声に、フランドールが「入れ」と応じた。
伝令が駆け込み、封蝋のついた書簡をフランドールに手渡した。大本営の紋章が刻まれた赤い封蝋。フランドールの表情が変わった。
封を切り、文面に目を通す。フランドールの目が見開かれた。
一度読み、もう一度読み直した。それから、静かに書簡を卓上に置いた。
「……全員、聞け。」
フランドールの声が、それまでとは違う重さを帯びていた。
「2日前、カルドナ王国がヴェルタに宣戦を布告した。」
室内にざわめきが走った。教官たちの顔色が変わる。宣戦布告の噂は聞いていた。だが、大本営からの正式通達という形で突きつけられると、空気が一変した。
フランドールは続けた。
「カルドナ王国軍は宣戦布告と同時に国境を越え、第2軍に先制攻撃を仕掛けた。以下は、大本営が発表していない情報だ。この場から外に出すことは許さない。」
フランドールの目が、出席者一人一人を射抜いた。
「カルドナ王国軍の別働隊がガゲンテラ山を迂回し、第2軍司令部を急襲。物資集積所が全焼、馬繋場も襲撃され軍馬の大半を喪失した。」
ざわめきが大きくなった。
「同時に、カルドナ王国軍第4軍が第2軍第1軍団の陣地を正面から攻撃。第1軍団は援軍を得られず陣地を放棄、撤退を余儀なくされた。第1軍団司令ネイ少将は殿を務め、現在行方不明。」
室内が凍りついた。ネイの名は、この場にいる教官の多くが知っていた。
「第2軍は現在、グルノブルットに留まっているが、物資不足により進軍も反攻も不可能な状態にある。」
フランドールは書簡の最後の一行を読み上げた。
「大本営命令。新兵教育過程の修了を前倒しし、速やかに部隊配属を実施せよ。補充要員として第2軍への派遣を最優先とする。」
書簡を卓上に置いたフランドールの手が、わずかに震えていた。
ブレンナーが呟いた。
「……新兵を、第2軍に。」
「そうだ。物資も陣地も失い、名将も消えた戦場に、教育を終えたばかりの新兵を送る。それが大本営の命令だ。」
室内に、長い沈黙が流れた。
ついさっきまで、首席が誰か、罰則が何回かを議論していた。その順位すら、もはや別の意味を持ち始めていた。首席も次席も第三席も、同じ戦場に送られる。
フランドールは教官たちの動揺が収まるのを待ってから、実務に切り替えた。
「状況を整理する。新兵教育過程の修了者は、全班合わせて何名だ。」
人事担当教官が即座に答えた。
「貴族班、新貴族班、平民班を合わせて、修了予定者は約1200名です。」
「そのうち、士官学校へ進む者は。」
「現時点で士官学校への進学が確定、もしくは見込まれる者は、グレッテ、ロンメル、アルドリック、ハイルブロン、ほか数名。合わせて10名前後かと。」
「残りの約1190名が部隊配属の対象か。他の教育隊からも第2軍への配属命令が出るだろう。我々が確保しなければならない人員は何名だ。」
人事担当教官は書簡をもう一度確認した。
「通達には具体的な人数の指定はありません。ただし、『最優先』とある以上、相当数を送ることになるかと。」
「大本営に確認を取れ。本日中に人数を確定させる。」
「はっ。」
フランドールは続けた。
「47班についてだが、首席ラッセル、次席ランズベルクには任地希望の権利がある。だが、二人には第2軍への配属を打診するつもりだ。」
教官の一人が眉を上げた。
「首席と次席を、損害を受けた第2軍に?」
「だからこそだ。物資を失い、陣地を奪われ、指揮官が行方不明の戦場に、士気を立て直せる人間が必要だ。あの二人ならば、配属先の部隊を引き上げる。どこに送っても同じだが、第2軍が最もあの二人を必要としている。」
「本人たちが断った場合は?」
「任地希望は権利だ。断れば他を希望すればいい。だが——」
フランドールは微かに笑った。
「あの男が、最も困難な戦場を避けるとは思えんがな。」
フランドールは一拍置いて付け加えた。
「なお、47班の班員は全員が別々の配属先とする。一つの班をまとめて送れば、その部隊が壊滅した時に全員を失う。分散配置が原則だ。それに——」
フランドールは一瞬だけ言葉を切った。
「あの班の人間は、どこに行っても周りを引き上げる。分けた方が、軍全体にとっての価値が高い。」
「次に、ドワイト軍曹の処遇について。」
室内の空気が変わった。罰則の精査結果が示された以上、ドワイトへの処分は避けられない。教官たちの視線がフランドールに集中した。
「先ほどの精査結果の通り、ドワイト軍曹が47班に課した罰則は、他班と比較して著しく過剰であった。指導方針としての評価は別として、評定の公正さに影響を与えた責任は問わねばならない。」
フランドールは一拍置いた。
「ドワイト軍曹を、第2軍へ配属とする。」
教官たちの間に、かすかなざわめきが走った。最前線の、損害を受けた軍への配属。事実上の左遷だった。
ブレンナーが口を開いた。
「ドワイト軍曹を第2軍に。それは懲罰人事ですか。」
「過度な罰則の責任を取らせる措置だ。教育隊に留める理由がない。」
フランドールの声は淡々としていた。だが、次の言葉で、室内の空気が一変した。
「ただし、ドワイト軍曹の階級を曹長に昇進させる。あわせて、歩兵兵科から騎兵兵科への兵科転換を任ずる。」
室内がざわついた。懲罰人事と昇進が同時に下される。教官たちは顔を見合わせた。
ブレンナーが眉をひそめた。
「懲罰で第2軍に送りながら、昇進と兵科転換ですか。矛盾していませんか。」
「矛盾はしていない。罰則の基準が不公平であったことは事実だ。その責任は問う。だが、もう一つの事実も認めなければならない。」
フランドールは書類を指した。
「ドワイト軍曹が担当した47班から、総合成績第1位と第2位が出ている。方法の是非はともかく、結果を出した。新兵教育過程の歴史において、一つの班から首席と次席を同時に輩出した班長はいない。この功績を無視することは、罰則を不当に計上することと同じだ。正しく罰し、正しく評価する。それが公正な評定というものだ。」
教官たちが黙り込んだ。
「兵科転換の根拠も述べておく。ドワイト軍曹の騎兵としての適性は、過去の軍歴で実証済みだ。第2軍は馬繋場を襲撃され、軍馬と騎兵を大量に喪失している。経験ある騎兵の下士官は、今の第2軍が最も必要としている人材だ。」
ブレンナーは何も言わなかった。懲罰と報奨を同時に与える判断に、反論の余地を見つけられなかったのか、それとも、フランドールの一貫した公正さに、もはや言葉を持たなかったのか。
フランドールの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
鍛え上げた二人を第2軍に送り、鍛えた本人もまた同じ戦場に送る。懲罰の形をとった、最も合理的な配置だった。
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